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バカな私の治癒魔法

 私が突き出した袋を前にして、男は狼狽える。

 「はぁ……?一体何を言っているんだお前は」

 「どうせこの子をただ解雇したらあなたにお金なんて入って来ないんでしょ?だったら少しでもお金が入るだけでもいいじゃない」

 私は男に向かってそう言ったが、直後で私はあることを思い出してフィデリスに後ろから尋ねる。

 「……ねぇ、退職金みたいなのってこの世界にもある?」

 「聞いたことがないな」

 よくよく考えてみれば、フィデリスは街で働いたことなどないだろうから彼に聞くのは間違っていたかもしれないが、とりあえずは気にしなくてもいいということにしようと思う。

 私は再び視線を男の方に向ける。彼はまだ訳が分からないという表情でこちらを見ていた。が、金が貰えるならそれでいいという考えからか、ひとまず私の話に納得したようだ。

 「分かった。その娘は持ってけ。まぁ、お前がそいつを雇ったことで、使い物になるとは思えないがな」

 そう言って私の手から金袋を奪うように受け取ると、男は建物の中に引っ込んでいった。

 騒ぎが一段落したのを見て、周りの人々も徐々に散っていく。

 「カッコよかったぜ〜、嬢ちゃん」

 私にそんな言葉をかけてから去っていく者もいた。周りから人がいなくなって、辺りがまた静かで人気のない通りになると、私は一気に力が抜けてその場に座り込んだ。

 「大丈夫か」

 「だ、だいじょぶですか!?」

 私の側に残ったフィデリスと少女が、突然座り込んだ私を心配して声をかけてくる。

 「はぁ〜〜、疲れたよぉ〜」

 自分でもかなり大それた事をした自覚がある。普段の私には考えられない行動だった。まぁこの世界に来てからずっとそんな感じな気はしなくもないが。

 そもそも前の私ならお金を得るために働こうとすら思わないだろうしね……。

 そんなことを考えていた私に、フィデリスが尋ねてきた。

 「聞いてもいいか?」

 私は「ん?」と返しながら彼を見上げる。彼は不可解というような顔をしながら続けた。

 「なぜ、あの男に金を出したんだ?」

 「あ〜、それは……。気持ちばかりって感じかな?」

 そう答えると、フィデリスは少女の方に目を向けた。つられて私も少女を見てから、ハッとする。

 「あの金はむしろ、この娘を雇うならば彼女に払うべきだったのではないか?」

 「あぁ〜〜!」

 私はその場で叫んでから、がっくりと肩を落とす。

 やってしまった……。ちょっとかっこいいことをしてやろうという気持ちに駆られてしまった。あれが今の私の全財産なのに……。

 私は少女をチラリと見て考える。私は彼女をこのまま雇うつもりだった。彼女が元々あの男の元で何をしていたのかは知らないが、服装を見るに身の回りの世話などではないかと思われる。

 だってメイド服だし……。

 ちょうど身の回りの世話をしてくれる存在を雇えればと思っていたところだ。特に、料理と掃除のできる人。料理の方は切実だ。この世界に来てからずっと、プリューと生野菜しか食べていないのだから。

 でも、あれが今の私の全財産だったから……。金がないんじゃこの子を雇うなんて無理だ……。

 仕方ない。彼女のことは諦めるしかないだろう。……あれ、つまり、私がこの子から職を奪ったってことにならないかな?ヤバい、どうしよう……。

 せめてこの子の傷を治してあげよう。私はそう思い、彼女に近づく。

 「あの……、ごめんなさい。私もうお金なくて、あなたを雇ってあげられないの。せめてその傷を治させて。……ホントにごめん」

 彼女はちょっと驚いた顔をして見せたが、今の一部始終を見ていたからだろう、そんなにびっくりしているようには見えなかった。

 「お気になさらないでください。あたしを助けてくださったことは事実ですから。ありがとうございます」

 私はそう言ってくれた彼女の頬に手をかざす。治癒魔法で彼女の傷を癒すのだ。私はまだ魔力操作が下手なので、慎重にやる必要がある。

 だが、さっきの件もあって気持ちが昂っていたからか、上手く魔力量を抑えられなかった。

 やばっ、と思った時にはもう遅く、私の手から溢れ出した治癒魔法の光は、少女の頬に止まらず彼女の全身を淡く包んだ。


 ぎゃー!どうしよう!大丈夫かな!?

