竜国の王子様からの贈り物
「ど、同族の匂い、ですか……?」
私はルシルフリート様にそう聞き返した。それに対し、彼は頷く。
それって、一緒にいた時間が長いからってことだよね?今日も送ってもらっちゃったわけだし。
考えながら、私は自分の腕をすんすんと嗅いでみる。しかし、何の匂いも感じられなかった。
「人間には感じられないだろう。竜の匂いは竜にしか分からないからな」
そう言われて、私は首を傾げる。
「でも、私にもフィデリスの匂いってのは感じられますよ?」
そう言い終えてから私はハッとして思わず口を塞ぐ。だが、もう遅い。
「フィデリス……?」
ルシルフリート様がそう呟くのを聞いて、私は頭を抱えたくなった。
ああ〜、やっちゃったよ……!私と一緒にいる竜が誰なのか、バレちゃった!ど、どうしよう……。
せめて彼が彼の父と違って、白竜を恨んでいないといいのだが、まあそれは難しい話だろう。フィデリスという名が彼らに記憶されていなければ問題ないのだが……。
「白竜の一族の者か」
ルシルフリート様は私に確認するようにそう言った。
私は目を閉じてうなだれる。そして心の中で謝った。
ごめんフィデリス。でも、あなたのことは絶対に売らないって約束するから……!
私はルシルフリート様の問いには肯定も否定もせずに黙り込む。もっとも、彼はすでに確信しているはずだからその必要はないだろうが。
私はただ黙ってルシルフリート様の言葉を待つ。彼がどう出るのかを伺っていた。
「肯定もしない、が否定もしない。どうやら図星のようだな」
思わずうっ、と言ってしまいそうになった。ホントにその通りだ。
その言葉にも私は特に反応を示さなかったが、彼はどこか満足げに頷いてから、私に言った。
「そうか……。それで、彼とは上手くやれているのか?」
予想外の言葉に、私はつい顔を上げてしまった。そして、呆けた顔で彼を見上げる。
その顔を見て、彼も不思議そうに首を傾げた。
「何かおかしいか?」
「えっ、いえ!そんなことは……」
そうは言ったもののやはりおかしいと思わざるを得ない。
だ、だって、竜国は白竜を嫌っているはずでしょ?もっと、彼は今どこで何をしているんだ、とか、私を彼の協力者として捕える、とか言うのかと思うじゃん!
だというのに、彼を気遣うような言葉をかけるなんて。
……もしかして、ルシルフリート様ってとってもいい人……?
そのことに気づき、私の中でのルシルフリート様の好感度がググッと上がる。
私は彼の質問に答えなければと思い、彼に言葉を返す。
「たぶん、上手くやれていると思います。彼もそれなりに私や私の“家族”たちと仲良くしてくれていると思いますし……」
「そうか。では、彼は君にとっての何なんだ?」
また予想外の質問に私は顔をバッと上げる。今度は顔を引きつらせながら、彼に答えた。
「か、“家族”です……」
「家族……。それだけか?」
一体彼はどうやって私の心を読んでいるのか。それとも、アルカナの言っていたように私は分かりやすい人間なのだろうか。
私は俯いて「それはその……」とごにょごにょする。それを面白そうに見てから、ルシルフリート様は言った。
「君が私とシャロンティーヌの仲のためにいろいろとしてくれていたのだろう?」
私はそれを聞いて、やっぱりバレてたんだな〜と思いながら「そうですが……」と返す。まぁ、力になれていた自信はあまりないが。
「なら、こちらからも些細な礼をさせてもらおうか」
彼がそう言った頃、ちょうどシャロンティーヌ様が戻ってきた。
「お待たせいたしました……って、ミズキ様!?ば、バレてしまったのですか?……あっ、ルシルフリート様、これはその……」
シャロンティーヌ様は慌ててルシルフリート様に弁明しようとしたが、ルシルフリート様はそれに首を振った。
