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明日の準備

 「……ん」

 うとうとしかけていたところに、そんな声が聞こえてきた。私はハッと目を覚まし、自分の下にいるフィデリスの様子を伺う。

 「……ミズキ?」

 彼が眠そうな声でそう言ったのが聞こえたが、今の私には返事をすることができない。そう思っていたら、彼の腕の力が緩んだので、私は体を起こす。

 なんとなく、彼の温もりから離れることを名残惜しく思いながら、私は彼の上から降りた。そして彼の横に座り、顔を覗き込みながら言った。

 「おはよう。よく寝てたね」

 彼も体を起こして、まだ完全には目が覚めていないのか、ぼんやりした表情で尋ねてくる。

 「我は一体……。其方は何故ここに?」

 私はその質問に、仕返ししてやろうと思って、彼が慌てるだろうなと思いながらさっき彼がしたことをありのままに話した。

 「あなたに頼み事があってここに来たら、あなたは寝ぼけて私を中に引き摺り込んだの。それから私のことを抱きしめながら寝始めて……。息が苦しかったし、力は強いし、大変だったんだからね!」

 そんな風に言いながらも、自分は案外嫌とは思わなかったこと、むしろ心地よかったと感じていたことは分かっていた。どうしてそのように思えるのかは、分からないが。

 私の言葉を聞いたフィデリスは、一瞬フリーズした後、ざざっと壁際に後ずさった。

 「ちょ、ちょっと!誤解しないでよ?私からやったわけじゃなくて、あなたの方が……」

 「分かっている。その……」

 私の言葉を遮って、彼はそう言った。そのままその場に座り込んで、顔を隠してうずくまる。

 その様子を見て、どこか体調が悪いのかと心配した私は、彼に駆け寄る。そして、気づいた。

 彼の顔は見えないが、耳が若干赤くなっている。それを見て私は、思わず驚きに目を見開いた。

 て、照れてる……?あのフィデリスが、いつも表情ひとつ変えてくれないフィデリスが、照れてる……!

 そんな彼の様子を見ているうちに、彼の貴重な照れ顔を見てみたいという衝動に駆られてしまう。

 「ねぇフィデリス、顔を上げてよ」

 私は彼にそう声をかけながら、彼をツンツンと突く。

 しかし彼は顔を上げることなく、そのまま小さく呟いた。

 「すまなかった……」

 彼のこんな弱々しい声は聞いたことがなかったので、新鮮に思えた。彼は顔を上げるつもりはないみたいだし、仕方ないから今日はこれで我慢しておこうと思う。

 「大丈夫だよ。別に嫌な気はしなかったし」

 私は素直に思ったことを彼に告げた。私にとってはそれだけだったのだが、彼はそれを聞いて驚いたように勢いよく顔を上げた。

 ついびっくりしてしまった私に、フィデリスが信じられないという顔で聞いてきた。

 「本当か……?」

 「え、まぁ……」

 私がそう言うと、彼は顔を険しくして私にさらに尋ねてくる。

 「誰にこうされても、其方は悪い気はしなかったと答えるのか?」

 私は彼のその問いに、自分が言ってしまったことの恥ずかしさに気がついて、顔を赤くする。

 「あ、いや、違う!そういうわけじゃない!でも、そういうわけでもなくて……」

 訳の分からない言い訳を口走りながら、ブンブンと手を振る。そんな私を困ったような、呆れたような目で見てから、彼はそっぽを向いた。

 私も彼に合わせる顔がないと思うほどに恥ずかしかったので、彼と反対方向を向く。そのまましばらく、気まずい雰囲気が洞窟の中に流れた。


 しばしの沈黙の後、それを先に破ったのはフィデリスだった。

 「……それで、頼み事とは?」

 私はそう尋ねられてハッとし、ここにきた要件を彼に告げる。

 「ギルドで討伐依頼を受けてきたの。それで、一緒に行ってもらいたいなって思って。……お願いできるかな?」

 私がそう言うと、彼は頷いてくれた。私はそのことに安心して、ホッと胸を撫で下ろす。

 「いつ行くのだ?」

 彼の質問に、私は少し考えてから答える。

 「まだなんの準備もしてないし、明日以降かな。フィデリスは予定とか、ある?」

 「あると思うのか?」

 彼に聞き返されて、私はウッと言葉に詰まる。失礼だったかもしれないと思い、「ごめん」と謝ると、彼は「気にするな」と言ってくれた。

 さて、帰ったら早速準備しなきゃだよね。ポーションとか。……他に何か必要なものはあったかな?

