恋のハプニングの魔法 後編
この世界に、ミノムシは存在していない。
だから今回、私が魔法で出したこのミノムシも、この世界では私の記憶を頼りに生み出した架空の存在であり、いわばおもちゃとなんら変わりない。
そんなおもちゃ同然のミノムシが、シャロンティーヌ様とルシルフリート様の見ていた薔薇の木の中から、ビヨーンと糸を伸ばしてきた。
「きゃっ!」
そして案の定、シャロンティーヌ様は悲鳴を上げて、そのミノムシに驚いてくれた。後ろに飛び退いた後、恐怖からルシルフリート様にしがみつく。
対するルシルフリート様は、私の予想、というか望みとしては、怖がるシャロンティーヌ様を慰めて欲しかったのだが、彼は今謎の生命体、ミノムシに目線が釘付けになっている。
「なんだこの生き物は……」
目の前でぶらぶらと揺れている見たこともない生き物に、彼は言った。
私はその視線に居た堪れなさを覚えて、一度ミノムシを木の中に引っ込ませた。そしてもう一度、ミノムシを木からビヨーンと伸ばす。
「ヒッ!」
シャロンティーヌ様はそれを見て再び悲鳴を上げたが、ルシルフリート様は興味深そうにミノムシを見ながら、それを突く。
「面白いな……」
「うぅ、私は怖いです」
楽しそうに言ったルシルフリート様に対して、彼の腕にしがみついたシャロンティーヌ様は弱々しくそう言った。
そして私は予想外の反応に過去の自分を責めた。
……なんでこの世界にいる虫を元にしなかったの!
だがもう遅い。今度この虫に聞かれたら素直に白状するとして、今はなんとかルシルフリート様の意識をミノムシからシャロンティーヌ様に持っていってもらえるように考えなければ。
私は少し考えた後で、一度ミノムシを引っ込ませる。そして今度はシャロンティーヌ様に近い別の木から、ミノムシを出した。
「きゃあっ!」
シャロンティーヌ様はまた悲鳴を上げて、木から距離をとってルシルフリート様の後ろに回る。
……ごめん、シャロンティーヌ様。害はないから。気持ち悪いだけだから。
ルシルフリート様は、今度はシャロンティーヌ様を引き寄せて「大丈夫だ」と安心させるように言った。しかし依然としてその目はミノムシに釘付けのまま。
ホントに、ミノムシにしたこと後悔してるよ。ミノムシ作戦はこれで終わりにしよう。
私はため息をつきながらミノムシを引き上げる。それからしばらくの間ミノムシが出てくることはなかったため、二人はまた歩き始めた。
「なんだったんだ、あの生き物は……。一匹くらい連れ帰りたかったな」
「……ルシルフリート様はあのような生き物がお好きで?」
残念そうに言ったルシルフリート様に、シャロンティーヌ様が躊躇いがちに聞いた。
「いや。ただあのような未知の生き物に興味があっただけだ。君はあの生き物を知っているのか?」
彼に尋ねられて、シャロンティーヌ様は少し困った表情をした。おそらく、あの生き物がなんなのかは知らないが、私が出したものだということは分かっているため、なんと答えるべきか迷っているのだろう。
しばらくした後で、シャロンティーヌ様は「いえ……」と答えた。
そしてそれを見守る私は、申し訳なさでいっぱいになっていた。
……結局シャロンティーヌ様を怖がらせるだけ怖がらせて終わってしまった。
今のところ、こういうハプニングしか起こせていない。まともなものは後で考えると思っていたものの、結局後になっても思いつかなかったのだ。
申し訳ない……。でも次は違うよ。次はもっとロマンチックなものだから!
私はそう考えながら、二人の行く先を見守る。彼らが次に向かうのは、庭にある池に架けられた、美しい造りの橋だ。
橋の周りにもたくさんの花が植えられていて、池にも蓮のような花が浮かんでいる。その中に架けられた美しい西洋風の造りの橋。シャロンティーヌ様とルシルフリート様は、それを渡っている。
「美しいな」
「そうでしょう?私もお気に入りなのです」
シャロンティーヌ様は嬉しそうに微笑んでそう言った。
二人の仲は正直、私が手を出すまでもないと思う。あとひと押しあれば恋人になれるかも、と言ったところで、どのみち二人は数年すればそういう関係になるのだ。
けれどシャロンティーヌ様が心配していたのは、竜と人という種族の違いによる、結婚後の関係が歪になることだ。
それを防ぐには今ここで二人がお互いに、生涯を共にしたいと思えるようになることが必要なわけだが……。
そんなことは一朝一夕でなんとかなるものではない。なんとかなってしまうなら、それこそ薄っぺらい感情だろう。
当初は二人の距離を縮める目的でここに来たが、どうやらその必要はあまりないみたいだった。だから今の私にできるのは、二人が少しでも、今回のお茶会で仲良くなれたと思えるようにすることだ。
……ん?でもここで恋人関係が始まっちゃうのも悪くないんじゃない?
