帰宅と一通の手紙
「おかえりなさいませ!ご無事でなによりです!」
屋敷に着くと、リンネがそう言って出迎えてくれた。彼女に討伐のことを話した時、自信無さげにしてしまっていたかたら心配していたのかもしれない。
まぁ予想外のこともあって結構危なかったけどね。確かに無事でよかった。
私はリンネに「ただいま」と返して安心させるように笑う。リンネもホッとしたように微笑んで私の前を歩き始める。
「あ、今日はフィデリスも食べていくって言ってくれたんだけど、彼の分はあるかな?」
私は思い出したようにリンネにそう尋ねる。それにリンネは少し考えてから答えた。
「大丈夫だと思いますよ。ノーラおばあちゃん、たくさんお料理作ってましたから」
リンネはそう言いながら屋敷のドアを開ける。
「あぁ、おかえりなさい、ミズキ」
中に入るとロビーで優雅にお茶を飲んでいたオリヴィエが出迎えてくれた。それを見てリンネが、「ご主人様をお出迎えするのにその態度は……」と困ったように言った。
実際のところ私は主人として扱われるのにあまり慣れていないので、このような態度を取られても別に困らない。むしろこっちの方がいいと思っているが、他の人からしたらそうではないのだろうか。
「問題ないですよ。ミズキはきっとこっちの方がいいって思ってるはずですし」
こちらの思考を読んでいるかのように、オリヴィエが言った。私は図星だったのでつい「うっ」と言ってしまった。それに対して不思議そうな目でリンネとフィデリスが見てくる。
「それに、僕とミズキの契約に、彼女を主人として敬う、というものはありませんでしたし」
平然とした顔で茶を飲みながらオリヴィエはそう言った。彼の口から出た契約という言葉に、私は思わず複雑な感情の入り混じった笑いをこぼした。
「ははっ、そうだね」
目を閉じながら彼との出会いを思い出して、再び目の前の今の彼を見れば、彼の変化を感じることができた。
「さて、お腹減ったしご飯が食べたいな。もうできてるかな?」
私は話題を切り替えてリンネに尋ねた。
「あ、はい!できていると思います。行きましょうか」
リンネの言葉にオリヴィエはソファから立ち上がり、私たちは四人で食堂に向かった。
食堂ではノーラが夕飯の支度をしていた。料理はすでに出来上がっているようでテーブルに並べられている。ノーラはテーブルの上に花を並べているところだった。
私たちが来たことに気づいたノーラは、「あら」と声を上げる。
「せっかくならミズキ様が帰ってきた時にサプライズになるようにしたかったのにねぇ。リンネちゃんに頼んで引き留めておいてもらえばよかったわ」
どうやたタイミングが悪かったらしい。「ごめんね」と私は謝っておいた。
「いいんですよ。おかえりなさいませ。もう食べるのかしら?」
そう尋ねてきたノーラにコクリと頷いて返す。それから食堂を見渡して言った。
「この飾り付けは、おばあちゃんが?」
「そうよ。頑張って帰ってくるあなたをお祝いしてあげたくて。強い魔物の討伐は大変だったでしょう?無事でよかったわ」
壁に輪飾りがかかっていたり、テーブルに花が置かれていたりして、食堂はいつもより華やかだった。さらに料理もいつもより品数が多く、豪華に見える。
胸に込み上げてくる温かい幸せを噛み締めながら、私はノーラに言った。
「ありがとう」
それにノーラは優しく微笑みながら「とんでもない」と返し、リンネが「あたしも手伝ったんですよ!」と言ってきた。
「そうなの?ありがとう。ところで、ジークおじいちゃんがまだみたいだね。私が呼んでこようか」
私がそう言うと、リンネが必死の形相でそれを止めた。
「あたしが呼んできますから、ご主人様は座っていてください!」
そう言い残して、リンネは慌てた様子で食堂を出て行った。途中で転ばないか心配だ。
それから数分後、私が椅子に座ってしばらくしてから、リンネがジークを連れて戻ってきた。
「おぉ、ミズキ様。おかえりなさい。剣は使ってみたかね?」
「ただいま、おじいちゃん。使ってみたよ。私じゃなくてフィデリスだけど」
私は彼の質問にそう答えた。それを聞いてジークはフィデリスに声をかける。
「どうでしたかな?あの剣は」
「ああ、いい切れ味だった」
フィデリスは簡潔にそう答えたが、ジークは嬉しそうにその言葉を受け取った。
