恋のハプニングの魔法 前編
約束の日。私は朝早くに城へと到着した。
今日も結局フィデリスに送ってもらった。こんな朝早くから私に付き添ってもらうのは申し訳なくも思うのだが、ついていくと言ったのは彼の方なので仕方ない。
彼も心配してるし、ちゃちゃっと解決して帰りたいね。まぁ、そう簡単には行かないだろうけど……。
「ようこそお越しくださいました、ミズキ様。こんな朝早くに呼び出すことになって申し訳ありません」
応接間で待っていた私の元に、シャロンティーヌ様がやってきてそう言った。こんな朝早くにと言うが、身支度はもうすっかり終わっていて、丁寧に結われた髪に薄く化粧までしている。
好きな人が来るんだから、当然の気の入りようかな。バッチリおめかししてるね。
私は彼女を見てそう思いながら、「とんでもないです」と返す。
私の答えにニコッと微笑んで、シャロンティーヌ様が言う。
「では行きましょうか。今回ルシルフリート様とお茶をする予定の場所も、前回ミズキ様を招待した場所と同じです。……ミズキ様はお手紙で茂みに隠れて見守っているとおっしゃっておりましたが、本当にそれでよいのでしょうか?」
不安そうに尋ねてきた彼女に、私は「はい」と力強く頷く。
私が二人に見えるような位置で魔法使うわけにはいかないしね。隠れた場所から二人を見守らせてもらうよ!
私はそう考えていたのだが、シャロンティーヌ様はさらに不安そうな顔になる。
「本当に、茂みでよいのですか……?」
「え?」
小さな声でそう言ったシャロンティーヌ様の言葉を私は聞き取ることができなかったので、そう聞き返した。
しかしシャロンティーヌ様は「いえ!なんでもないです」と言ってこの話を終わらせた。
城の中を進んでいき、やがて前にも来た庭へと辿り着く。
「では、あそこの茂みにいますので」
私はそう伝えて、茂みの方へと入っていく。後ろから受けた視線が若干引き気味なものだったことには、私は気づかなかった。
さて、まずはここを快適な環境に変えちゃおう。
私はそう思いながら、カバンから魔導書を取り出す。
王族の城で勝手に魔法なんか使っていいのかって?大丈夫。今日これからたっくさん使うことになるんだし。
まずは虫除けだ。こんな茂みの中じゃ、いつどこから虫がやってくるか気が気でない。私は魔導書に魔力を流しながら唱える。
「バリアA」
Aとは、私が普通のバリアと意識的に区別できるようにつけた番号で、特に深い意味はない。ただこうしなければ普通のバリアとごっちゃになって虫除け効果を付与できないのだ。
ちなみに、匂いよけ効果のあるバリアBや、害意のある者を跳ね除けるバリアCなどもある。いずれも私が思いついた順にアルファベットを振っているだけで、意味はない。アルファベットなんて存在しないこの世界では、私の唱えるこの呪文もさぞかし難解なものに聞こえているのだろう。
……う〜ん。どうせならこのバリア、庭全体に貼っちゃった方がいいかな?シャロンティーヌ様とルシルフリート様の間に虫が入ってきたら嫌だし。
私はそう考えて、バリアを大きくしていく。庭全体を覆えたかな、と思えたところで魔力を流すのをやめた。
よし、次!私がこの場所で優雅に二人を鑑賞できるように、楽な姿勢が取れるようにする!
まず私は自分に魔法をかけた。体が軽くなって、浮遊状態になれる魔法だ。街の様子を上空から見守る時にも使っている。
これで地面にしゃがみ込む必要はなくなった。けれど結局疲れる体勢を取ることになるので、疲労軽減のポーションを飲んでおく。
それから茂みの向こうからでも二人の様子が見れるように、茂みを透明化する。ただし反対側からはこちらが透けて見えないようにしなければならないため、これが結構難しい。
魔力を調整して、神経を研ぎ澄ませながら呪文を唱える。
「トランスルーセント」
魔法をかけたら、念の為茂みの反対側に行って確認をする。
……うん、大丈夫。こっちからは見えてないね。
確認を終えたら、私はまた茂みの奥に引っ込む。こちらからはちゃんと反対側が見えているので成功だ。
完璧完璧。あとは二人の到着を待つだけだね。
私は地面から少し離れたところで浮きながら、ソファに寝転ぶような姿勢をとる。側に魔導書も浮かばせながら、私はシャロンティーヌ様とルシルフリート様を待つのだった。
しばらくして、庭の入り口の方から声が聞こえてきた。どうやら二人がやってきたようだ。
扉が開き、まずは使用人が入ってくる。そしてその後に、並んだ二人の人影が入ってきた。私はその二人を、特に背の高い方の一人を、目を凝らして見た。
あの方が……。
長い黒髪にアメジストのような紫の瞳。すらりと背の高い整った顔立ちの人物が、シャロンティーヌ様の隣を歩いていた。彼こそが、シャロンティーヌ様の恋のお相手、ルシルフリート様だろう。
ふいにその紫の瞳が、私のいる茂みの方を向いた。私はその茂み越しに、彼と目が合った気がした。
……ば、バレた?
