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最強魔法使いは森の奥暮らし

 悲鳴が上がる。街のあちこちで。人々が避けて逃げていくその中心には、どす黒い紫の色をした不気味な渦が発生している。

 その渦から、魔物が次々と湧き出てくる。街に降り立った魔物たちは、逃げていく人々の後を追う。

 ある魔物が子供を抱えながら必死で走っている女性に手を伸ばした。女性は視線でチラリと後ろを伺い、絶望する。

 このままでは追いつかれる。伸ばされた手はもうすぐそこで、今にも肩を掴んできそうだ。……せめて、この子だけでも。そう思いながら腕の中の我が子を抱える手に力を込めたその時。

 女性の背後に突然現れた人影が、その魔物の腕を切り落とした。ザシュッという音が女性の耳に届き、彼女は思わず振り返る。

 「大丈夫ですか?」

 そう問われ、女性はコクリと頷く。そして、目線を上げて助けてくれた恩人の顔を見る。

 彼は安心させるように笑いかけて、彼女に言った。

 「さ、早く逃げてください」

 そう言われ、女性は子供を抱え直してから走り出した。少ししてから、思い出したように振り返り、尚も魔物と戦い続ける彼に向かって叫んだ。

 「ありがとうございました!冒険者様!」

 彼はそれを聞いて、空いている方の手をひらりと振った。それから再び構え直し、目の前の敵に斬りかかった。


 街では、平民の兵士や街に留まっていた冒険者たちに加えて貴族の騎士たちが派遣され、共に次々と湧いてくる魔物たちを倒していた。

 一方で城壁の方に集まった街の人々は、一時的に、安全とされる地下のシェルターへと避難して行く。

 ここヴェリアールパレスに暮らす人々にとって、今回のような魔物の襲撃は、何も珍しいことではない。むしろ、街で暮らしている自分たちは、農村などで暮らす人々よりも襲撃に遭う機会が少ないことを理解している。

 このような襲撃は街では年に数回、農村や港町を含む、つまりヴェリアールパレス、国全体で見れば一週間に一度くらいの頻度だ。しかし、農村などに比べれば回数が少ない分、より大規模な襲撃が街では起こる。一年前までは毎回のように、数人の死傷者が出るのが普通だった。

 しかしそれがなくなった一年前。何が起こったのか、何が変わったのか。それは皆、街の人々から国の重鎮でさえ理解していた。

 「……ねえ、今日はあの方、現れないのかしら」

 地下のシェルターに避難した人々の中で、ある女性が声を上げた。

 その話題は、シェルターに避難した人々の、襲撃に怯える心を、多少なりとも安心させる。

 「きっと現れるわよ。だってこの一年、毎回あの方が現れて誰も死ななかったんだから!」

 「彼女はきっと現れる。そして今回も、この街を救ってくれる」

 「え、彼女?彼じゃなくて?」

 その素性の分からない、性別すらも謎の人物は、この街を襲撃の度に救ってくれていた。そのため、街では時に神のように、崇め讃えられる存在となったのだ。

 「彼でも彼女でもいいわよ。フードの救世主。それで伝わるんだから」

 フードの救世主。それは、街の人々がその人物の格好に因んでつけた二つ名であり、今や街の誰もに伝わる名前だ。その名で呼ばれる本人が、どう思っているかは別として。

 「そうね……」

 話はひと段落し、各々は一定の緊張感を持ちつつ、自分の子供をあやしたり伴侶や恋人に寄り添いながら、襲撃が止む、つまりはフードの救世主が現れるのを待った。

 しかし、その人物は一向に現れない。人々の胸には不安が広がっていった。


 そんな人々は知らない。まさか、その人物が人々の今いるシェルターの真上にあたる、遥か上空で街の様子を見守っていることなど。


 「ついてきてよかったの?」

 まだ幼さの残る声が、小さく響く。その声が向けられた存在は、その声と同じく小さな声で、「ああ」と返した。

 この幼さの残る声の主が、街の人々の言うフードの救世主の正体だ。その名の通り、フードのついたローブを羽織った少女。彼女は上空の強い風に髪をはためかせながら、静かに街を見下ろしている。