全員が揃ったところで、夕食を食べ始める。この屋敷にノーラがやって来てからというもの、私が討伐や街の襲撃を助けにいくたび、こんな風にいつもより豪華な食事でもてなしてくれる。
「好きな飲み物を選んでちょうだい」
ノーラがそう言っていくつかの飲み物をテーブルに置いた。各々が飲みたいものを取り、自分のグラスに注いでいく。
「ご主人様は何になさいますか?」
リンネにそう尋ねられて、私は少し考えてから答える。
「プリュージュースかな」
私がそう言うと、リンネは私のグラスにジュースを注いでくれた。その間に、目の前に座るフィデリスに尋ねてみた。
「フィデリスは、何飲む?」
「我は別に、なんでも良い」
彼の答えに私はんー、と唸る。
「じゃあ、あなたもプリュージュース飲む?」
私は冗談半分でそう言ったのだが、彼からは意外な答えが返って来た。
「ああ、それでいい」
私はその答えに僅かに目を見開いた。
フィデリスがジュース!?別に悪いことじゃないけど、意外。これがギャップ萌えってやつ?……それとも、単に私がおすすめしたから。だとしたら、なんか嬉しいな。
私はそう思いながらリンネに声をかける。
「そのプリュージュース、注ぎ終わったら私に渡してくれる?」
そう言うと、話の一部始終を聞いていたリンネは何かを察したように頷き、嬉しそうな表情でジュースを渡してくる。
「きっとフィデリス様も、ご主人様に注いでもらえたら嬉しいと思います」
彼女は小声でそう告げると、自分の席に戻った。
……私がリンネとオリヴィエの関係を見守ってるように、リンネも私とフィデリスの間に何かが始まることを期待してたのね。
一年前の彼女との会話と、それ以降の彼女の行動をぼんやり思い出しながら、私はそう思った。今まではフィデリスへの恋心を自覚していなかったので気づかなかったが、今なら思い当たる節がいくつかある。
えっと、なんて言って注いだらいいのかな。いつもありがとう〜とか?
私はフィデリスを見て少し考えた。だが結局そんなことは言えず、ただ「グラス出して。注いであげる」と素っ気なく言うことになってしまった。ちょっと悔しい。
フィデリスは素直にグラスを差し出してくれて、私はそれに並々とジュースを注ぐ。注ぎ終えて顔を上げると、嬉しそうに僅かに微笑んだフィデリスが言った。
「ありがとう」
私はそれにニコッと笑って返しながらも、内心ではかなり動揺していた。
ああっ!その顔は反則だよ!!
それから夕食を終え、今日は早めに休むことにした。
その前に、いつもの洞窟に帰るフィデリスを見送った。
「いつもありがとう。今日はゆっくり休んでね」
私は彼を見送る時、そう伝えた。日頃の感謝を伝えたいと思っただけだったのだが、フィデリスには「やはり今日の其方は何か違うな。どこか悪いのか?」と言われてしまった。いつもそんなにお礼を言っていなかっただろうか。
まぁ、変化はあった。そう言う意味では彼は間違っていない。このまま全て見抜かれてしまったらどうしよう、と少しドキドキした。
「そんなことないよ。ただ感謝を伝えたくて」
私がそう説明すると、彼は表情を和らげて言った。
「そういうことならいい。其方もよく休め。では、また明日」
去り際に、彼は私の頬に触れた。何かを伝えたかったのか口が開きかけていたが、結局その口から何かが発せられることはなく、そのまま閉ざされた。触れた手が離れる時、どこか名残惜しそうに感じたのは、私の気のせいだろうか。
それにしても、急に触れられてびっくりした。加えて、とてもドキドキした。心臓の音が聞こえていないか心配するくらい。
それからお風呂に浸かりながら、考えた。好きだって気づいてから、やたらフィデリスがキラキラして見える気がする。
ベッドに潜ってからも考えてしまった。これが、恋というものなのか。
私は一年前、リンネに「自分は彼に特別な感情を抱く資格はない」と言った。きっとあの頃の私は彼相手でなくとも同じように考えただろう。
でも今の私は、そんな感情を抱いている自分をあまり嫌悪していない。
あぁ、変わったんだ。私、この世界に来てから。
しみじみと、それを実感する。それからさらに考えた。
今の私は少しでも、彼の隣に相応しい人間になれただろうか。でも彼は竜だから、私は彼の隣には立てないのだろうか。
……あれ、でもそういえば……。どっかで聞いた噂だと、この国のお姫様ってお隣の竜国に嫁ぐんじゃなかったっけ。
