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猫耳族の少女との出会い

 今からおよそ一年前。フィデリスと出会い、屋敷で暮らし始めてから少し経った頃。その日、私は初めてこの世界で稼いだお金を手に入れるため、街へと来ていた。

 冒険者ギルドでは、魔物を倒す依頼を受け、それを達成することで報酬が受け取れる。私は前に街を訪れた際に登録し、簡単な依頼を受けさせてもらった。この時の私はまだ魔法の調整が難しく、弱い魔物を倒すのには威力が大きすぎたり、逆に弱すぎたりしながら、なんとか全ての魔物を退治できた。

 スライムちゃん、ぴょこぴょこしてて可愛かったから、ちょっと倒すのは心苦しかったね。近くにいた動物を取り込んでるところ見てなかったら、倒そうって思えなかったかも。

 そんな見た目に反して割と恐ろしい中身を持っていた、下級の魔物を何匹か退治することで、私の依頼は無事達成することができた。もちろん、取り込まれた動物もちゃんと救出した。

 ギルドの受付のお姉さんから、袋に入ったお金を受け取り、私は思わずその中身を覗く。

 「わぁ……」

 私はその袋を大切に抱えながら、冒険者ギルドを出た。

 「確かこのお金、ルーべっていうんだよね?」

 私は袋から銅色の硬貨を取り出して掲げながら、横にいるフィデリスに話しかける。

 彼はこの日も私を街まで送ってくれて、その上さらに一人で街を歩くのは怖いと言った私にギルドまでついてきてくれていた。

 「(いち)ルーベってどれくらいの価値があるんだろう」

 「……我に人間たちの使う金の話を聞かれても分からぬ」

 なら、街を歩いて物の金額を見た方が早いだろう。

 「じゃあ少し街を見て行かない?」

 私は彼にそう提案したが、彼の表情は微妙だった。

 「我は人混みは好かぬのだが……」

 そう言われると、私も無理に連れて行くことはしたくなかった。だが、一人で見知らぬ街を歩くのは心細い。

 「……そっか。じゃ、また今度、街に詳しい知り合いが出来た時とかでいいかな」

 私はそう言ったが、心の中にはある疑問が浮かんできた。

 ……えっ、じゃあこのお金、どこで使うの?せっかく稼いだのに。なんなら新しい依頼も受けてきちゃったけど。

 すると突然手に持っているずっしりとした重みが何の価値もないものに思えてきた。私は袋をじっと見下ろす。

 そのまま固まった私に、フィデリスが話しかけてきた。

 「……大丈夫か?すまない、少しだけなら、我も街を歩いても……」

 申し訳なさそうに言ってきた彼に、私は慌てて首を振る。

 「あっ、違うの!ただ、このお金、何に使えばいいのかなって思っちゃっただけ。無理しなくて大丈夫だから」

 私はそう言ったが、彼は私の手を取ってこう言った。

 「なら、今から探しに行けばいい。せっかく其方が頑張って手にした初めての金だからな」

 そう言って彼は私の手を握ったまま街を歩き出した。

 しかし、突然現れた美しい男性が街を歩いていくものだから、人々の視線は自然と彼に集まっていく。

 ……分かる。目を引くよね、彼。でもちょっとこっち見ないで。せめてその彼に見惚れた後、なんだこの地味な娘は、みたいな目で私を見るのやめて。

 彼はその自分に向けられる視線に気づいていないのか、「あの飾りはどうだ?年頃の娘に人気と書かれているが」などと平然と私に話しかけてくる。しかも繋いだ手を離すつもりはないらしく、今もがっしりと握られている。

 私はそんなフィデリスを止めてこう言った。

 「あのっ、私……、人混み苦手でね!あなたと同じ!だから、もうちょっと人の少ない通りに行かない?」

 私がそう言うと、彼は「そうだったのか」と頷いて、道を曲がって隣の通りに入った。

 ……ホントは彼が気に入ったものがあったらそれを贈りたかったんだけどな。

 こっちの通りはさっきの通りに比べて人が少なく、歩きやすかったが、特に惹かれるものもなかった。代わりに元いた世界にもあってなんとなくの値段が分かるものと比べて、こちらの世界の通貨、ルーベと円を比べてみた。

 その結果、一ルーベがだいたい十円の価値にあたることが分かった。ちなみに今回もらった報酬は五百ルーベだったので、大体五千円だ。しかしスライム討伐の仕事なんてのは元いた世界に存在しなかったので、相場は分からない。

