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片思いの自覚

 「なぜ手を合わせているのだ?」

 その質問に、私は振り返る。

 「……ごめんねって、思ってるからかな。あのマルコシアスに罪はなかったと思うから」

 私の答えにフィデリスは首を傾げた。

 「だがあの魔獣は、人間を殺したのだぞ?」

 彼にそう言われて、私は目を伏せる。それから顔を上げて、困ったように笑った。

 「そうなんだけどね。……でも、それは彼が望んだことじゃなかった。彼は自分の意思に反して、人を喰べちゃったんだよ。だとしたらやっぱり、悪いのは彼とは言えない気がするじゃない?」

 私はそう言った。それを聞いてフィデリスは少し考えてから、私に言った。

 「……そうか。其方は、そのように考えるのだな」

 私はその言葉を聞いて考える。やはり、この世界ではおかしい考え方だろうか。

 しかしフィデリスは優しい顔で、続けて私にこう言った。

 「優しい、其方らしい考えだ」

 それを聞いて、私はついはにかんだように笑みを浮かべた。くすぐったい嬉しさが込み上げる。

 フィデリスはいつだってこんな風に、私を認めてくれる。それが心地よくて、嬉しくて、温かくて。

 「好きだなぁ」

 と思ってしまう。

 「はぁ……?」

 彼の声がして、私は顔を上げて彼を見上げた。そこには私が前に彼の洞窟で見てみたいと思っていた、真っ赤な顔のフィデリスがいた。

 私はハッとして自分の口に手を当てる。

 も、もももしかして、私、今声に……!!

 全くの無意識だった。だが彼の様子を見るに、私は今自分の考えていたことが勝手に口から出ていたのだろう。

 やっちゃった……!恥ずかしすぎるっ!ど、どうしよう。なんか言った方がいいよね……?

 「あぁ、今のはえっと、深い意味はなくて……。忘れてくれていいから!」

 私がそう言うと、彼は今度はショックを受けたような顔になる。

 うぇえ!?なんで!?……まさか、私に好きと言われたことが嬉しくて……?って、それはないよね。自惚れるな私。

 いやでも、好きって言ったことを忘れて欲しいって言ったら、それって嫌いって言ってるようなもんなのかな?それなりに長い付き合いだし、嫌いって言われたらさすがにへこむよね?そういうことかな?

 「別に嫌いなわけじゃないんだよ?むしろ好き……、あぁっ!違くて!」

 何を言うか考える前に口走った私は、うまく言葉を紡げず、また何も言えなくなってしまう。辺りにはまた沈黙が流れた。

 私はチラリと彼の表情を伺う。どうやら、まだ落ち込んでいるようだ。明確に何に落ち込んでいるのかは私には分からないのだが、彼がこうなってしまったのは私のせいなので、私が何とかしなくてはならない。

 もういっそ正直に……。

 そんな考えが私の頭をよぎった時、ふと言葉を思いつく。これならば、と思い私はそれを口にした。

 「あなたが言ってくれたことが好きなの!私のこと、優しいって言ってくれたでしょ?それが、嬉しかったの」

 私は彼にそう伝えた。その言葉に彼は一瞬驚いた表情を見せた後、嬉しそうな表情を浮かべてくれた。

 よかった……!

 私はそう思った。変な誤解を招かず、彼に好きという言葉を伝えられる。実際私が思ったことだし、嘘もない。そして彼は今こうして機嫌を直してくれたわけだし、自分にしてはナイスな考えだっただろう。

 「じゃあ、帰ろっか。まずは農村の人たちに報告しなきゃね」

 マルコシアスの素材を回収した後、私はそう言って歩き出す。横目で後ろを見てみれば、フィデリスもついてきている。

 しかし私の方が前にいるので、彼に私の顔は見えない。私は考えた。

 さっき、私が思ったこと、言っちゃったことってつまり……。

 そんなことを考えるだけで、僅かに頬が赤くなるのを感じる。

 これが私の中に初めて芽生えた、曖昧な片思いの自覚だった。


 農村に戻り、先ほどの村長さんのところへと行った。マルコシアスの討伐に成功したことを告げると、彼は大いに喜び、宴の準備をすると言った。

 私たちは一度は断ったのだが、そこをなんとかとお願いされ、仕方なく参加することにした。

 あぁ、ピクニック計画は失敗だね。まあでも代わりにパーティが楽しめるなら、それはそれでいっか。

 「フィデリス、先に帰ってもいいよ?」

 私は人混みが苦手な彼を気遣ってそう言ったが、彼は首を振った。

 「其方をここに一人残していくわけにはいかない」

 その言葉に顔が火照るのを感じて、「そっか」と言い残して私は彼の側から離れる。

 見られてないよね……?

 心臓がドキドキいっている感覚に、これが恋というものなのか、はたまたただ緊張しているだけなのかと考える。

 村長の宴には村の人々が参加し、豪華な料理が振る舞われた。外で行い、並んだテーブルの上の料理から好きなものを取っていくものだ。バイキングに似ている。

 多くの人が私にお礼を言いに来た。フィデリスのところに行く人も何人かいたが、彼が嫌な気になっていないといいな、と思う。

 「ありがとうございます。これで、夫も……」

 そう言ったのはさっき、私たちを森の入り口で見送ってくれた女性だ。彼女は途中で言葉を途切れさせ、泣き出してしまった。

 こういう時、なんと言葉をかければいいのか、私には分からない。しばらく考えた結果、私は彼女にこう言った。

 「あなたの旦那様も、きっと空からあなたを永遠に見守ってくれていると思います」

 そんな私の言葉に、女性は笑った。「ありがとうございます」ともう一度お礼を言ってから、彼女は立ち去っていった。

 その後私の元にやって来たのは村長だった。フィデリスも私の側に来る。私たち二人に向かって、彼は丁寧にお礼をして来た。

 「本当に、ありがとうございます。この村は昔から魔物の被害に遭うことが少なくはありませんでしたが、あれほど強大なものは初めてでした。もう一生、恐怖を抱えたままあの魔物の側で暮らしていかなければならないのかと、思ったこともありました。ですが貴方様が、その憂いを払ってくださった」