そんなことを考えているうちに、徐々に眠気が襲って来て、私は眠りについた。
次の日私は、冒険者ギルドに行ってきた。もちろんフィデリスに二日続けて付き合ってもらうのは悪いので一人だ。
マルコシアスの素材を見せて、討伐成功の報告をする。私はマルコシアスの素材を買い取ったので本来貰える報酬よりは少ないが、それでも使い余すだろうほどの報酬を受け取った。
「さすがですね、ミズキ様」
前回と同じ受付のお姉さんが、私にそう言った。私は照れながら、周りに注意しつつお礼を言った。
「ありがとうございます。また定期的に依頼は受けにくるので」
私はそう言って、お姉さんに別れを告げると、ギルドを後にした。
そのまま時間もあるので、街をうろうろすることにした。ちょうど、臨時収入がたんまりある。お土産を買って行ってもいいかもしれない。
……そういえば、リンネが気になってるお菓子があるって言ってたような……。
記憶を頼りに街をふらふらしていると、ふと一軒の店が目に留まる。
あれって……。
私はその店に近づく。店舗として店を構えているわけではなく、テント張の時々現れるタイプの店だ。こういう店は街にいくつかある。
私はその店を知っていた。この世界に来てまだ間もない頃、リンネと共に来た占いの店だ。
「あ、いらっしゃい……って、ミズキじゃない!」
「アルカナ!なんでここに?」
私はその店の店主に対してそう言った。
暗い色のヴェールで顔が半分くらい覆われているが、目元からでも整った顔立ちであることはよく分かる。店の雰囲気も相まって、怪しげな人物に見えるが、その中身が優雅な令嬢であることを私は知っている。
彼女はアルカナ。といってもこれは偽名で、本名はエレーナという。貴族の娘で、本来ならこんな街中にいるはずがないのだが、時々お忍びで街に降りて来てはこの占いの店を開いている。
しかしある日を境にパッタリと来なくなったはずなのだが……。
「どうして、こんな突然。なんで今までいなくなってたの?」
私の質問に、彼女はくいくいと指で私を引き寄せる。彼女の指示通りに近づくと、彼女は私の耳元に口を寄せて言った。
「今年のアカデミーが、終わったの」
それを聞いて、私は思い出した。確か王族がアカデミーから帰ってくる時期だと、ギルドのお姉さんに聞いた。
そっか、エレーナも貴族だから。貴族が通う学校なんだね。
私は一人納得する。それからアルカナに尋ねた。
「じゃあ、王族の人たちももう帰って来てるの?」
私がそう尋ねると、彼女は不思議そうに言った。
「出発の時期は全く気にしてなかったのに。心の余裕ができたのかしら?」
彼女の占いの腕は確かなもので、私がこの世界の人間ではないことを見破ってしまった。そのため彼女は私が他の世界の人間で、一年前は慌ただしく、余裕がなかったことを知っている。
「帰って来てるわよ。昨日は宴だったし」
なんと、私が村の宴を楽しんでいる間に、貴族はもっと豪華な宴を行っていたらしい。
そっか〜、王族か。気になるなぁ。どんな人たちなんだろう。
私がそんなことを考えていると、それを見透かしたようにアルカナが言った。
「会ってみたいの?」
「えっ、まぁ……。よく分かったね」
私がそう言うと、彼女はクスッと笑う。
「あなたは分かりやすいもの。そんなあなたにこれをあげるわ。あなたの願いが叶う切符よ」
私はそう言って彼女が取り出した一枚の封筒を受け取る。差出人の名前は書かれていないが、触り心地から高級な紙だと分かる封筒だった。
「ここでは見ないこと。お家に帰ってから開いてちょうだい。ちょうどこれを渡したかったから、あなたに会えてよかった」
アルカナはそう言った。私はこの封筒の中身が気になり出して、すぐにでも家に帰りたくなってきた。
「よく分かんないけどありがとう。これからしばらくはここに来るよね?」
私が尋ねるとアルカナは「そうね」と頷いた。私はその答えを聞いて安心する。
「そっか!それじゃ、私はこれで。早くこの中身を見たいから帰るね!」
そう行って、手を振りながら私はアルカナの占いの店から立ち去った。
あ、でも、お土産……。
そう思い至り、近くの店で美味しそうなお菓子を購入してから、私は急いで家に帰った。
これから何話かお姫様とのお話になります。
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