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お姫様のお願いと竜の婚姻の契り

 足の痺れが落ち着いた私は、立ち上がってもう一度「申し訳ありません……」と謝る。

 恥ずかしいっ!お姫様の前でこんな派手に転ぶなんて!

 しゅんとうなだれる私に、シャロンティーヌ様は微笑みかけながら言った。

 「怪我はありませんか?私たちの方こそ悪かったです。あなたの体勢にまで配慮が行き届いていなかった」

 ……優しい。優しすぎるよ、このお姫様!しかもかわいい!!

 至近距離で覗き込まれて、彼女の顔がよく見える。長いまつ毛、パッチリとした大きな瞳、寸分の狂いなく配置された顔のパーツ。完璧なかわいさがそこにあった。

 羨ましいねぇ……。私もこんぐらいかわいかったたら……。

 思わずため息が出そうになり、それを慌てて引っ込めた。

 「大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありません」

 私はシャロンティーヌ様にそう言った。彼女はそれを聞いて安心した表情になる。

 「それじゃあ、行きましょうか」

 その言葉を合図に、どこからか女性がスッと出てきて、私たちの後につく。おそらくは、シャロンティーヌ様の使用人、いや、メイドさんだろうか。格好がそれっぽい。

 ただうちのリンネのような元気いっぱいの雰囲気がある少女ではなく、落ち着いていてキリッとした表情がかっこいい、手練れの戦士のようなオーラのある女性だった。

 シャロンティーヌ様を先頭に、私たちは城の回廊を歩いていく。なるべくキョロキョロしないように心がけてはいるのだが、どこもかしこも豪華な装飾が施された城の中は、ついつい目が行ってしまうものがいくつもある。

 城の中は広く、それなりに歩いたところでようやく、目的地に辿り着いたようだ。

 家の中なのにこんなに移動しなきゃいけないなんて、王族は大変だなぁ……。

 そんなことを思いながら、使用人が開けてくれた扉を通る。その先には、思わず声が出てしまうほどに素敵な景色が広がっていた。

 「うわぁ……!」

 そう言った私に、シャロンティーヌ様は嬉しそうに尋ねてきた。

 「気に入っていただけましたか?」

 そこには薔薇の咲き乱れた美しい庭が広がっていた。その薔薇に囲まれるようにガゼボが設置されていて、内側にはガーデンテーブルと椅子が置かれている。

 私たちの後ろからガラガラとワゴンを押してきた使用人が現れる。その上にはティーポットといくつかのお菓子が置かれている。

 ここで、お茶会ができるんだね……!最高!来てよかった!!

 「はいっ!こんなところでお茶ができるなんて、夢みたいです」

 私はシャロンティーヌ様にそう返した。それを聞いてシャロンティーヌ様はもう一度、笑みを浮かべた。

 「よかったです。さ、こっちに来て」

 私は彼女に手を引かれてガゼボの方へ向かう。椅子は二つしかないが、おそらく使用人たちは一緒にお茶をしないので問題ないのだろう。

 私はシャロンティーヌ様に勧められて椅子に座る。シャロンティーヌ様はもう一方の椅子に座った。

 ワゴンがガゼボの方へ近づいてきて、テーブルの上にティーポットとカップ、お菓子を並べていく。また別の使用人が二つのカップに紅茶を注いでいく。辺りにいい香りが広がった。

 「いい匂い〜」

 私がそう言うと、シャロンティーヌ様が説明をくれる。

 「ローズとトゥルーベリーを使っているのです。ローズはここで栽培されたものなのですよ」

 トゥルーベリーとはイチゴのことだ。私は納得する。甘い香りと上品な香りが混じり合って、私の鼻をくすぐった。

 紅茶が私とシャロンティーヌ様の前に置かれ、お菓子がアフタヌーンティーの時に見るようなケーキスタンドの上に並ぶと、シャロンティーヌ様は言った。

 「下がってちょうだい」

 彼女の声に従い、使用人たちはすぐさま私たちの側を離れる。私たちの声が聞こえない距離の、庭の入り口の扉の前に、さっきのかっこいいメイドさんだけが残り、他は皆城の中へと帰っていった。

 シャロンティーヌ様が一口紅茶を飲んで、私に視線を向けてくる。これが毒味というやつだろう。私もそれを見てから紅茶を一口啜った。

 「おいしい!」

 私がそう言うと、シャロンティーヌ様は「よかったです」と言った。

 私はふと思い出し、カバンの中から箱を取り出す。

 「そういえば私も、お菓子を持ってきたんです」

 「まぁ!嬉しいです。そこに置いてくださる?一緒に食べましょう」

 彼女は嬉しそうにそう言ってくれた。私はホッとしながら箱の蓋を開けてテーブルの上に置く。中に入っているのは小さめのワンホールケーキだ。ノーラが時間をかけて丁寧に作った自慢の一品である。