 そうしてフィデリスとしばらく並んで歩きながら店を見ていた。一つの通りを見終わって、隣の通りに入ると、どこからか怒鳴り声が聞こえてきた。

 なんと言っているのかは聞き取れなかったが、直後、その声が聞こえてきた建物から一人の少女が放り出されたのが見えた。

 「なっ!?」

 私はそれを見て言葉を失う。だが周りの人たちはそれを見ると、面白いものが見れそうだという風に辺りに群がっていく。

 私もそれを見て思わず駆け出し、その人だかりの方へ向かってしまう。

 「なぜお前はこんなにも使い物にならない!」

 地面に放り出されて立ち上がれない少女に向かって、同じ建物から出てきた男が怒鳴りつける。

 「お前が母親が病気で薬を買えないほど貧しいと言うから、仕方なく雇ってやったというのに、茶すら満足に運べないとは!……今日という今日は、解雇してやる!」

 肥えたお腹に髭を生やした男が再び怒鳴ると、少女は呻きながら「申し訳ありません……」と言った。

 その少女は鮮やかな桃色の髪をしていて、なんと、猫の耳と尻尾が生えていた。

 私が突然走り出したことで、一緒に連れてこられたフィデリスに、私は尋ねる。

 「ね、ねぇ、あの子……。猫耳と尻尾があるんだけど……」

 「ああ。猫耳族だな」

 「猫耳族?」

 彼の答えに私は首を傾げる。そんな私に向けて、彼は説明してくれた。

 「獣人族には二種類いるんだ。……そもそも、獣人族は分かるか?」

 私はある程度の予測はついているので頷いた。人と獣の混血の一族のことだろう。

 「獣人族には、獣の血が濃い者と人の血が濃い者がいる。猫で例えると、獣の血が濃い猫の獣人は猫獣人族、人の血が濃い猫の獣人族は猫耳族になる。猫耳族の者は、人の体に猫の耳と尻尾を持っているが、ある程度聴覚や嗅覚に優れる以外、人と変わりない種族だ。猫獣人族の方は、猫に習性が近く、中には四足歩行のものもいると聞くが……」

 私は地面に倒れている彼女を見る。彼女の前に立ちはだかる男は、まだほとぼりが冷めない様子で、顔を赤くしている。そして、少女の腹を思いっきり蹴飛ばした。

 近くにいた人は慌てて離れ、少女は「うっ」と呻き声を上げて地面に叩きつけられる。

 しかし尚も周りの人々は見物を続けるだけで、誰も止めに入らない。

 「どうして止めないの!?」

 私はフィデリスに届くくらいの小さな声で、思わず怒り混じりに呟いた。その言葉に、フィデリスが答える。

 「猫耳族は猫獣人族や猫にも受け入れられず、逆に人にも受け入れてもらえているとは言い難い。彼らはどちらからも半端者だと言われ、その中でも人間社会で生きることを選んだが、そんな彼らの就ける職業も限られたものと聞く」

 彼は少女を見て不快そうに眉を顰めながら続ける。

 「奴隷にされる者や、中には実験に使われたという話も聞く。彼女は見たところ普通の下働きのようだから、これでもかなりいい職に就けた方なのだろう」

 彼は周りの人々に視線だけを巡らせながら、冷たく言い放った。

 「まぁ人間とは元より、そのような生き物だ。否、上に立つ者は、と言うべきか」

 この国の頂点に立つ者は人間だ。この国、ヴェリアールパレスは多種族国家と呼ばれる、様々な種族が共に暮らす国だが、その中でも人間の社会的地位は他の種族に比べて上だ。

 フィデリスは故郷の国で一族諸共王によって追放された。その頃を思い出しての発言だろう。

 彼が人々に向ける冷めた瞳を見て、悲しい気持ちになった。同時に、私に向けられる優しい目は、とても特別なものなんだと思った。

 少女は苦しそうにしながらも立ちあがろうとする。しかし上半身を起こした直後、男に頬を叩かれ、少女は再び倒れる。

 これ以上見ていられない。私はそう思った。けれどその時、私の頭の中にある声が聞こえてきた。

 下手な行動をすれば、また周りにおかしいって思われちゃうよ?

 それは自分の声だった。私はその言葉に、前に出しかけていた足を止める。

 せっかくこの世界は今のところあなたを受け入れてくれているのに、それを自ら手放すの?

 この世界では、あの子が蹴られたり叩かれたりしてるのを見ても、黙っておくのが普通なんじゃない?

 この世界に来たばっかで、何も知らないあなたは、下手に行動を起こさない方がいい。

 それが、懸命な判断というもの。

 頭の中に響く声に、私はどうしたらいいか分からなくなる。止めたい。あの子を放っておきたくない。でも、それで私が傷つくことになったら?