私はふとそう思い返して、ひとまずこの後のロマンチックな魔法に気合いを入れる。
私はシャロンティーヌ様の脳内にテレパシーを送る。
(自分の素直な思いを、ルシルフリート様にぶつけてください!)
すると私の言葉が届いたのか、彼女は顔を上げた。今の彼女には私の姿は見えないだろうが、私がいることは知っている。
案外上手くいくものだね。
私はテレパシーが上手くいったことに対してそう思いながら、シャロンティーヌ様を見守る。
意を決した表情を浮かべたシャロンティーヌ様が口を開いたタイミングで、私も唱える。
「私……!」
「フラワーシャワー!」
シャロンティーヌ様と私の声が重なる。
「今日あなたとこうして過ごすことができて、とっても嬉しかったです」
彼女が微笑みながらそう言ったのと同時に、辺りに花びらが降り注いだ。それはまるで二人を祝福するように、風に吹かれて舞い踊る。
ルシルフリート様は突然降ってきた花びらに驚きながらも、シャロンティーヌ様の言葉に返す。
「ああ、私もだ」
それを聞いて少し目を見張ったあと、また彼女は嬉しそうに笑う。そして俯いて顔を赤くした後、覚悟を決めたように言った。
「私、伝えたいことが、あるのです」
シャロンティーヌ様が途切れ途切れになりながらもそう言ったのを聞いて、ルシルフリート様は頷く。
私はそれを聞きながら考える。どうやら話が長くなりそうだ。フラワーシャワーを延長しなければ。
「フラワーシャワー」と再び唱えながら、シャロンティーヌ様の言葉を私も待つ。
彼女はしばらく躊躇っていたようだったが、やがて口を開いてこう言った。
「す、好きなのです……」
消え入りそうなその声を聞いて、ルシルフリート様は耳を疑ったようだった。
「す、好き……?」
彼も顔を赤くしながら、確認するように言った。
それにさらに恥ずかしそうにしながら、やけになったようにシャロンティーヌ様は続ける。
「好きなのです!あなたが!あなたのその美しい髪も綺麗な瞳も、一見冷たそうに見えて実は優しいところも!」
シャロンティーヌ様がそう言うのを、ポカンとしてルシルフリート様は聞いていた。
「以前私が他国の生徒から嫌がらせを受けていた時、止めてくださったでしょう?私、それがとっても嬉しかったのです。それから、あなたのそういう一面を知っていくたびに、どんどん好きになって……」
あの時か……、とハッとしたように呟いたルシルフリート様に、シャロンティーヌ様はまだ止まらなかった。
まずい、フラワーシャワーが切れる。もう一回出さないと……!