 彼はシワだらけの手で私の手を取り、顔をしわくちゃにして笑った。

 「ありがとうございます、お嬢さん」

 「いえ。私は私のするべきことをしたまでです」

 素材も貰っちゃってるしね、と心の中で付け加えた。けれど、こんな風にたくさんの人に感謝されるのは、やっぱりいい気分になるなぁと思った。これからも、定期的に魔物討伐の依頼は受けた方がいいかもな、と考える。今後も、他の冒険者では実力が伴わず倒せない魔物が出てくるだろうから。

 それと、あの紋が刻まれた魔物も。今回だけで終わるとは思えない。もし相手の狙いが私だったら、私だけでなくとも原因の一つだとしたら、私にはこれを止める責任がある。

 しかしこの件はまだ、公にすべきではないと思う。しばらくは相手の動向を伺うつもりだ。

 ……感謝と言えば、私も大いに感謝するべき相手がいるよね。

 私はふと思いついて振り返る。そこにはフィデリスがいる。

 「ありがとう。今回もついて来てくれて」

 自分の彼への想いを自覚した後では、こんなことを言うのも少し恥ずかしいが、それでも伝えたいと思った。

 私はなるべく自然に、いつも通りに、と自分に言い聞かせながら、彼に向けて笑う。

 彼はそれを受けて、フッと表情を和らげながら返した。

 「礼には及ばない。出会ったばかりの頃も言ったように、我は其方の力になりたいと思っているからな」

 彼の言葉を聞いて、私は思わず顔を手で覆ってうずくまりたい気分になった。

 あぁもう!なんで彼はこんなに人たらしなの?恋心自覚しちゃった後だと、いつにもまして恥ずかしく感じるよ……。

 私は自分の衝動を抑えきれず、両手で顔を覆った。彼は突然の私の行動にびっくりしているだろうか。私は指の隙間から彼の様子を伺う。すると案の定、彼は驚いた様子で私を見ていた。

 それがなんだか面白く感じて、私はつい笑ってしまう。それを見たフィデリスは、今度はオロオロし出す。それも面白くて、私は笑いが止まらない。

 あぁ、好きだなぁって、本当の意味で伝えられる日は来るのかな。来るといいな。そしたら、彼を困らせちゃうかもしれないけど。

 私は期待と不安が入り混じったような感情を心に浮かべながら、夕日で染まった赤い空を見上げた。


 宴は夜まで続くそうだが、私は夜になる前に家に帰りたかった。私は村長に別れを告げ、村を離れた。

 別れ際にはたくさんの人が、私たちを見送ってくれた。おかげで、いつフィデリスの背に乗るかが悩みどころだった。

 「いい人たちだったね」

 かなり離れたところまで歩き、ようやくフィデリスの背に乗れた私は、彼に話しかける。

 「そうだな」

 彼は飛びながら私に短く返事をした。

 「ギルドに依頼完了の報告をしに行きたいけど……、今日は疲れたからまた明日でいいや。今日は帰って、早く寝よう。あっ、フィデリス。たぶんノーラおばあちゃんがご馳走作って待ってると思うけど、一緒に食べる?」

 「ああ。……今日は、いつにも増して賑やかだな」

 彼にいつもと違うことを指摘され、私はギクっとする。

 「うっ……じゃなくて、そうかな?」

 私がそう返事をした頃には、すでに屋敷の近くまで来ていた。フィデリスは私を下ろすと、人の姿に戻って私に近づいた。

 「何か悩みがあるなら、言ってくれ。さっきの紋のことか?」

 「そ、それもある……かな」

 正直言うとすっかり忘れていた。後でどこかにメモした方がいいかもしれない。

 「それも、ということは他にもあるのか?」

 彼に聞かれて、私はまたギクっとした。

 「えっと……。その……」

 私はなんと答えるべきか迷いながらそう口にする。

 ……まだ言うべきじゃないよね?一年も一緒にいたのに今日自覚したんだから!もう少し、今のこの感覚を味わっておいて……。

 なんていうのは言い訳だ。単に勇気がないだけに過ぎない。

 でも、いつか……。

 私は彼を見上げて、こう伝えた。

 「今はまだ、言えないの。……でも、いつか伝えたいって思ってるから。その時は、私の話、聞いてくれるかな?」

 私がそう言うと、彼は少しの間の後、コクリと頷いてくれた。私はそれを見てホッと息を吐く。そんな私に、今度は彼が言った。

 「我も、いつか其方に伝えたいことがある。その時は、聞いてくれるか?」

 私はそう言われて、僅かに身構えた。もしかしたら、彼の辛い過去の話とか、はたまた私の言いたいことに気づいていて、それが不可能であることの話とか、そういうことかと思ったのだ。

 しかし彼の表情を見て、私は少し安心した。彼の表情は穏やかで、そんな話をしたいと願うような顔には見えなかった。

 きっと彼にも、私と同じように、いつか伝えたいと願う何かがあるのだろう。私にはそれがなんなのか想像もつかないけれど。

 でも、もし。もしもがあるなら。

 私と同じ話だったり、しないかな。

 そんなことはきっとないだろうと分かっていても、私はそんなことを思い、願わずにはいられなかった。

もうちょっと後の予定だったはずなのに、ミズキが恋心を自覚しました。記念すべき二十話です。

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