 私は元から切り分けられているそれを一切れ取り、口に入れる。初めて食べたがとってもおいしい。これならシャロンティーヌ様にお出ししても平気だろう。

 私が食べても問題ないことを見てから、シャロンティーヌ様もケーキを一切れ取って口にした。驚いたように目を見開いた後、微笑みを浮かべて言った。

 「おいしいです。料理人に、素晴らしいと伝えておいて」

 私たちがそれぞれ自分たちの取ったケーキを食べ終わった後、シャロンティーヌ様が話を切り出した。

 「では、本題に入りますね。今回あなたをここに招待した理由なのですけれど……」

 私は思わずゴクリと息を呑んだ。

 私に解決できる範疇でお願い……。

 私は心の中でそう祈りながら、彼女の言葉を待つ。そして彼女が口にしたのは、私の予想を上回るお願いだった。

 彼女はまっすぐな、しかしその中に不安と迷いが見えるような目で、言った。

 「惚れ薬を、作って欲しいのです」


 「……え?」

 数秒の沈黙の後、私が口にできたのはそれだった。

 ……え?ほ、惚れ薬……。惚れ薬?こんなにかわいい人に必要ないと思うけど……ってそこじゃなくて。

 私は混乱した頭のまま、とりあえず「詳しく聞かせてもらっても?」と言った。まぁ、詳しく説明されたところで理解できる自信はないが。

 シャロンティーヌ様は私の言葉にコクリと頷き、話を始める。

 「私、その……、好きな方がいるのです」

 「なるほど……」

 恥じらいながら言う彼女に、私はそう返したが、全然なるほどではない。

 シャロンティーヌ様、婚約者いるよね?これ、私が聞いて大丈夫な話?

 私はチラリと扉の前に立つメイドさんを見た。彼女は我関せずといった表情で目を逸らしている。

 う〜ん、話の内容を知っててあえて知らないふりしてる感じ?とりあえず、今すぐ彼女が切り掛かってくる心配はないね。

 私はそう思いながら再びシャロンティーヌ様の話に耳を傾ける。

 「その方は同じアカデミーに通っていて、学年は私の一つ上でした。とても美しい方で、周りの皆様は怖いとおっしゃておりましたが、私にはそれすらも魅力的に思えて……」

 なるほど〜。孤高の一匹狼タイプね。

 私は彼女の言葉にこくこく頷いて相槌を打つ。

 「文武両道で、魔法の才もあるようでした。私なんとかしてあの方とお近づきになりたくて、仲良くなりたくて、一生懸命アプローチしてみたのですけれど……」

 彼女はそこまで言って、うなだれる。「どれも失敗に終わりました」と小さな声でこぼした。

 私はそれを聞いて思った。

 このお姫様のアプローチで惚れない男って、一体どんな奴なのよ?どんだけいい女に囲まれて育ったの?それとも、単に女に興味がないの?

 私は目の前のうるうるした目の少女を見て考える。

 惚れ薬、ね。うん……。その手があったか……。

 私は頭の中にフィデリスを思い浮かべながら、自分に呆れる。今まで一度も考えたことなかった。誰かを惚れさせるのに、最も魔法使いらしいやり方だというのに。

 まあでも、ないかな……。できたとしても、やらない。やっぱりそんなやり方じゃ、フィデリスに悪いよ。

 だが目の前のお姫様は相当焦っているようだ。いや、恋に盲目で前が見えなくなっているだけかもしれないが。

 できなくはないけど、そんなやり方はよくないかもって、気づかせてあげないとだよね。

 そう思いながら、とりあえず一番気になっていることを聞いておく。

 「シャロンティーヌ様って、婚約者がいらっしゃいますよね?私もあなたに協力したい気持ちは山々ですが、王の決定に背くようなことをするわけにも……」

 私は申し訳なく思いながらも、彼女に伝えた。王族の姫であるという理由で、好きな人と添い遂げることができないというのはかわいそうなものだが、それでも私も巻き込まれて死ぬのはごめんなのだ。

 しかしその言葉にシャロンティーヌ様は、恥ずかしそうな顔をしながら言った。

 「えっと、実はその……。婚約者というのが、私の好きな方なのです……」

 顔を真っ赤にしながらそう言った彼女に、私は今度こそ訳が分からなくなる。

 え……?じゃあなんで惚れ薬使う必要があるの?いらないじゃん!

