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マルコシアスと農村

 私は今、フィデリスの背中に乗って空を飛んでいる。視界の先には今回の依頼の目的地である森が広がっている。

 森と言っても私の屋敷にある森ではない。別の国との国境に広がる、この国の城の北にある森である。私が暮らしているのは城の西側にある森だ。

 まあでも、私が暮らしてる森も別の国に面してるけどね。

 今回訪れた北の森は、比較的安全で、一般人も時々採集などに入ることがあるらしい。今回倒しにいくマルコシアスのように、強い魔物が現れることもあるが、それも森の奥の方の話で普段はそれらが被害を出すことはほとんどないと聞いている。

 ちなみに私の暮らしている森は入り口付近からすでに険しく、魔物がうじゃうじゃいるため、ほとんど誰も立ち入らない。私の屋敷の近くまで入ってきて魔物に襲われ倒れた冒険者を、密かに街まで送っているのはこの私だ。

 北の森に話を戻すが、今回は普段森から出てくることのない魔物が農村に現れ、被害を出した。森の近くに暮らす人々は疑問に思いながらも冒険者ギルドに依頼を出すしかなかった。

 ……やっぱり、私もおかしいと思う。こういうのってなんか、悪いことの起こる兆しみたいじゃない?

 私は胸の内にそんなモヤモヤを抱えながら、フィデリスの背で到着を待つ。

 やがて、農村が近づいてきたので、私は彼に降ろしてもらう。フィデリスも人の姿に戻り、農村に入る私の後をついてくる。

 「すみません、あの……」

 私は井戸で水を汲んでいた女性に話しかける。

 「マルコシアスについて、お聞きしたいのですが……」

 マルコシアス、という単語を耳にした瞬間、その女性はピクッとした。そして、険しい表情でこちらを振り返る。私は思わず、それに息を呑んだ。

 「あー、嬢ちゃん。すまんな。そいつは先日、夫をその魔獣に喰われちまったんだ。話なら俺にでも聞いてくれ」

 向かいの家から出てきた男性にそう言われて、私は急いで女性に謝る。

 「ご、ごめんなさい!」

 しかし、私がそう言った頃には、女性はすでに汲んだ水を持って家の中に入っていってしまっていた。走り去る女性の横顔に、涙が伝っているのを私は見た。胸が痛む。

 ……生半可な気持ちで来たけど、あんな風に大切な人を奪われて、傷ついてる人がいるんだ。気を引き締めないと。

 私はそう思って、目の前の男性に向き直る。

 「お話、聞かせていただけますか」

 私の真剣な表情を見て、男性は言った。

 「嬢ちゃん、もしかして、依頼を受けて来てくれた冒険者か?」

 私はその問いに頷く。

 「おっと、そりゃ失礼。そうは見えんかったもんでな。強い人を派遣するって聞いてたから。……後ろの人ならそう見えなくはないんだが」

 男性はそう言った。確かに、私みたいなか弱そうな子供が来たところで、本当に当てになるのかと不安になるのも無理はないだろう。

 「今まで来たのはどいつもガタイのいい男ばっかだったが、それを上回る実力の持ち主がまさか、こんな嬢ちゃんとは……」

 男性は意外そうにそう言った。私もそう思う。やっぱり私も、強そうに見えるように筋トレとかをした方がいいのだろうか。

 そうは思ったが、一応彼らとは違うのだと、強さにもいろいろあるのだと主張しておきたくて、私は彼に言った。

 「私の得意分野と、今まで来た冒険者たちの得意分野は違うんです」

 「なるほどな。そんじゃ、とりあえず村長のところに案内しよう。ついてきてくれ」

 男性はどうやら信じてくれたらしい。いや、そもそも初めから疑ってはいなかったのかもしれない。私のような人間を本当に派遣されてきた者だと信じて、彼は村長のところに連れていってくれると言った。

 ……よかった。よし、私も頑張らなきゃ。

 私は歩き始めた男性の後を追いながら、そう思った。


 案内された先で会った村長さんにも、私のような人間が派遣されてきたことには驚かれた。しかし今ではもう誰でもいいからあの魔物を止めてくれ、といった状況らしく、私は歓迎された。

 「今までもう何人もあの魔獣に挑んだが、誰も倒せなかった。行ったきり、帰ってこない者もいた。被害はどんどん拡大していき、村の者がどんどん喰われていく。その恐怖で、住民の気は休まらない」