私も思った以上のシャロンティーヌ様パートの長さに慌てる。この後ルシルフリート様パートが来ると思うと、このフラワーシャワーは不自然に長くなってしまう気がするのだが……、と心配になった。
「私はあなたの婚約者でよかったと思いました。けれどその頃、竜の婚姻の契りについて知ったのです。私それから不安になって、同時に、ずっとあなたの隣にいられるようになりたいとも思ったのです……!」
そこまで言い終えてから、シャロンティーヌ様は一度ふぅ、と息をついた。それから赤くなった顔でルシルフリート様を見上げる。
ルシルフリート様はというと、彼女と同じく赤くなった顔で、怒涛の自分への思いを聞いていた。コホン、と一度咳払いをしてから、彼もシャロンティーヌ様の思いに応える。
「私は初め、君のような人間が婚約者であることを忌避していた。理由としては、私の父がそういった婚約で何人もの女性を捨てたところを見てきたからだ。……私も、その捨てられた女性の中の一人の子にすぎない」
彼の言葉にシャロンティーヌ様は悲しそうな顔をした。前半の言葉には俯き、後半の言葉には心配するような表情を見せる。それを優しく見つめながら、ルシルフリート様は続けた。
「だがアカデミーで実際に君と出会った時、私も君と同じように、君を少しずつ知っていく過程で君に惹かれていった。竜の婚姻の契りだって、考えたことがないわけではない。ただ、君はそれを拒否するだろうと思っていた」
そう言った彼に、シャロンティーヌ様は反射的に口を挟んだ。
「そんなことはありません!私あなたとなら、生涯一緒にいたいと思えます!」
そう言った彼女にルシルフリート様は驚いた様子だった。それから嬉しそうな表情で伝える。
「私も、同じような気持ちだ」
彼はそう答えながらシャロンティーヌ様に近づく。そして彼女の頬に手を添えた。
私はここが山場だと思い、フラワーシャワーの調整をする。さっきよりも多くの花びらが舞う中、ルシルフリート様はシャロンティーヌ様の頬に添えた手を顎へと伸ばす。
そしてその顎をクイっと持ち上げて、彼女の唇に自分の唇を重ねた。
花びらが二人を包むように降り注ぎ、彼らの唇と唇が離れたのと同時に、全ての花びらが一斉にパッと消えた。
消えた花びらは代わりに光の粒子となり、辺りを漂いながら空へと消えていく。そして後に残ったのは、目を合わせることもできずお互いそっぽを向き合いながら、橋の真ん中に佇む二人の人影だった。
……大成功、かな?
私は二人の様子を見守りながら、そう思った。
ガン見するのは申し訳ないかと思い、目を逸らすことも考えたが、完璧なタイミング調整のためには目を逸らすこともできず、結果二人のキスシーンをバッチリ見ることになってしまった私は、若干居た堪れない気持ちだった。
でも、結果オーライ!だよね?私が力になれていたのかはちょっと分かんないけど。
私はお互い目を逸らしたままの二人を尚も見守り続ける。せっかく恋が成就したというのに重い沈黙が流れるその空気を破ったのは、ルシルフリート様の方だった。
「……戻ろうか」
「はい……」
エスコートのために差し出された手をシャロンティーヌ様がおずおずと取って、二人は歩き始める。戻るまでの道中も、二人はずっと黙ったままだったが、その空気は重いものの苦しいものではなく、甘酸っぱい雰囲気に感じられた。
いい感じだね。もうホントに、私ができることは何もなさそう。
私は二人の様子を見てそう感じながら、初めにいた茂みの奥へと戻った。
二人はというと、初めにお茶をしていたテーブルへと戻ってきて座る。それからしばらくした後で突然、シャロンティーヌ様が涙をこぼした。
「ど、どうした!?」
慌てた様子で席を立ち、シャロンティーヌ様に近づいたルシルフリート様に、シャロンティーヌ様は困ったように伝える。
「う、嬉しくって。あなたとずっと憧れていた関係になれたので……。だから今すごく、幸せなのです」
「だからといって、泣かなくとも……」
こちらも困ったように言ったルシルフリート様に「うぅ」と返しながら、シャロンティーヌ様は椅子から立つ。
「顔を洗ってきますので、しばらく席を外しますね。すぐ、戻りますので」
そう言ってパタパタと小走りになりながら庭を出ていった彼女の背中を見つめながら、ルシルフリート様が言った。
「大丈夫だろうか……」
私も同感だ。どこかで転んだりしないといいのだが。
「だがこれでようやく、話ができるな」
彼は一人、そんなことを呟いたのを聞いて、私はなぜか冷や汗が出てくる。
……え?私じゃないよね?
しかし彼が私のいる茂みに向かって言ったのを聞いて、今度こそ確信する。
「出てきたらどうだ?」
……バレてる。確実にバレてる。
なんで!?もしかして魔法に失敗してた?それともやっぱり彼の魔力感知がすごいだけ?
私は原因を考えながら、彼の命に逆らうわけにもいかず、彼の前に姿を現す。
「ほぅ、君が」
私を見て若干驚いたようのそう言った彼に、私は尋ねる。
「なぜ、分かったのですか?」
「そんなの決まっているだろう」
彼はそう言ったが、私には心当たりがないので首を傾げる。それに合わせるように首を傾げながら、「本当に自覚がないのか……?」と言いながら彼は私の問いに答えた。
「君からする同族の匂いのせいだ」
私は彼の言ったことに対してしばらく首を捻って考えた後、思い当たる節に顔を赤くした。
……それってまさか、フィデリスのこと!?
年末年始は一月六日まで投稿をお休みします。