 私はしばらく考えてから、ふと思い出す。

 そういえば、ジークおじいちゃんに作ってもらった剣があるんだよね。私は全然使えなかったから、観賞用にしてるんだけど、フィデリスなら使えたりしないかな?

 「……ねぇフィデリス、剣って使える?」

 「は?」

 私が気になって尋ねてみると、彼は呆気に取られたような反応をした。確かに突然そんなことを尋ねられたらびっくりするだろう。

 「まぁ、使えないことはないと思うが……」

 彼の答えに、私は顔を輝かせて言った。

 「ホント!?じゃあ、今回は剣を持っていくね。作ってもらったのに使ってない剣があって。見た目もあなたに似合うと思う!」

 私が興奮気味にそう告げると、彼は温かい目で私を見ながら頷いた。

 「分かった」

 ポーションの準備は、一日あれば十分だろう。元々家にある分もあるし、足りない分を作るだけならそう時間はかからない。

 私はそう判断して、彼に言った。

 「じゃあ早速明日、行こうかなって思う。なるべく早い方がいいよね」

 「了解した。明日の朝、其方を迎えに行く」

 彼とそう約束して、私は彼の洞窟を後にした。明日の用意のことを考えていた私は、さっきのハプニングのことなど、すっかり忘れてしまっていた。


 それから屋敷に帰ってすぐ、ポーションの準備を始めた。

 とはいっても数は十分にあったので、わざわざ新しく作る必要はなかった。棚に入れてあったポーションを取り出して、明日持っていくカバンに詰めていく。使ってしまった分は今度補充するのを忘れないようにしなければ。

 あとご飯を用意してもらって、一応飲み物とかも持っていって。……その他は、魔法でなんとかなるでしょ。

 もちろん、普通の冒険者ならこんな適当な考えはしない。そもそも一般的な人々にとって、魔力は限りがあっていざという時に使うものだ。

 だが私の場合はどっから湧いてくるのか、ほぼ無尽蔵とも言える魔力量があり、今までに魔力が足りなくなった経験もない。念の為魔力回復のポーションも持っているのだが、飲んだことは一度もない。

 自分の魔力量が多いことに気づいたのは、この世界に来てしばらくした頃だ。まあ初めから薄々勘付いてはいたが。

 そのせいで初めは苦労した。魔法が予想外の規模で発動しちゃうからね。

 しかし今では慣れたものだ。コントロールが可能になって自分の思い通りに魔法が使えるようになった。

 次に、私は立ち上がって、壁際の剣を飾ってある台座に向かう。せっかくだからと飾り台までジークに用意してもらって、ここに置いていたが、ようやく使われる日が来るようだ。

 ジークは本当に凄腕で、なんでも作れてしまう。武器も家具も作ってくれる。しかし残念なことに、私は武器を使うことは滅多にない。私の武器と呼べるものは魔導書で、私はせいぜい採集用のナイフを使うくらいだ。

 ホントは剣とか使いたかったけど、こんなに重いなんて思わなかったよ。魔法使えばこれを振り回せる力が手に入れられるっちゃ入れられるんだけど、それだったら魔法で敵を倒す方が早いじゃん?