 私は俯いて、それから少し顔を上げて、少女を見た。そして、私はハッとする。

 少女の頬を、涙が伝っていく。光を失った瞳は、傷つけられた痛みからか、それとも、解雇されることの恐怖からか。

 ううん。やっぱり、放っておけないよ。それに、今の私は森の奥暮らしで、ここの人たちとも関わることはきっとほとんどないじゃない。

 「フィデリス、私、あの子を助けてくるから」

 私はフィデリスにそう告げると、人々の間を縫って少女の元へ行き、庇うように男の前に立った。

 「……なんだ、お前は?」

 睨めつけるような瞳を見て、思わず息を呑んでしまう。それでも負けじと私は、震える声でその質問に答えた。

 「っ、ただの、通りすがりです!でも、見てられなくて!この子をこれ以上いじめるのは、やめてもらえませんか!」

 「はあ……?」

 男はその言葉に納得がいかない、というように言った。

 「これは躾だよ、嬢ちゃん。その娘はろくに仕事もできないんだ。できないやつには、こうやって躾が必要なんだ。分かるかい?」

 「分かりません!」

 私は彼が言った言葉に、間髪入れずにそう返した。

 分かるわけがない!この世界のルールなんて知らない!私は、この世界の人間じゃないんだから!

 心の中で、私はそう叫ぶ。

 「……そうかい。なら教えてあげよう。君のような躾を邪魔する勝手な人間には、こうするんだよ!」

 男は拳を振り上げ、それを私目掛けて振り下ろしてくる。私はそれを見て思わず目を瞑った。

 っ!……あれ?痛くない?

 しばらくしても、殴られる痛みがこないことを疑問に思いながら、おそるおそる目を開けると、見覚えのある背中が映った。

 「……」

 「フィデリス!」

 どうやら、彼が男の拳を止めてくれたようだ。私は彼の姿を見た途端、抑えていたさっきの恐怖が湧き上がってきて、思わずその背中にしがみついた。

 「……ミズキ?」

 彼は男の拳を適当に離して私を振り返る。男はフィデリスに手を振り払うように離された反動で、その場に倒れ込む。

 私はフィデリスの背中にしがみついて俯いたまま、小さく呟いた。

 「怖かった……」

 パタパタと涙が溢れて、手の甲に落ちてきた。

 「泣いているのか……」

 彼は私を見てそう言った後、振り返って男を睨みつけた。起き上がってフィデリスに抗議しようとしていた男は、その目に「ヒィッ」と縮み上がり、またその場に座り込む。

 フィデリスは私の涙を拭って、優しく言った。

 「怖かったな……。だが、勇敢だったぞ、素晴らしい。ミズキは優しさに加えて、勇気もあるんだな」

 彼にそう言われて、何だか恥ずかしくなってきた。そこで、周りには今たくさんの人たちがいることを思い出した。

 周りを見ると案の定、人々は私たちの様子を見て冷やかしを送ってきている。

 そこで私は思い出し、倒れているた少女の方を見る。彼女はすでに起き上がっていて、私たちの方をポカンと見ていた。

 「あ、あの……、大丈夫?」

 「助けてくださったんですか?あたしなんかのことを」

 少女は潤んだ瞳でそう言った。

 私はそんな彼女と目線を合わせるようにしゃがみ込み、尋ねる。

 「怪我は平気?私、まだあまり上手じゃないんだけど、治癒魔法が使えるから、よかったら……」

 そこまで言った時、私の言葉を遮る人物が現れた。

 「待て!」

 あの男が再び立ち上がって私たちの方に向かってくる。途中、フィデリスが間に立ちはだかったことで、進めなくなったようだが、その位置から私の方に向けて怒鳴ってきた。

 「そいつは俺の所有物だ!殴るも蹴るも俺の勝手だが、お前にそいつをどうこうする権利は無いぞ!」

 私はそう言った彼に勇気を出して怒鳴り返す。

 「自分のものだっていうなら、もっと大切に扱ってあげてよ!あなたはどうせ、この子を解雇するつもりだったんでしょ!」

 私は彼をキッと睨みつけて言った。

 「まあ、そうだが……」

 彼は私にそう言われると困ったように頬を掻いた。そんな彼に私は続ける。

 「なら、私がこの子を買う!これでどう!?」

 私はそう言いながら彼に向かって金の入った袋を突き出した。

お話のストックがないので毎日投稿はできなさそうです。二日に一回のペースで投稿していけたらと思います。

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