魔族の姫と勇者
「あなたが育てた子供はね、こんなに立派になったのよ。……立派になりすぎて、いろんな女の子に好意を持たれてるわ。ちょっとどうにかしてちょうだい」
「そうかな……?」
「ほら気づいてない。こういうところもどうかと思うわけ」
むぐりと口をつぐんだアルフォンスを横目に、ヘスティアはさらに言葉を続ける。
「さっきも言ったけど自己犠牲もね? いくらなんでも自分のことを無碍にするのはどうかと思うの。自分も周りも大切にしないと」
「……おっしゃるとおりです」
「……でも、私のことは大切にしてくれてるわ」
そこだけは揺るがないだろう。
アルフォンスはいつだってどんな時だって、ヘスティアのことを大切にしてくれている。
言葉にするのは少しだけ照れ臭くて、ヘスティアは頬を染めつつも笑った。
「自慢の旦那様よ。あなたの息子、アルフォンスは」
隣で息を呑む音が聞こえたけれど、気づかなかったふりをする。
しばしの沈黙。
二人の間には木の葉が揺れる音だけが流れる。
気恥ずかしいような、どこか嬉しいような。
なんとも言えない空気を破ったのは、アルフォンスから伸ばされた手だった。
ヘスティアの手を優しく、しかし力強く握るとそっと自分の方へと寄せる。
「……ありがとう。先生を見つけてくれて。お墓を作ってくれて。……人を、恨まないでくれて」
「……礼を言うのはこっちよ」
「そんなことないよ。君にはお礼言わなくちゃいけないことがたくさんある」
とはいえそろそろ足が限界だと立ち上がったアルフォンスに引っ張られて、ヘスティアもまた立ち上がる。
「とはいえ……それはまた今度にしよう。これ以上先生にいろいろ聞かれるのも恥ずかしいし……」
「まあ……そうね。ちょうどいいわ。私帰れることになったの」
「あれ!? まだ二ヶ月あるよね? 体は大丈夫なの?」
「大丈夫よ。それともなあに? 帰ってこられたら困ることでもあるわけ?」
まさかまた女性の一人や二人誑かしたのでないだろうなと疑いの眼差しを向けると、アルフォンスは両手を何度も手を振った。
「まさか。嬉しいけど大丈夫なのかなって。無理してない? 体つらくない?」
「…………まあ、信じてあげるわ」
本当に心配そうにこちらを見てくるので、ヘスティアはそれ以上責めることはできなくなった。
まあもし仮にアルフォンスのことを好きな女性が現れようとも、ヘスティアがしっかりと彼の隣で見張っていればいいのだ。
なぜなら己は彼の妻なのだから。
その事実を改めて思うと、思わずむふっと笑ってしまいそうになる。
それをなんとか耐えながらも、ヘスティアはアルフォンスとともに踵を返した。
「……帰るわよ。私たちの家に」
「……うん。帰ろう」
手を繋いだまま歩み出す。
どちらもその手を離そうなんて考えにはならなかった。
魔物と人間、まだまだ不安要素しかない関係性ではあるけれど、見守っていくより他にはない。
憎しみの連鎖を消せるのは、自分たちしかいないのだから。
だからこそ彼とともに、彼の隣でこれからも生きていく。
その覚悟がヘスティアにはある。
「――」
ふと、優しく暖かな風が吹く。
木の葉を揺らしたその風は、ヘスティアの耳にあるものを運んできた。
『おめでとう』
小さく聞こえたその声に振り返れば、大きな木の根元に一瞬、人影が見えた気がした。
「……」
「ヘスティア? どうかした?」
「…………なんでもないわ」
気のせいかもしれない。
けれど真実かもしれない。
誰も答えがわからないのならば、都合のいい方にとらえてしまえばいいのだ。
「……お母様のお墓もここにあるの」
「……そっか。ご挨拶に行ってもいいかな?」
「当たり前でしょ。私の夫なんだから」
「うん。……あ、お花持っていかないと」
「お母様なら大丈夫よ」
「でも初めてのご挨拶だし……。娘さんを大切にしますってご挨拶しないと」
「いらないわよ!」
なるほど自分の親に挨拶されるのはこんな気分なのか。
確かに気恥ずかしさを感じるなと、話を逸らすためアルフォンスの手を強く引っ張った。
「いいから行くわよ! そのあとみんなへのお土産も見ないといけないんだから!」
「……うん」
二人は歩みを進める。
どちらからともなく、お互いの歩幅に合わせて。
隣を歩むたった一人を大切に、愛おしむために。
そうして、魔族の姫と勇者はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
『拝啓、魔王様。この勇者どうにかしてください!〜魔族の姫は勇者に愛される〜』
完結いたしました!
長々とありがとうございました。
途中更新が途絶えてしまい申し訳ございません!
様々な事情からこの度連載を終えましたが、またいつかひょっこりお話の続きを書くこともあるかと思います。
その時がもしありましたら、また会いに来ていただけましたら幸いです。
ありがとうございました!
あまNatu