 私は慌てて手を引っ込めてブンブンと振ってみる。フィデリスもこれには目を見開いていた。

 ……私の魔法、いっつも意味分かんないことになっちゃうね。ごめんね。

 やがて光は徐々に薄れていき、眩しくて見えなくなっていた少女のことも見えてくるようになった。私は心配しながら声をかける。

 「大丈夫!?」

 少女は眩しさに目を瞑っていたようだが、光が収まって目を開けると、私の問いには答えず代わりに自分の体をジロジロと見始めた。

 「すごい……」

 彼女が小さく呟いたのを聞いて、私は再度質問する。

 「大丈夫?どっかおかしいところはある?ホントにごめんね、私、まだ魔法が下手くそで……」

 「そんなことありません!むしろ……すごいです!」

 申し訳なく思っていた私に、少女は興奮気味に言ってくれた。

 「傷が癒えて、痛みが引いただけじゃなくて、お肌の調子が良くなった気がします!あとは髪も綺麗になった気がするし、なんか心の傷まで癒えたような気が!」

 私はそれを聞いて、そんな大袈裟な……、と思ったが、確かに少女は傷が癒えただけでなく肌がツヤツヤしているように見えた。

 つい癖でフィデリスを見上げると、彼はまた不可解というような顔をしていた。そんな顔になるのも仕方ないと思う。

 「こんなすごい魔法が使えるなんて!……でも、こんな魔法には魔力も相当使ってしまったんじゃないですか?あたしなんかのために……」

 そう言われて私は自分の手のひらを見つめながら考えてみるが、魔力が減った、という感覚はない。気づいてないだけなのか、それとも全くそんなことはないのか。

 なんか測定器みたいなのないかな?ありそうだよね?

 私は呑気にそんなことを考えながら、少女に返す。

 「大丈夫だよ。あなたの怪我が治ったならよかったな」

 ひとまず、彼女の傷も治せたことだし、私と少女はここでお別れだろう。もし次にお金を得られた時、彼女がまだ職に困っていたりすれば、雇えればいいなと思う。

 私は立ち上がって帰ろうとする。そんな私を少女が引き留めた。

 「待ってください!」

 私はその声に振り返る。少女は立ち上がって聞いてきた。

 「もしお金があったら、あたしを雇ってくれたんですか?」

 私はその問いに正直に答える。

 「そうだね。私がバカなことしちゃったせいで、できなきなっちゃったけど」

 その答えを聞いて、少女はきゅっと拳を握ってから言った。

 「……お金はいりません。その代わり、お願いがあるんです!」

 

 私とフィデリスは少女についていき、一つの家にたどり着く。

 「ここです。……ただいま、お母さん」

 少女が案内してくれた家は壁にヒビが入り、崩れてこないか心配になる程年季が入っていた。家のある場所はこの家と同じようなボロボロの建物が立ち並ぶ街の端のエリアで、カサカサと何かが動く音がしてから、私はフィデリスにできる限り近づきながら歩いていた。

 ……貧民街ってやつだよね?

 私は辺りを見ながらそう思う。家の中に入っていった少女に続いて、私も中に入る。

 入ってから、その余りの狭さに私はつい驚いてしまった。フィデリスも入り口でそれを察したようで、「我は外で待っている。何かあったら呼んでくれ」と言って外に留まった。

 「すみません、狭い家で。何のお構いもできませんし……。あっ、どうぞ。これに座ってください」

 そう言って少女が差し出してきたボロボロの小さな椅子に腰掛ける。全体重を乗せたらバキッといきそうなので、若干腰を浮かせていた。

 「それで、この方が……」

 「はい。あたしの母です」

 私は目の前のベッドに横たわる女性を見る。彼女は来客に気づいたのか、僅かに瞼をピクリと動かしてから、ぼんやりと目を開ける。

 「……あら、おかえりなさい、リンネ。その方はお客さん?」

 「……そうだよ、お母さん」

 少女の母は起きあがろうとしたが、そこでむせてしまう。ゴホッゴホッ、と咳き込む彼女に少女が駆け寄る。

 「安静にしてなきゃ!」

 「ゴホッ、大丈夫よ。それより、お仕事は……」

 彼女は水を受け取ってそれを飲みながら、少女に尋ねる。

 「仕事は……、新しいのを見つけてきた。それより、この人。ミズキさんっていうの。いや、ミズキ様かな……」

 私はそれを聞いて、「様だなんてとんでもない」と言った。

 「はじめまして、ミズキです」

 私が挨拶をすると、少女の母は「はじめまして」と返した。

 私がここにきた理由は、少女に頼まれたからだ。母にさっきの魔法をかけて欲しいと。私の魔法なら、母のことを治せるとまではいかなくとも、彼女の容態を少しでも良くできるのではないかと。