 そして、その少女に返事をした存在。少女の隣で彼女を守るように立っている彼は、白く長い髪に透き通る美しい薄い青の瞳をした容姿端麗な青年だった。

 「まだいいのか?」

 低く、かつ聞いた人を魅了する声で、今度は青年が少女に問いかける。

 「うん。今回は今のところ順調みたいだし」

 少女は淡々と答えたが、内心ではかなりドキドキしていた。顔をこわばらせながら、じっと街全体を見下ろす。

 本来、このような地上から遠く離れた上空からでは、街の様子など見えるはずがない。しかし彼女には街の様子が見えている。それは、彼女が出発前に飲んだ自作のポーションのおかげだ。

 少女は目を凝らして人々が魔物に抗う様子を観察していた。そんな時、彼女の目にある光景が映る。

 兵士に冒険者、騎士たちは、必死に戦っている。彼らは着実に魔物の数を減らしており、魔物側は回復が追いついていない。今のところ、戦況は人々が優勢と言えるだろう。

 しかし必死で戦う彼らの目には、逃げ遅れた子供が目に入らなかった。人目につかない物陰にじっと隠れ、ふるふると怯えている小さな男の子がいた。

 その子供の気配を一匹の魔物が嗅ぎつける。その魔物は彼の元へと一歩、一歩と歩みを進める。

 そしてついに、子供は見つかってしまった。男の子を見つけた魔物は牙を剥いて彼に襲いかかる。

 その時だった。

 「ライトニング!」

 上空の少女が遠く離れた魔物の方へ手をかざしながら言った。すると瞬く間に、その魔物に稲妻が落ちる。

 「フィデリス、行ってくる。あなたは引き続き上空から様子を見て、私に報告して欲しい」

 「了解した。……くれぐれも、気をつけろ」

 少女はそう言った青年に、安心させるような笑みを返し、見えない足場から飛び降りるように下にある街へと降りていった。

 あんな高い所から落ちたというのに、彼女は全くダメージを負うことなく、ふわりと地面に降り立った。先ほどの子供を襲おうとした魔物がちゃんと消滅したのを確認してから、少女は子供に話しかける。

 (淡々と……)

 少女は心の中で自分にそう言い聞かせてから言った。

 「怪我は?」

 子供の方は、目の前のフードを被った存在を見て一瞬呆けた後、「だ、大丈夫」と答える。

 それを聞いて少女は小さく頷いた後、その子供を抱える。そしてすごいスピードで街を駆け、シェルターの入り口まで一気に辿り着いた。

 「この子、逃げ遅れた子。早く避難させてあげて」

 入り口に立っている兵士に話しかけ、子供をささっと引き渡す。そして少女はローブをひるがえして、また街へと戻って行く。

 「あ、待ってくれ!まさか君が、あの……」

 兵士がそう尋ねてくるのを無視して、少女はさっきのスピードで駆けていく。質問に答える気がないのか。はたまた、「あの……」の後が聞きたくなかったのか。

 ふいに少女は首にかけているネックレスを引っ張り出して、それに向かって話しかける。

 「フィデリス、状況は?」

 するとそのネックレスから、青年の声で返事が返ってくる。

 「人間たちが苦戦している魔物が其方から見て右と前方に一体ずつ。あとは魔物の発生源の渦だな。それは前方、右斜め前、左斜め前にある」

 「ありがとう」

 少女は再びネックレスを服の内側にしまい、言われた場所へ向かう。

 (直接姿を見られるのは避けたいな……)

 そう考えた少女は途中で建物の屋根に登り、そのまま屋根を伝って目的地へと向かう。

 「フレイムバースト!」

 少し離れた位置から、兵士たちを振り回している魔物に向けて手をかざす。すると魔物に火の玉が当たって爆発し、たちまち魔物は消滅した。

 少女は横目でチラリと側で浮く魔導書を見て考える。

 (やっぱり杖の方がかっこいいかな?)