冷や汗の吹き出すような感覚がしたが、彼がこちらを見たのはほんの一瞬で、すぐに他の方へと目線を向けた。私が初めてここに来た時のように、庭全体を見ていただけかもしれない。
「こちらにお掛けになってください」
シャロンティーヌ様がそう言って、ルシルフリート様に席を勧めた。
「ああ、ありがとう」
それにルシルフリート様は無表情でそう返した。
シャロンティーヌ様に聞いていた通りの人だね。
私は心の中でそう思った。
それから、シャロンティーヌ様は人払いをし、二人はお茶をし始めたようだった。お茶をこぼして服が汚れるなんてハプニングも何かに繋がるだろうか、とも思ったが、二人の着ている服はどちらも絶対高価なので弁償できないと考えてやめた。
とりあえず二人の会話から今の仲良し度を測っていこうと思う。そう思いながら二人の一言一句も逃すまいと、聴力を強化するポーションを飲んだ。
「いい香りだな」
「そうですか?気に入っていただけてよかったです。このお茶は……」
どうやら二人はお茶についての話をしているようだ。この前私が来た時と同じような会話をしている。
いい匂いだな〜。私も飲みたい。
そんな思いを堪えながら引き続き二人の会話に耳を立てる。
「急なお誘いだったのに、いらしていただいてありがとうございます」
シャロンティーヌ様ははにかんで笑いながら、ルシルフリート様にそう言った。
「いや、構わない」
ルシルフリート様はそう返した。私はこの位置からだと彼の表情が見えない、と移動する。そして私が顔の見えるような位置に移動したところで、彼は言った。
「私も君に会いたいと思っていたところだった」
彼は穏やかな表情でそう言った。彼の顔が見えるようになった代わりに、シャロンティーヌ様の表情は見えなくなったが、後ろからでも彼女が照れているのは感じた。
……あれ?聞いてた以上に仲良しじゃない?
私は二人を見ながら考える。
「アカデミーでは人の目がある以上、君にこのような態度を取るのは難しかったのだが……」
私がむむ?と考え込んでいると、ルシルフリート様は口を開いてそう言いながら、テーブルの上でシャロンティーヌ様の手に自分の手を重ねた。
「今は二人きりなのだろう?」
今度はさっきよりも穏やかな表情で、少し口角が上がっているようにも見えた。対するシャロンティーヌ様は顔から火が出るような思いだろう。
そして私はというと、そんな彼の視線が少しこちらを向いた気がして焦っていた。
……やっぱりバレてない?
私はどこかでボロを出した覚えはないので、向こうから見えているということはないはずだ。ただどうしても魔法を使った以上、そこに魔力の残滓が残る。それが原因だとしたら、彼は魔力の感知能力がよほど優れているのだろうか。
……でも、シャロンティーヌ様に頼まれてる以上、逃げ出すわけにはいかない。バレてたとしても開き直ってここに居座ってやるんだから。
私はそう決心して、ルシルフリート様の目を見返した。
それからまたしばらく、二人は他愛もない会話でお茶を楽しんでいた。アカデミーでの思い出話などをしているようで、アカデミーに行くことのできない私には聞いているだけで新鮮なものだった。
普段の授業での話から、運動会や文化祭のような行事の話まで、どれも私の知っている学園生活とは近い部分もあれば遠い部分もあって面白い。違いが生まれる点としては、やはり魔法の有無だろう。
いいな〜、魔法。まあ私も現在進行形で使ってるんだけども。
「よければ、庭を見てまわりませんか?」
二人ともがお茶を飲み終わった頃に、シャロンティーヌ様がそう切り出した。
彼女の提案にルシルフリート様は頷いて立ち上がる。そして流れるような動作で、シャロンティーヌ様をエスコートした。
私は二人の様子を見ながら気合いを入れ直す。
よっし!ようやく私の出番!考えてきた私渾身の魔法を、くらっていただこうか!
まるで悪役のようなセリフを心の中で叫びながら、まず私は透明化のポーションとミュート効果のあるポーションを飲んだ。二人が庭を見て回る以上、鉢合わせする可能性もある。万一そうなっても見られないようにしておくことは大切だ。
また、言霊という概念もある通り、言葉には魂が宿る。そのためこの世界での魔法も、呪文を唱えるということは大切だ。しかし声で向こうにバレるわけにもいかない。したがって、ミュート効果は大事なのだ。
準備万端、いつでも来い!……いや、行くのは私の方か。
そんなくだらないことを考えながら、まずは王道から攻める。「ストーン」と唱えながら魔導書に魔力を流せば、私の思った通りの場所に小さな石が現れる。
ごめん、シャロンティーヌ様。でも、つまづいてよろけるのは王道だから!つまづいてくれ!
そう念じれば、思っていた通り、シャロンティーヌ様は小さな石に気がつかずにつまづいて転びかける。よろけた方向まで私の計算通りで、ルシルフリート様の方にもたれかかった。
そして案の定、ルシルフリート様は素早い反射神経で彼女を支えてくれる。
「大丈夫か?」
「あっ、はい、すみません……。ありがとうございます」
シャロンティーヌ様は柔らかく微笑んで彼にお礼をした。それを見たルシルフリート様が一瞬固まった気がする。それからそっけない様子で言った。
「全く、こんなところに石を置いておくなんて、君の城の庭師は使えないんじゃないか?」
ごめん庭師さん。お門違いの罪をなすりつけられてる……。
心の中で申し訳なさを感じて謝る。そして再び歩き始めた二人の後を追った。
道中、二人は庭に生えている花の種類について話をしているようだった。
「この花は?」
「ヴェリアールローズといって、我が国の国花です」
「なるほど……。私の国には生息していない花のようだな」
なんとなく、二人だけでも仲良くやれそうな気はするのだが、やはり報酬をもらっている以上それ分の仕事はしなければならない。
それにせっかく考えたんだもん。私自身の苦手に耐えながらね。
私は家での魔法の開発の様子を思い返しながら、魔導書に魔力を流す。
ごめんね、シャロンティーヌ様。私渾身の魔法をどうか受け取って。
私は彼女に心の中で謝りながら、彼らに聞こえることのない声で唱えた。
「ミノムシ!」
なんでここで切った?