 実際、そんな効果があるかは分からない。ただ少女は、私の魔法と引き換えに私に仕えてくれると言った。お金はいらないと、そう言ったのだ。

 もちろん、お金が入り次第、彼女に渡したいとは思っている。それから、私の魔法が本当に対価に釣り合うものだとは思えない。それでも、彼女の切実な願いを叶えてあげたい、と思った。

 だから、私はここに来た。

 「彼女が今からお母さんに魔法をかけてくれるの。そしたら、お母さんの病気が良くなるかもしれないんだ」

 少女は母に寄り添い、どこか泣きそうな声でそう言った。そして、私に縋るような目を向ける。

 私はそれに頷いて返し、少女の母に手をかざす。

 ……彼女の母を治すためなら、ありったけの魔力を使っちゃってもいいよね?

 私はそう考え、どこかわくわくした気持ちを抱えながら唱えた。

 「ヒール!」

 次の瞬間、天まで届くほどの光が、この家を中心に立ち上がった。


 「何があった?」

 家の外から心配したようにフィデリスが入ってきてそう言った。

 ……うん、やり過ぎた。ごめんなさい。

 私は心の中でそう謝りながら、少女の母に近づく。

 眩い光に包まれた彼女が見えてくると、彼女は先ほどまでとは打って変わって、非常に元気な様子だった。私を見ると、勢いよくバッと手を掴んで、私に話しかけてくる。

 「す、すごいわ!あなた!咳も治ったし体のあちこちにあった痛かったのも消えた!病気で暗くなってた気分もなんだか晴れやかになった気がするし、おまけに肌と髪の調子まで良くなってるわ!」

 私はそれを聞きながら、「あぁ、親子だなぁ……」と思っていた。彼女が興奮して掴んでいる私の手をブンブン振ってくるので、それにつられるように体もブンブン振りながら、私は彼女の話を聞く。

 「本当に本当にありがとう!あなたは命の恩人よ!」

 「ありがとうございます!ミズキ様!」

 少女も加わって私に感謝を伝えてくる。大袈裟だけど、こんな風に感謝されるのは嬉しい。そう思っていた私に申し訳なさそうにフィデリスが告げる。

 「盛り上がっているところすまないが、外が大変なことになっているんだ」

 彼にそう言われて私たちは外に出る。するとそこには、信じられない光景が広がっていた。

 「な、治ってる!怪我が治ってるぞ!」

 「歩ける……。歩けるようになってる!」

 「うわあぁぁん!ママ!また話せるようになってくれた!」

 こんな風に喜びの声を上げる人たちが、貧民街のあちこちにいた。私はそれを見て、ある程度の状況を察し、思わず着ていた服のフードを被る。

 少女の母を治すだけに留まらなかた魔法は、周りの人たちにも効果を発揮したのだろう。この魔法がどこまで影響したのかは分からないが、なんだか少し離れたところからも歓声が聞こえてくる気がする。

 目立つのは避けたい。このままさっさとフィデリスと少女を連れて、ここから離れよう。

 そう思っていた私を、ある人物が裏切る。

 「みんな、この方よ!この方が私やあなたたちをを治してくださったのよ!」

 私は思わず振り返る。少女の母が貧民街の人々に向けて、私に手を向けながらそう言った。

 な、なんてことをー!

 私は一気に人々の視線がこちらを向くのを見て、さらに深くフードを被る。そしてフィデリスに言った。

 「ふぃ、フィデリス!今すぐ私とこの子を連れて街を出て!」

 「了解した」

 そう言うと彼は右手に少女、左手に私を抱えると、すごいスピードで人々の間を縫って街を駆けていく。

 「あっ、待って、お母さん!あたし、この人の元で働くの!お手紙も時々書くからね!また会いに来るし!だから、元気でね!」

 少女は精一杯、彼女の母にそう告げる。そんな少女と私を連れて、フィデリスは街を出ると、人気のない開けた場所で竜体となり、私と少女を背に乗せて飛び立った。

誤って金袋を突き出させてしまったのは私です。後先考えずに書きました。

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― 新着の感想 ―
やっとリンネちゃんが仲間に加わった過去回まで読めました! 遅くなってすみません。 ミズキちゃんとフィデリスがリンネちゃんを助けたところがかっこよく、さらにミズキちゃんの強力な回復魔法により、リンネちゃ…
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