 そして今度は突然倒れた魔物に唖然とする兵士たちに目を向ける。その中心に転がる素材を見て少女は考える。

 (欲しいなぁ。でもあの中に入っていくのはなぁ……。ひょいって飛んできてくんないかな。今度そういう魔法考えてみよう)

 思考がひと段落した少女はまた次の魔物の元へ向かう。その魔物はどうやら、あの邪悪な渦を守っているらしい。

 それを見た少女はしばし考える。どうするべきかと悩んだ末に、一つの結論を導いた。

 (よし、まとめて片付けよう)

 少女は魔導書に直接手をかざし、ありったけの魔力を込める。その後で込めすぎ注意なことを思い出し、少し魔力を弱めた。

 こんなものだろう、と思える量に調整した後、狙いを定めるように、前方の巨大な狼のような魔物とその後ろにある渦を見据える。

 「エクスプロージョン!」

 少女がそう唱えると、目の前で大きな爆発が起こった。その爆発は目の前にいた魔物とその後ろの渦に加え、他二つの渦まで消し去った。

 「やった!うまくいった!」

 ついそう口にしてしまい、少女は慌てて口を塞ぐ。そして、誰にも聞かれていないか確認するように、辺りを見回す。

 何はともあれ、仕事は終わった。そう思い少女は肩の力を抜く。

 フィデリスにお迎えに来てもらいたいなぁ〜、などと呑気に考え、警戒心を一気に解いた少女の背後に何かが現れる。

 それに気づいて少女が振り返った時にはもう遅かった。魔法を使う準備も何もできていない。咄嗟に打てるほどの余裕もなく、少女はただ目を見開いた。


 その少女を襲った魔物の背に、突然空から降ってきた氷柱がグサグサといくつも刺さる。それを見て少女はバッと顔を上げる。

 しかしその姿を見て、さっと顔色を変える。

 「全く、気をつけろと言ったのに……」

 「フィデリス!その姿……」

 巨大な翼をバサリと広げ、全身を硬い鱗が覆うその姿を見て、少女は慌てる。

 「街中で竜体になるなんて!誰かに見られたら……」

 目の前の白い竜の姿を見ながら、少女はあたふたと周りを見渡す。

 「どうせ迎えが必要なんだろう?」

 「だからってその姿でここに来ちゃダメでしょ!ほら早く戻って……」

 そう言われて竜が人の姿に戻るのと、突然倒された魔物に驚いていた兵士や冒険者たちが我に変えって振り返るのはほぼ同時だった。

 「すごい!あなた、いえ、あなた様が……」

 「ひゃあぁぁぁぁっ!」

 びっくりして思わず間抜けな声を出してしまった少女は、コホンと咳払いをしてから彼らに言った。

 「無事ならいいわ。じゃ、私はこれで」

 そう言い残して少女は彼らの前から姿を消した。正確には、一瞬でまた遥か上空に戻ったのだ。

 上空でまた見えない足場に立つように直立で浮きながら、「ふぅ」と一息ついた少女は、バッと横を向いて青年に叫ぶ。

 「ちょっとフィデリス!誰かに見られたらどうするつもりだったの!?」

 「……ああ、すまなかった。うっかりしていたんだ。其方が、あんな目に遭うから……」

 本当に申し訳なさそうな表情を浮かべる彼に、少女も強くは出れなくなった。そして、まだ礼を言っていなかったことを思い出し、少女は彼に向き直る。

 「助けてくれて、ありがとう」

 そう言われた青年は、フッと柔らかい笑みを浮かべて返す。

 「ああ。ミズキが無事なら、それでいい」

 少女は彼を見て少し頬を赤らめる。そしてそれを隠すように、フードを深く被り直してから言った。

 「うん。じゃあ、帰ろっか」

 少女がそう言ったのを合図に、青年はまた先ほどの竜の姿に変わる。少女が白い彼の背に跨って乗ると、バサリと翼を広げて彼は飛び立ち、遠くにある、森の奥の少女の屋敷に向かった。

 「これでまたしばらくは、街の人間たちは其方の話題で持ちきりだろうな。フードの救世主?」

 「あはは!そうだね。……一年前じゃ、あなたがそんな冗談を言うなんて考えられなかったな」

 そう言いながら、少女、ミズキは思い出す。彼と出会ったあの日のことを。


 少女の正体。それは、この国における隠れた最強の魔法使いであり、時折街に降り注ぐ災難を払うフードの救世主。

 そして、この世界とは違う、別の世界からやってきた、特別な存在である。

ずっと書いてみたかった異世界もの。なんとかアイデアが浮かんできたので書き始めてみました。

不定期投稿で最高でも二日に一回の更新です。お話のストックがあればたくさん、なくなったら全然投稿しない、みたいになるとは思いますが、なるべく頑張りますので、よろしくお願いします!

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