 村長の説明を聞きながら考える。どうやら、事態は思った以上に深刻なようだ。

 ……でもやっぱりおかしい。そもそもマルコシアスって、人を喰べる魔物じゃなかった気がするんだけど。

 「あの、ホントにそのマルコシアスは人を喰べたんですか?」

 私が尋ねると、村長と男性は不思議そうに頷いた。

 「ああ」

 二人の揃った返事を聞いて、嘘はついていないだろうと思った。私はさらに質問をする。

 「じゃあ、そのマルコシアスの姿を見た人とかいませんか?どこか、変わったところとか……」

 その質問に、村長の方は「さぁ……」と首を傾げるだけだったが、男性の方は思い当たる節があったようだ。

 「そういや、素材採集中にそいつと出くわして、命からがら逃げてきた奴がいるんだが……。そいつが言うには確か、体に模様があったとかなんとか……」

 「体に模様?」

 私は思わず聞き返す。

 「ああ。まぁ、見間違いかもしんねぇけどな。相当焦ってただろうし」

 男性はそう言ったが、もし本当なら手掛かりになるかもしれない。マルコシアスに変わった模様はないはずだ。

 模様とは言うけど、もしそれが、誰かが刻んだ紋だとしたら……。

 私は胸の内のモヤモヤが大きくなっていくのを感じながら、話を切り上げる。

 「いろいろ教えてくださって、ありがとうございました。最後に、その魔物が今どこにいるのかを教えていただけますか?」

 私が尋ねると、村長が答えた。

 「森の奥だろう。あいつが行動を起こすのはいつも夜で、昼は眠ってるはずだからな」

 「ありがとうございます。では」

 私は身を翻して村長たちの元を後にする。私の羽織っているフード付きのローブが、ばさりと舞った。

 それから二、三歩歩いた後で、私は思い出して振り返る。

 「あ、それともう一つ」

 私がそう言ったのを聞いて、村長と男性は表情を固くした。しかし次の瞬間、私が言ったことに思わず拍子抜けすることになる。

 「この辺でピクニックに向いてるところって、どこかあります?」


 「あそこの小高い丘の上がいいんだって。サンドウィッチ持ってきてるから、後で一緒に食べようね」

 私はフィデリスにそう言った。彼はそれに穏やかな表情で頷く。

 「それで、森に入る前に少し整理しておきたいんだけど……」

 森へと続く道を歩きながら、私はそう言った。

 「裏で誰かが動いてる。そんな気がする」

 私の言葉に、フィデリスも頷いた。さっきとは違って険しい表情だ。

 「ああ。我もそう思う」

 「仮に素材採集をしてた人が見た模様っていうのが紋だとしたら、誰かがマルコシアスを操ってるってことになる。紋の力で操られた魔物は使役者の強さに左右されるものだから、相当の実力者が背後にいるのかもしれない」

 私は自分の見解を述べた。不安が大きくなってきて、手に汗が滲む。

 紋とは、魔物など、自分が使役したいものに刻むことで対象を思い通りに操ることができるものだ。禁忌とされる闇属性の魔法で、普通の人には使えない。

 そもそも闇属性を持っていること自体が希少で、持っていたとしても私のように、普通は使わない。しかも今回は紋を刻まれた魔物がSランクになっている。元々強く、使役者が制御しきれなかったという可能性もなくはないが、だとしたらそもそも紋を刻めないだろう。

 「この国の人かな?それとも外国からの勢力?どちらにせよ……」

 私は不安げな表情を浮かべながら、一呼吸置いた後に言った。

 「巻き込まれたくない……」

 胸の前できゅっと手を組む私を、フィデリスが呆れた目で見た。

 「悪は放ってはおけない、と言うべきところではないのか?」

 「私がそんな大層なこと言うと思う?こんな面倒ごとに巻き込まれて、のんびりした今の生活が送れなくなる方が私にとっては一大事なの!」

 そう言った私に、フィデリスが尋ねる。

 「なら、ここで帰るか?」

 「そんなことはしないよ……。依頼受けちゃったし、みんな困ってるみたいだし……」

 唇を尖らせながらそう言った私を見て、フィデリスは僅かに笑みを浮かべる。

 「ああ。それでこそ其方だな」

 彼の表情を見て、驚きと恥ずかしさが浮かび上がってきた私に、ふいに誰かが話しかけてきた。

 「あの……」

 「ひゃわっ!?……あっ、さっきの……。どうかしましたか?」

 振り返ると、さっき私が話しかけて怒らせてしまった、水を汲んでいた女性がいた。もう一度ちゃんと謝るべきかと思い至り私は口を開いたが、それより先に女性が話し始める。

 「さっきは申し訳ありませんでした!あなたが今回あの魔物を倒すために来てくれたなんて思いもしなくて……。あんな失礼な態度を……」

 そう謝る女性に私は胸の前で両手を振りながら言った。

 「そんな、私も、傷ついているあなたに何も知らずに話しかけちゃって、傷を抉ることをしてしまったわけですし……。こちらこそ、ごめんなさい」

 そう言った私に、女性は首を振る。

 「とんでもないです。……これから、行かれるのですか?」

 目の前にある森の入り口を見ながら、女性が聞いてきた。

 「はい」

 私はそれに頷く。女性はそれを聞いて、不安そうな表情を浮かべた。そして、祈るように手を組みながら、私とフィデリスを見て言った。

 「くれぐれも、お気をつけて。私にできることなど何もありませんが、せめてここで無事の帰還をお祈りしています」

 そう言ってくれた彼女に、私は笑顔で返す。

 「ありがとうございます。絶対に倒して、あなたの旦那様の仇も討ってみせますから」

 フィデリスも私の横で、その言葉に頷いた。

 女性はそれを聞いて、嬉しそうな、でもどこか悲痛な表情を浮かべた。こんな言葉は、きっともう何度も聞いてきて、その度に帰ってきたのは傷を負った冒険者だったのだろう。もしくは、誰も帰ってきてくれなかったか。

 でも今回は違うと、今回こそはその魔物を打ち倒し無念を払ってみせると、私は心の中で誓った。

 私は今までここに来た誰よりも、強いんだから。

 私は睨むような目を森の奥に向ける。そして、森の入り口に足を踏み入れた。

この回で討伐を始める予定だったのに、何故か長くなって前置きで一話できちゃいました。

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