交差しなかった過去
「……どうして、ここに?」
「……ずっと、探してたんだ」
そういうアルフォンスの瞳は、真っ直ぐにブラックフォードの墓へと向かっていた。
悲しげな、しかしどこか嬉しそうなその瞳を見て、ヘスティアは小首を傾げる。
どういうことだ?
なぜアルフォンスが魔界の墓になんてようがあるのか。
深く生い茂る木々の中、木漏れ日を受けたアルフォンスがもう一度ヘスティアへと振り返る。
「……髪、伸びたね?」
「ひさびさの再会で言うことそれ?」
「かわいい」
「……やっぱなにも言わなくていい」
ひさびさだからこそのこの破壊力か。
ヘスティアは真っ赤になった顔を髪で隠そうとしつつも、アルフォンスの隣に立つ。
日に照らされてキラキラと輝く髪も、美しい瞳も、その全てが愛おしくて。
本当に今、彼がここにいるのだと実感できた。
「なんでここにいるのよ? 魔界よ?」
「……先生の墓、ずっと探してたんだ」
「……先生?」
なぜブラックフォードの墓を見ているのだろうか?
どうして魔族である彼を、アルフォンスは先生と呼ぶのか。
憂を帯びたその横顔を見て、ヘスティアははっと息を呑む。
「……まさか、ブラックフォードが育ててた孤児って」
「……うん。俺だよ」
アルフォンスは孤児である。
魔族との戦争で両親を失ったことは知っていた。
そしてブラックフォードは戦争の際ひとりぼっちになった子供を連れて、軍から逃げたと聞いている。
そして子供とともに魔界と人間界の国境付近で暮らし、最後には人間によって殺された。
ブラックフォードは体術や剣術を教えてくれた、ヘスティアの師でもある。
そんな人が人間に殺されたと知った時は、この世界を滅ぼしてやろうかとも思った。
――止まれたのは、殺された男の言葉だった。
自分の死期を悟ったのだろう。
ともに暮らす子供に向けた手紙には、たくさんの愛があった。
自分がいなくなっても恨むことなく、ただ幸せに生きてほしいと。
そんな手紙を見てしまったら、憎しみに体を任せることなんてできなかった。
その後すぐ人の気配がして、ブラックフォードの体を持ってその場を後にしたけれど、もしかしたらあれがアルフォンスだったのかもしれない。
なんてことだ。
まさかそんな繋がりがあったなんて。
「……よく、勇者を続けたわね」
「俺が勇者になったこと喜んでくれてたから」
「人間を恨まなかったの?」
「……そこまでお人好しじゃないよ」
恨んだのに、それでも人間のために戦ったのか。
どれほどお人好しなんだと、ヘスティアはため息をつく。
「ブラックフォードは私の師だった。厳しくてでも優しい、大好きな人」
「……うん、聞いたことがある。見込みのある女の子がいたって。でもまさかそれがヘスティアだとは思わなかったな」
「……彼の遺体をここに運んだのも私」
「じゃあすれ違ってたんだ。縁がある、って言えるのかな?」
「結婚してるんだから縁なんてあるに決まってるじゃない」
まあ本人たちも気づかない繋がりがあったようだが。
ヘスティアは膝を折ると、木の根元にそっと触れる。
立てかけられた石の板には、魔界の言葉で『ブラックフォードここに眠る』と書かれていた。
「まさかあなたの息子と結婚するなんて思わなかったわ。あなたのあの手紙がなければ、私はきっと人間たちを殺してた。……結局いつも、アルフォンスに救われてる」
ブラックフォードがアルフォンスを愛していたから、ヘスティアは止まることができた。
結局はアルフォンスのおかげというわけである。
お互いを知らないころからアルフォンスに助けられていたなんて、この男に敵う日は果たして来るのだろうか……?
「俺もいつも、ヘスティアに助けられてるよ」
同じように膝を折ったアルフォンスは、手に持っていた小さな花束を石板の前に置いた。
「先生、彼女が俺の奥さんです。かわいくてとっても強くて、自慢の奥さんです。ちょっと素直じゃないけど」
「素直よ! あなたこそ、自己犠牲やめなさい。ブラックフォード、あなたも夢にでも出てきてちゃんと叱ってちょうだい」
「えぇ……どうせ夢見るなら、結婚おめでとうって言ってほしいなぁ」
「……それもそうね」
確かにどうせ久しぶりの再会なら、笑っていてほしい。
彼が穏やかに過ごせていることが、ヘスティアの願いの一つでもあるのだから。
「……」
ふと、思う。
彼はきっと最後の最後までアルフォンスのことを心配していたのだろう。
種族は違えど、血のつながりはなかろうと、その身を案じていたはずだ。
そんなブラックフォードに少しでも安心してもらうには、どうしたらいいのだろうか?
ヘスティアは物言わぬ大きな木を、そっと見上げた。
「……ブラックフォード。あなたに聞いてほしいことがあるの」