「大丈夫だ、シャロンティーヌ。まぁ彼女に気づいた時には、君が誰かに頼るほど必死なのが分かって嬉しくもあったがな。ところで、いつまで私をそう呼ぶつもりなのだ?」
近づいてきたシャロンティーヌ様の髪をすくいながらそう言うルシルフリート様に、シャロンティーヌ様は赤くなりながら答える。
「え、えっと……。る、ルシルフリート?」
「ああ。そっちの方がいい」
目の前でいちゃつき始めた二人に私がどうしていいか迷っていると、ルシルフリート様がまた私の方を向いた。
同じく私の方を向いたシャロンティーヌ様に尋ねるように彼は言う。
「彼女が今回、裏でいろいろと手を回していたのだろう?最後に降ってきた花びら、それからもしや、あの謎の生き物も彼女だな?」
「えっ?あ、そうかもしれません」
シャロンティーヌ様は少し反応に遅れてそう答えた。虫の方は私のせいだとは思っていなかったのかもしれない。彼女が私を恨んでいないといいのだが。
「虫の方はあとで一匹貰えないか話をするとして……。今回私たちが結ばれたのは彼女の助力あってこそ。そうなのだろう?」
「はい!それはもちろん!」
シャロンティーヌ様は無邪気に笑ってそう言った。その笑顔を見てルシルフリート様はフッと和みながら続ける。
「だから、私も礼がしたいと思ったのだ。そう、彼女の恋が実るようにな」
私はそれを聞いて目を見開いた。ポカンと開いた口からは「なっ……」という声が出る。
シャロンティーヌ様は口に手を当てて「まぁ!」と楽しそうな声を上げた。
「あなた様も思い人がいらしたのですか?でしたら早く言ってくださればよかったのに!」
シャロンティーヌ様がきゃっきゃとそう言うのを聞きながら、私はまだ驚いた表情を取り繕えなかった。
な、なんでバレてる!?そんなに分かりやすい?私!!
どうしよう、話の流れ的に私の好きな人までバレてるよね?彼がそれを知って、私を捕えて父の前に突き出そうとする心配はたぶんないけど……。でも好きな人がバレてるのは普通に恥ずかしい!
口をパクパクしながらその場に立ち尽くしている私に、ルシルフリート様が近づいてくる。
そして、私の首をツン、と指で突いた。チクリとした痛みをほんの少し感じる。
ただ、起こったのはそれだけで、私は首を傾げながら言った。
「こ、これがお礼ですか?」
「ああ。しっかり贈ったぞ」
ルシルフリート様はそう言いながら、今度はシャロンティーヌ様の首に口付けた。突然のことに赤くなるシャロンティーヌ様の側でこちらを向きながら、ルシルフリート様は私に続ける。
「これは本来シャロンティーヌのものだから、君は家に帰って早く剥がしてもらうんだな」
私は彼の言葉の意味を全く理解することができず、ただただ首を傾げるしかなかった。
それから私は恋が実ったお二人に丁寧に追い出されてしまった。私も元より二人の時間を邪魔するつもりはなかったので特に気にしていない。
ちなみにミノムシは一匹ルシルフリート様に贈ってあげた。この意味不明な見た目がかなり気に入ったとのことだ。
「本当に、ありがとうございました」
すっかり仲良くなった様子で、ルシルフリート様にピッタリくっついたシャロンティーヌ様がそう告げた。
「私からも礼を言わせてくれ。ありがとう」
ルシルフリート様も私にそう言った。
こんなお偉いさん二人のキューピッドになる日が来るとは、想像もしていなかったことだ。まあ何はともあれ、二人の恋が実ったならよかったと私は思った。
思い返してみれば、ルシルフリート様も初めからシャロンティーヌ様のことが好きだったのだろう。あの急な招待状にオーケーを出したあたりでそう判断してもよかったのかもしれない。
そんな両片思いだった二人をくっつけるだけなら、私の魔法なんて使わなくたってよかった。少しでも違っていれば、ここで二人に感謝されているのは私ではなかっただろう。