 なんなんだこのお姫様、と困惑を抱えながら「ではなぜ……」と私は言った。それに彼女は強い意志を宿した目で、力強く言う。

 「私は、あの方に自分を好きになってもらいたいのです。自分のことを愛してもらっている上で、彼に娶られたい。そうしなければ、私は……」

 攻略結婚のうわべだけの関係では、満足できないということか。しかし彼女にはそれ以上の理由があるように見える。私は彼女の言葉の続きを待った。

 彼女は言うべきか迷っているようだが、私の目を見て心を決めたように、口を開いた。さっきよりは小さな声が、ポツポツと聞こえてくる。

 「私の婚約者、ルシルフリート様のことをご存知ですか?」

 彼女に聞かれて、私は「竜国の王子であるということしか……」と言いながら首を振った。しかし彼女はそれに頷いて、「それだけで十分です」と言った。

 「あなた様もご存知の通り、彼は竜国ドラゴンエンペアの第一王子です。ドラゴンエンペアは竜国という呼び名の通り、竜の国でして、主に竜族が暮らしています。そして彼も例に漏れず、竜なのですが……」

 彼女はそこまで言って、一度紅茶を啜った。私も同じように紅茶を一口飲む。

 「私はさっき、彼は学年が一つ上だと言いましたが、実際の年齢はずっと上です。私よりも数十年、下手したら百歳以上。竜の婚姻の契りについては、ご存知でしょうか?」

 私は首を振る。だが、すごく興味がある。私は期待と不安を胸に、彼女の言葉を待った。

 彼女は少し目を伏せながら、その続きを話す。

 「竜は基本、竜同士で番になるものです。しかし最近ではドラゴンエンペアも、外交関係のために他国の人間を娶るようになりました。ですが本当の意味で夫婦になれる人間は少ない。今のドラゴンエンペアの国王、ルシファニウス様と、その妃であるローゼファルタ様は真の竜の婚姻の契りを交わしていますが、彼女の前には十数人の前妃がいると聞いています」

 私は彼女の言ったことに思わず「ええ……」と声を出してしまった。若干引き気味の私にシャロンティーヌ様は優しく笑って、「私も初めて聞いた時は驚きました」と言ってくれた。

 「それで、真の竜の婚姻の契りを交わすと、どうなるのですか?今までルシファニウス様とそれを交わせたのは、ローゼファルタ様だけなのですか?」

 私の問いに頷いてから、シャロンティーヌ様は話し始める。

 「その契りを交わせば、永遠に番と同じ寿命を歩めるそうです。例えそれが、人間であっても。ですがその契りは生涯に一度しか結べない。そして、片方が死ねばもう一方も、同時に死に至るそうです」

 想像以上に重い契りだった。そして今の話の流れから察するに、おそらくローゼファルタ様は人間だったのだろう。彼女の凄さを実感した。

 つまりシャロンティーヌ様は竜の婚姻の契りを交わしたいわけだ。彼女の婚約者であるルシルフリート様と。

 外交関係のためだけに結ばれていつか捨てられるような運命を辿りたくはない。なにより彼女はルシルフリート様が好きなのだ。その気持ちは尚更強いだろう。

 惚れ薬に頼りたくなるのも分かる。でも……。

 難しい話だ。私は思う。

 「教えてくださってありがとうございます」

 私はとりあえずそう伝えておいた。

 さて、どう返事をするか……。

 私は少し考えた後、まずは現実を突きつけるところからにすることにした。

 「シャロンティーヌ様。惚れ薬は作れなくはありません。ですが、惚れ薬を作る際に使う魔法についてはご存じですか?」

 私の言葉に彼女は首を振った。私はそれを見て、キッパリと告げる。

 「闇属性です」

 「っ!」と息を呑んだのが聞こえた。

 闇属性魔法はこの国では使用が禁止されている、禁忌の魔法だ。惚れ薬については詳しくは知らないのだが、作る過程でこの属性の魔法が入ってくることはほぼ間違いない。

 私は俯く彼女を見る。落ち込んでいるのかもしれない。そんな彼女に、私は一つある提案をした。

 「ですが私も、他に考えがないわけではありません。彼に手紙を出して、この城に招待することは可能ですか?」

 私の言葉に一縷の希望を見出したように、パッと顔を上げた彼女は、コクリと頷く。

 「できると思います。彼が招待に応じてくれればですが……」

 「なら招待できた暁には、私のことも呼んでください。闇属性は使えなくとも、それ以外の魔法で、あなたと彼を近づけることならできるかもしれません」

 私は人差し指を立てながら、彼女にそう言った。それを聞いて彼女はパァッと顔を輝かせる。

 そう、例えば、シャロンティーヌ様がルシルフリート様の方に体勢を崩すようにしたりとか、虫を出して怖がったシャロンティーヌ様をルシルフリート様がなんとかするように仕向けたりとかね。例に碌なものがないって?碌なものはこれから考えるんだからいいの!

 「だから惚れ薬は一旦、最後の手段として置いておきませんか?」

 私は彼女に提案する。

 「できるのですか……?」

 シャロンティーヌ様はそう言った。私は「絶対とは言えません」と首を振る。

 「ですが、できる限りのことはすると誓います」

 私の言葉を受けて、安心したようにシャロンティーヌ様は頷く。

 「分かりました。では、そうすることにしましょう。早速お手紙を書こうと思います!」

 彼女はそう言うとメイドさんを呼び、レターセットを取ってくるように命じた。

 ……え?まさか、今から書くの?ここで、私と?

いつもより遅い時間の投稿になってしまいました。

竜についての話をちょこっと。

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