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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界召喚ってやつらしい

作者: ピコ丸太郎

 時がとまる、というのはこういう事なのだろうか。

 ドクン――

 またこの感覚だ。心臓を突き刺す痛みと肺を鷲掴みされるような痛みで立ってなんていられないし、言葉を発するのだって無理だ。

 

 うっ……


 身体が(しぼ)んでいく感覚に似ていて、まるで溶けてしまいそうで。それから途方もない暗闇に吸い込まれていく感覚に陥る。

 冷えた床が心地良くなってきた。だけど、どことなく生温かいような気がする。全身に力が入らず、手先の感覚はすでに無くなっていた。視界も狭くなっていき目も開けてられないし気持ち悪い。


 ――ヤバい。本当にヤバい。


 叫び声を上げようと口を開けた瞬間、飛び出たのは怒号や絶叫とかではなく、ドロっとしたなにかの塊だった。鉄の味が口いっぱいに広がたっと思うと、真っ赤に染まった床が一面に広がる。


 躊躇(ためらい)もなく瞬時に死を予感させた。

 今声が出てたら、なんて言ってたんだろか。助けて。なのか――

 違う。違う。

 いつもここで死ぬんだ。どうしてもこの結末を変えられない。守りたかったのに、守れない。俺が弱いからだ。


 この世界に置いてけぼりにされる感覚。薄っすらとする視界と不快さに、どこか生温かいようなものが俺を包んでる。

 

 ――これ全部俺の血かよ。


 微かに動く手が胸に向かった瞬間、手先から伝わる感覚で納得した。

 

 ――そっか。今回は胸か。

 

 この感覚、もう何度も味わったな。今回は胸。前回は腹を斬られて、その前はどうだったっけ?首だったか――

 

 ――これで何回目だ?

 

 ――前回の死に戻りの再スタート地点は……っからだったから、次は……。もうそろ、突破しねえと限界点が近づいてきてもう死に戻り出来ねえ。


 身体は取り残されて、魂とか意識はどこかに行ってしまいそうな感覚がやってきた。口から飛び出た血塊と胸から流出する血がゆらゆらと波紋を引き起こす。

 朽ち果て消えてしまいそうな視界の先には、決壊したダムのように溢れた血を革製の靴で潰し、ゆっくりとした波紋を生み出して、波と波を衝突させて掻き消されていく波紋。

 

 誰かがいる。

 おそらく、その誰かに俺は殺されたのだろう。


 不思議と、その誰かを拝んでやってどんな表情をしながら俺のことを殺したのか。なんて事は気にもしなかった。

 それよりも、記憶として脳に焼き付ける。の方が強かった。どこでどんなふうにして俺が殺されるのか。


 ――今回はどんな展開だった?

 

 また……ダメだった。

 

 「――ズマ?」


 これが自分の感覚なんだ。ってそんな確信をも持てなく、じわりじわりと『生の終了』を知らせるかのような全ての感覚の鈍さが押し寄せてくる中、感情を揺さぶるほどの心地よく優しい声が響く。空耳なのかすらも分からない。


 ――ゴメン。


 キミの声に反応したいけど、もう時間が来てしまったみたいだ。


 ――ゴメン、……ごめんなさい。キミを守れなくて。


「今度は、必ず――」


 ――俺が必ず、キミを救ってみせる。何度でも。


 次の瞬間、彼、ミナミ カズマは死んだ。




◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆




 ――これは非常にマズイ。


 これが俺の嫁なんだと厨二病全開の、どこかのアニメキャラである青髪メイドが待ち受け画面に設定されている、バッテリー残量七十四パーセントと表示されたスマホを手にして、頭の中を文無しの言葉で埋め尽くしながら途方にくれているのが 美波 一馬(みなみ かずま) である。電波がほんの一本でも入ったらなら。と、変わる事のないどん底までにも突き落とされる『圏外』の表示を見て、再び肩を落とす。


 色々とマズイ状況なのは確認出来たし、自覚もしたのだが、文無しの表現は少々正確ではない。

 コンビニにふらっと立ち寄って新作スイーツやらスナック菓子を目一杯買い物カゴに放り込んでも、高級イタリアンで知られるサイ◯リアに流れ込んで、今度こそ全メニュー制覇だってノリでどんどん注文してもだ。きっとお釣りが来るであろうほどの余裕は持てる懐事情。


 なんたって、『学問のすゝめを説いた福沢諭吉』様が財布に折り曲げられながらも顔を出して俺と諭吉様の目は合うし、それから数人の英世君とも目が合うのだから懐具合はそう悪くはない。

 そんな懐事情にも関わらず、『色々とマズイ状況』に陥ったのはなんせ、「こんな紙きれ見たことねえ!」の一言で一蹴されたからである。

 

 今まさに窮地に追い込まれて、俗に言う『人生ハードモード詰みモード』に突入する少年、カズマは長い長い溜息をこぼしていた。


 パンパン携帯を叩きながら「電波入れー」とか「電波どこ行った?」やら「なんで圏外なんだよ?」の風景は案外見慣れた物なのだが、ここでは迫害の視線を送られてしまうのであった。

