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討伐と紋

 森の小道を、私はフィデリスと進んでいく。

 途中にはいくつか屋敷のある森では採れない素材を見つけて、採集していた。

 進んでいくにつれて、徐々に魔物も出てくるようになった。私は後ろに背負っていたカバンから魔導書を取り出す。

 「フレイムバースト!」

 私は襲いかかってきた魔物の群れを魔法で一蹴する。

 「あわわ、焼け野原になっちゃう。ウォーター、ウォーター」

 私はそう言いながら、水を出して消化していく。パシャパシャと水を吹きかけていく私を見ながら、フィデリスは呆れていた。

 「そんなことをする必要はあるのか?」

 「ないかもだけど……」

 しかし火は侮ってはいけない。放っておいたら大火事に発展してしまうかもしれない。

 ……次は炎属性以外を使おうかな。

 私はそう思いながら奥へと進んでいく。初めは進んでいくにつれて魔物が増えていっていたのに、今度は奥に向かうにつれて魔物が減っていった。代わりに見かけるようになったのは、魔物たちの残骸だ。

 ……マルコシアスがやったのかな?

 私は辺りを警戒しながら進んでいく。そしてついに、開けた土地が広がる場所へとたどり着いた。

 辺りの草は焼き払われ、木々は薙ぎ倒されている。その中央に、大きな魔物が眠っていた。

 狼のような見た目に、翼。長い尾。それから、全身を覆う目。間違いない。マルコシアスだ。

 私は彼が目を覚ます前に穏便に終わらせてしまいたいと魔法を準備する。巨大な火の玉を作り出し、いざ放とうとした瞬間、マルコシアスの目が一つ、パチリと開き、奇声を上げる。

 耳をつんざくようなその声と同時に、風の斬撃が私の元へやってくる。

 「ミズキ!」

 フィデリスの声がした。私は咄嗟に魔力で簡単なバリアを張り、攻撃を防ぐ。

 危なかった……。

 私はさっき作った火の玉がパーになったことに苛立ちを感じ、魔導書に魔力を流し込みながら叫ぶ。

 「フレイムトルネード!」

 炎と風の合わせ技を放つ。相手にはそれなりのダメージが入ったように見えた。

 ちゃっちゃと終わらせてやる……!

 私はそう思いながら立て続けに技を放つ。

 「シャイニングフラッシュ!アイシクル!サンダーショック!!」

 今の私は適当に思いついた技を放っているだけだ。そうしているうちに敵は魔法に殴られてボコボコにされていく。

 一点にとどまり、ひたすら無我夢中で魔法を放つ。フィデリスに剣を渡して、これで戦ってもらうんだぁ、などと考えていたことはすっかり忘れていた。

 「ファイアキャノン!!」

 最後に空から巨大な火の玉を落とす。それは敵に触れて爆発し、辺りに轟音が響き渡った。

 「……ミズキ、我が着いてきた意味は……?」

 フィデリスにそう言われてから、私はハッとした。

 「……ああっ!そうだった!せっかく剣を持ってきたのに……」

 私はがっかりしながらマルコシアスに近づく。ぐったりして動かなくなっているので、おそらく討伐は成功だろう。

 素材を取るために私はマルコシアスの残骸に触れる。その時ちょうど、体の模様のようなものが目に入った。

 私はそれを見て、「まぁいつものことだからな……」などと言っているフィデリスに声をかけた。

 「……ねぇ」

 私の声は、いつもと違って低く、少し震えていた。

 「……どうした」

 いつもと違うことを感じ取ったフィデリスも、声を固くしてそう言った。

 「これを、見て」

 私はマルコシアスの背に刻まれたそれを指さして、フィデリスに言った。私が指を差した先にあるものを見たフィデリスは、一瞬固まる。

 「……これは」

 彼がそう口にした時、突然マルコシアスの体中の目が一斉にカッと開かれた。

 私は驚いて、咄嗟にバリアを張る。「バリア」と口が勝手に動いていた。

 私とフィデリスは示し合わせたように、同時に後ろに飛び退いた。フィデリスは私をサッと掬い上げて、上空へと浮かび上がる。

 体のところどころに鱗が生え、角と翼がある。竜体と人の姿の間の姿で、滅多に見ることはない。

 彼がこの姿になったということは、人の姿では不十分だと判断したからだろう。

 私の送り迎えなどを除いて、彼が竜の姿になることは滅多になく、普段は人の姿で生活している。その彼が今姿を変えたということは、人の姿の、力を抑えた状態では対処しきれない可能性があると踏んだということ。