 私は剣を持ち出し、鞘をつける。それをカバンの側に置いておいた。

 あとは、明日のご飯をノーラおばあちゃんに用意してもらうよう頼んでこなければ。

 私は階段を降りて食堂へ向かう。そこではノーラがすでに夕飯の下ごしらえをしていた。

 「おばあちゃん、ちょっといい?」

 私が声をかけると彼女は振り返り、「ええ、ちょっと待っていてちょうだいね」と言った。私は彼女の仕事が一段落つくのを待つ。

 少ししてから彼女はテキパキ動いていた手を止め、こちらに向かってきた。

 「どんなご用かしら?」

 そう聞かれて、私は用件を伝える。

 「明日、討伐に行ってくるから、ご飯を用意して欲しいんだ。食べる前に終わるかもしれないんだけどね」

 「ええ、分かったわ。何かご希望はある?」

 「う〜ん、サンドウィッチかな……。フィデリスと食べるから、いっぱい用意してね」

 私がそう言うと、彼女はこくこくと頷いた。私はノーラに伝えることを伝えたので、「邪魔してごめんね」と言い残して食堂を後にした。

 これで明日は大丈夫だろう。あとはリンネに明日お迎えがあることを伝えて、朝中に入れてあげてもらうように頼まなければ。そう思いながらロビーを通りかかった時、そこにちょうど彼女の姿を見かけたので、伝えておく。

 「明日はフィデリスが来るから、中に入れてあげてね」

 「はい、分かりました!」

 「討伐に行くなら、あなたも明日は早起きなのではないですか?」

 そこにちょうど居合わせていたオリヴィエが口を挟む。確かにと思い、「私のことも早く起こしてくれたら助かるな」とリンネに伝えた。

 それにさらにオリヴィエが口を挟む。

 「それだとリンネの仕事が増えすぎます。僕がフィデリス様を中に入れるので、あなたはミズキを起こす方をお願いします」

 そう言われて、私はそれもそうだと思い、「うん。それでお願い」と言った。リンネはそれを聞いて嬉しそうに頷いた。

 オリヴィエに気遣ってもらえて嬉しかったんだね。うんうん。

 私は二人を見ながら嬉しい気持ちに浸り、これ以上邪魔はしないでおこうとその場を離れる。

 その後、いつも通り空き時間に魔法の研究をしつつ、今日は早めに寝た。明日のことを考えると少し緊張するが、きっと大丈夫だ。

 いつもみたいに、フィデリスが一緒だし。それに私は偉大な魔法使いだからね。


 「おはようございます、ご主人様!」

 ドアをノックする音とリンネの声に私は目を覚ます。ぼんやりと、今日の予定を思い出し、私はドアの方へ向かう。

 「おはよう、リンネ。起こしてくれてありがとう」

 「仕事ですから!お着替えをお手伝いしますね」

 私はリンネにテキパキと着替えさせられ、身支度を整える。今日の服は動きやすく、ある程度の防御性を兼ね備えたものだ。いつもの服よりちょっとかっこいい。

 食堂に向かうためにロビーを通ると、フィデリスに会った。

 「おはよう、体調は平気か?」

 「うん、元気だよ。今日はよろしくね」

 私がそう言うと、彼は黙って頷いた。

 「そうだ、ご飯は?もしまだだったら、一緒に食べない?」

 私が提案すると、彼は「いただこう」と言って後ろからついてくる。

 食堂にはオリヴィエ、ノーラ、ジークがいて、“家族″が揃っていた。みんなが席について、朝食を食べ始める。

 食事を終えると、私は昨日用意したカバンを持ってきて、ノーラの用意してくれたご飯を入れた。ピクニックのバスケットのようなものに入っていて、とても討伐に行く時に持っていくものとは思えないが、かわいいのでよしとする。

 飲み物も入れ、最後にフィデリスに剣を渡す。

 「かっこいいでしょ?」

 「ああ。……本当に我が使って良いのか?」

 彼の問いに頷く。私が持っていてもどうせ使わないのだ。それなら、彼のように使える人が使った方がいい。

 「分かった。……まあ、使うことになるかは分からないがな」

 私は彼と玄関に向かう。後ろにはリンネたちがいて、私たちを見送ってくれる。

 「いってらっしゃいませ」

 彼らの言葉に、私は笑って返す。

 「うん、いってきます!」

 私は手を振りながらリンネが開けてくれた扉を通り、フィデリスと共に出発した。

私も剣をかっこよく振り回してみたいなぁ。

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