 摩訶不思議な視線を送りながら「アイツ何やってんだ?」の言葉が一番似合いそうなこの状況。

 一見普通の光景であって、割りかし見慣れた行動のはずだが、ここでは違うのだ。


 この少年、カズマは見てくれは良くも悪くもなく、『The 普通の少年』が一番ピンと来る。髪は黒髪短髪、耳に掛かるか掛からないか程度。ありふれた髪型で普通そのもの。体格は百七十センチ前後の良い具合に鍛えられた通称『細マッチョ』体型。

 目の前を女の子が横切ったとしても、「あの人カッコいい」とは縁の遠い、東京の大都会渋谷の群衆にでも紛れた時には瞬く間に見失ってしまうほど、ごく普通で平凡などこにでもいそうな少年の風体である。


 葉っぱの形に似たロゴが胸に刻まれていて、3本ラインが入った黒のパーカーに、ローマ字読みしたら『ニケ』の文字にヘンテコなレ点にもどこか似ているブランドロゴの入ったグレーのスウェット、真っ白で横太りでやや高い靴底が目立つスニーカー。体格と相まって、最近流行りのジム帰りのスポーツマンがピッタリなコーデである。

 足元を大きく見せると美脚効果や、脚長効果を得られる。なんてネット記事を読んでは、無意味ながらもそれに習って選んだ白のスニーカーが目立ってしまう。


 一気に集まる視線は『その白のスニーカー』が原因では無いようだ。ある意味では、それもひとつの要因なのだが。


 摩訶不思議がり、さも珍品を見張るような浴びる視線の意味を知るにはさほど時間は掛からなかった。

 何故なら、視線を感じる群衆の中には、『カズマのようなパーカーやスウェット姿』のものは誰ひとりしていないからである。

 それはファンタジー系のゲームやアニメを連想させる。

 獣の姿をしながらも人のように二足歩行で歩くものやら、鎧に身を包み背丈ほどの両手剣を背負うものやら、いかにも『それ』っぽいものの姿があった。


 少年からしてみれば見慣れない群衆を見て、信じ難い事ではあるが『納得』するしかない。

 と腕を組んで、「うん。つまり――」


「異世界召喚ってやつらしい」


 

◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆



 美波 一馬(みなみ かずま) は『あっちの世界』でいう平成生まれ絶賛二十一世紀少年土日休みのゆとり世代で日本出身である。

 

 年齢十八歳、彼女いない歴イコール年齢。職業、自称『自由を生業(なりわい)とする高校生』である。もっというと、大学受験やら就職試験を目前にした高校三年生にして、親を泣かせる事しか取り柄の無い自由人を極めた『ひきにーと』。


 控えめに言うと『誰よりも自由を愛する』高校生だ。

『ひきにーと』言わずともがな、引きこもりとニートを掛け合わせた、誰よりもこの俺に相応しい職業なのだ。


 引きこもった理由は虐めが原因で……とか、同情を集める大層な理由はない。もはや、虐められる前に退散した戦略的撤退を極めし――。

 理由は特に無い。

「起きるのが面倒だからサボってしまえ」を踏切って実行した挙句の果てに、だらだらと怠慢な日常を送り続けてしまう。

 きっと親は俺に何らかの期待はしていたと思う。立派にその期待を裏切って親を泣かせる絶賛『ひきにーと』。


 何周もしたアニメにも飽きると、コミュ力不要なネットの世界にダイブして、匿名状態で実行出来てしまう都合の良いネトゲにハマり込んで抜け出せないどん底まっしぐらの『ゲームオタク』。


 この先になにがあるのかと、きっと本当の自由ってのがあるのさ。なんて事を考えてた矢先――。

 

「その結果が異世界転移……。って自分で言ってて訳分からん」


 改めて状況を再確認して、カズマは何度したかも分からない長い溜息をまたこぼす。


 ポケットに入れられたスマホと財布が重くずり下がったスウェットをピンとくる位置まで擦り上げた。

 一身に浴びた視線から逃げるようにして大通りから場所を移して、今は薄暗い裏路地に腰を下ろしている。


 石畳で舗装された路地だが、その仕事はなんだか荒く雑であった。雰囲気と見てくれだけはまあ整った。が、ちょうど良いと思う程度。


 ここ裏路地に来るまでの間に見た光景を思い返して、情報を整理していく。


 仮にファンタジー系のゲームの世界に迷い込んだとしても、チュートリアルみたいな『天の声』なんて聞こえないし、戦い方法などレクチャーされた覚えもないから、きっと『ゲームの世界』って訳ではなさそうだ。と合点がいく。


 転生ものやら転移もののアニメや小説を読みながら、妄想するだけの時間はたっぷりとあったせいで、案外俺の脳内は至って冷静だなと賛辞を送ってやりたい。

 あいにく、転生ものの気付いたら西洋風美女の巨乳ママに抱かれて「起きたのね○○ちゃん」から「ばぶばぶ、ばびゅー」みたいな赤ちゃん語しか話せない王道イベントはお預けなのだが。


 散々妄想した『もし俺なら』というif設定に置き換えて、異世界転移した時にしておきたい事を実践してみようと、冷静に分析していく。


 まずはこの時代の文明レベルと、日本人の俺とこの世界の人物らしいものとのコンタクトは可能か。

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