 ……逆に言えば、まだ竜の姿になるほどじゃない。

 私は地上にいるマルコシアスを見下ろす。さっき私が負わせた傷が回復し、体力がどんどん復活しているように見える。一体なぜ、など考えるまでもない。

 さっきの紋だ。やはりあのマルコシアスには紋が刻まれていた。誰かが操っているのだ。そして、その紋を刻んだのは……

 竜国、ドラゴンエンペアの誰か……。


 竜国、ドラゴンエンペア。

 その国は今私が暮らしている国、ヴェリアールパレスの東に位置しており、その名の通り、竜の暮らしている国だ。

 そして、フィデリスの故郷でもある。

 正直言うと、私はドラゴンエンペアのことをあまりよく思っていない。ドラゴンエンペアが理不尽な理由でフィデリスの一族を国から追放したからだ。私の大切な“家族″の一人であるフィデリスに酷いことをした国を、私はどうしても好きにはなれなかった。

 だがそれは、向こうにとっても同じだろう。国の敵として追放した存在を匿って親しくしている存在など、同じく敵と考えても大差はない。

 ……そうやって、ミネルヴァさんは殺されたんだ。

 私は思い出す。屋敷にある魔法使いの私室に残された血痕と、その近くに散らばっていた魔力の残滓の鑑定結果を。

 この世界における魔力の鑑定は、それぞれの属性の濃度を記録されている魔力と照らし合わせることで誰のものかを調べるものだ。私は以前、とある伝手を使って、残されていた魔力が誰のものかを調べてもらった。

 その結果、まずこの国の人間ではないことが分かった。

 住民の魔力は皆、出生時に記録され、それが変わることは生涯ないとされている。その記録の中に、一致するものがなかったのだ。

 私はその記録にない存在である可能性を指摘した。人を殺したかもしれない人物だ。生まれた時から国のルールに従っていなかったかもしれない。

 私はそう思ったのだが、魔力を鑑定してくれた人物はそれはないと言った。理由は属性の濃度。残された魔力は闇属性の濃度が濃く、これはこの国の人間ではあり得ないのだと言う。

 国によって魔力の濃度には個性があり、ヴェリアールパレスの人間はほとんどが闇属性を持たない。対して、闇属性の多い傾向にある国も存在し、魔力を鑑定してくれた彼はその国の人物ではないかと言った。

 それが竜国、ドラゴンエンペア。

 彼はヴェリアールパレスで王族にも顔が利くほどの人物だったので、試しにと言って以前ドラゴンエンペアの王が国を訪れた際に残した魔力を採取してきてくれた。

 この世界では魔力は、持ち主が訪れた場所、触れた物などに残る。指紋と同じようなものだ。

 そしてその魔力を、部屋に残された残滓と照らし合わせてみた。本当に、試しだった。彼も、この国の人々の魔力と比べてドラゴンエンペアの人々の持つ魔力の方がより近いということを見せるだけのつもりだった。

 ……しかしその魔力は、部屋に残された魔力の残滓と一致してしまった。

 部屋の血痕の様子からも、ミネルヴァさんが誰かに殺された可能性が高かった。そして今回の結果から、彼女を殺した人物というのが、ドラゴンエンペアの王であることが推測されてしまう。

 しかし今は、長年交流が乏しかったドラゴンエンペアとヴェリアールパレスの交流が盛んになりつつある。そんな情勢でこの件を公にすれば、交流が再び途絶えるだけでなく、戦争に発展する可能性もなくはない。

 ヴェリアールパレスは国でそこそこ名の知れていた魔法使いを殺され、向こうはその犯人が王だと言いがかりをつけられたと言ってぶつかり合ってしまうだろう。

 そう考えた私と彼は、このことを二人だけの秘密にした。この調査も、その結果も、誰にも明かさない。私たちはそう約束した。

 このことはフィデリスにも言っていない。誰にも言わないという約束もあるが、彼に関しては単に、このことを伝えれば彼は自分を責めるだろうと思っているからだ。

 自分のせいでミネルヴァが殺された。彼はきっとそう思ってしまう。例えそれが間違いでも、彼は自分を責めて傷つく。それが分かっていたから、私はこのことを明かさないと決めていた。

 私は再び意識を目の前に持っていく。翼で飛び上がったマルコシアスが、私とフィデリスと同じ高さまで上がってきている。

 ミネルヴァさんと同じように私のことも処分する。そういう考えなら分かる。でもなんで?どうしてこんな農村の奥の森に暮らすマルコシアスを操るの?