ま、これもある種の縁かな。
そう思いながら、二人と、その他の使用人たちの見送りを受けて出口に向かう。そこでふと思い出して二人の前に戻った私は、ルシルフリート様に尋ねた。
「……失礼を承知で伺うのですが」
「なんだ?」
私のさっきまでとは違う重い雰囲気を感じ取ったのか、少し硬くなりながら彼は答えた。
「……あなたのお父様は今、どうされていますか?」
こんなことを彼に聞くのはかなりリスクがあることは分かっていた。ただ、ルシルフリート様はおそらく、彼の父と違って白竜を嫌っていない。だから、それ以外のことも父親とは違う考えを持っているのではないかと思った。
そして今日、彼の人となりを見た限りでは、あのマルコシアスを操っていたのは彼ではないと思う。
やはり私の予想している通り、彼の父、竜国の国王が怪しいのだろうか……。
私はそう思っていたが、ルシルフリート様はそれを覆す答えを口にした。
「父は今、病床に伏せている」
「え……?」
暗い表情で口にした彼に、私は思わずそうこぼした。ルシルフリート様の背をさすりながら、不安そうにシャロンティーヌ様が私たちの会話を聞いている。
「そう、ですか……」
私はなんとかそう口にしながら考える。
病床に伏せている?そんな状況で魔物に紋を刻んで操れるとは思えない。なら、別の人?一体誰が?
ぐるぐると巡る考えに混乱しながら、なんとかこの重い空気を元に戻さねばと思って私は言った。
「教えてくださってありがとうございます。少し気になっただけですので、お気になさらず」
私がそう言ったのを聞いて、ルシルフリート様もハッとする。
「……そうか。では、また」
「……ええ。またいらしてくださいね」
ニコッと優しく微笑んだシャロンティーヌ様の笑顔に、張り詰めた空気も少し和らぐ。
私はその笑顔に見送られながら、今度こそ城を後にした。
待たせてしまうのは申し訳ないので、今日は送りだけでいいとフィデリスに言ってあった。しかし、帰り際に聞いたこの情報を誰かと共有したいと思った私は、それを後悔した。
迎えも来てもらえばよかった。でも今更来てもらうのは申し訳ないし、一人で帰るか……。
私はつい考え事をしてしまう頭をブンブンと振ってから、馬車で送ってもらった貴族街の出口から少し歩いて人気のない場所に行く。
それからふわりと上空に飛び上がって、空を走るようにして家までの道のりを急いだ。
フィデリスの洞窟があるのは屋敷より手前なので、街からは洞窟の方が近い。屋敷に帰る前に一度フィデリスと話がしたいと思った私は、先に洞窟に寄ることにした。
今、洞窟にいるかな?いたとしても寝てたりしたら、前みたいなことになるから避けたいけど……。
あれは今思い返しても嬉しさより恥ずかしさが勝るハプニングなので避けたいところだ。そう思いながら洞窟の手前で踏み止まって、中に声をかける。
「フィデリスー、いるー?」
寝てたら悪いなと思いつつも、中に向かって大きな声でそう言う。すると声に反応して中で何かがモゾモゾと動くのを感じた。
「ん……、ミズキか……?」
寝ぼけた返事を聞きながら考える。どうやらまた寝ていたようだ。来るたびに寝ている気がするが、それ以外にすることがないのだろうか。
「入るよ」と言いながら、私は洞窟に足を踏み入れる。まだ夕方にもなっていない時間だというのに、この洞窟はいつ来ても暗い。こんなところに籠っているから眠くなるのではないだろうか。
「たまには外とか、私の屋敷の方にでも来たらいいのに」
そう言って私はフィデリスに近づいた。すると、彼の青い瞳が鋭く光った。それに気づき、なんだろうかと思った頃には、私はフィデリスに押し倒されていた。
昨日忘れちゃってました……。申し訳ありません。
次はまた明後日です。