 まだドラゴンエンペアの王が犯人であると決まったわけではない。しかしあの紋を刻んでマルコシアスを操りこの国を襲っているなら、少なくとも王の指示であることは濃厚だ。

 私たちが見た紋、竜の姿を形どった紋は、ドラゴンエンペアの王族、それからその臣下たちのみが使えるもののはずだ。

 でもただの下っ端ってことはありえない。あのマルコシアスはSランクだもん。臣下だったとしても王から相当信頼されている人物のはずね。

 私を処分するだけなら、直接私の屋敷を襲えばいい。場所は知っているはずだ。以前訪れたことがあるはずだから。

 ……まさか私が今マルコシアスの素材が欲しかったことがバレてる!?いやでも、そんな回りくどい方法は取らないよね……。

 となると、別の目的で国を襲おうとしているのだろうか。一体なぜ?

 「ミズキ!」

 ふとそう声をかけられて、私は我に返る。そして、目の前に迫っていた攻撃を魔力で弾く。

 「しっかりしろ。大丈夫か?」

 「あ、ごめん。ちょっと考え事を……」

 まだぼんやりとしながらフィデリスにそう返す。すると彼も表情を暗くして再び問いかける。

 「さっきの紋のことか?」

 「うん……」

 しかし私も分かっているのだ。今そんなことを考えたところで意味がないと。

 まずは猛威を振るう目の前の魔物を倒さなくては。私はつい考え事をしてしまいそうになる頭をブンブンと振ってから、魔導書を構える。

 「あいつの弱点は翼!私は右を撃ち落とすから、あなたは左をお願い」

 私はそう言って彼の腕から離れる。魔法で宙に浮かびながら、右の翼を狙って魔力弾を放っていく。

 私の指示を聞いたフィデリスは、私を離してマルコシアスの背後に回り込む。そして後ろから、その翼に斬りかかった。

 マルコシアスはその間も抵抗している。私は彼の攻撃をバリアで防ぎながら、右の翼に魔力弾を当てた。しかしそれでは翼を撃ち落とすには足りなかった。

 なら……、と私は思いながら、人差し指を翼に向ける。指先に魔力を集めて、私は言った。

 「ファイアキャノン」

 さっきよりはサイズが控えめの炎の弾丸がマルコシアスの翼に当たり、それを撃ち落とす。

 悲鳴を上げたマルコシアスの左の翼に、今度はフィデリスの剣が襲いかかる。その剣は後ろからマルコシアスの翼を突き刺し、マルコシアスは地に落ちていった。

 地上に落ちたマルコシアスに止めを刺すため、フィデリスが剣に冷気を纏わせて上空から斬りかかる。高い位置からの攻撃は威力を持って、マルコシアスの魔臓を突き刺した。

 魔臓を攻撃されれば、どの生物も確実に死ぬ。魔臓を持たない私は、この世界ではある意味一つの弱点を克服していると言えるかも知れない。

 でも心臓も脳もあるから、一個ないだけで大して変わらないけどね。

 そんなことを考えているうちに、マルコシアスの体はどんどん消滅していく。後には素材になる体の一部だけが残った。

 私は普段、剣などの武器が使えないため、魔臓に止めを刺すことはない。というかできないのだ。だから高威力の魔法で相手をたくさん攻撃して、向こうが起き上がれなくなるようにするしかない。

 だからこうやって、魔物の体が消えていくのを見る機会は、滅多にない。

 マルコシアスの体が消えた後の塵は、天に昇っていく。光に照らされてチラチラと輝くそれを見て私は思わず手を合わせた。

 何の罪もなかったのに、誰かに操られて人を殺してしまった。紋を消して、彼を解き放つことができればよかったけれど、そんなことはできないし、できたとしてもどのみち彼は討伐された。

 ごめんね。代わりにこの素材は、絶対役立てて見せるから。

 天に向かって、祈るように手を合わせる私を、フィデリスが不思議そうに見ていた。

せっかくの休みの日なので、今日も投稿します。予告もなしにすみません。次の投稿は明日です。

書くのに頭を使ったのか、書き終えた後に疲れが来ました。ほのぼのした回が書きたい。

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