再会
「だー! もう我慢できないっ!」
うがーっと大きく腕を上げて、ヘスティアはベッドから飛び起きた。
魔界に戻ってきてもう八ヶ月は経ったころだ。
この頃には体調もかなり良く、魔力もだいぶ戻ってきていた。
これならもう人間界に戻って、自らの体内にある魔王の魔力を燃料としてゆっくりと自分自身で回復できるはずだ。
だから人間界に戻りたいと告げると、魔王の眉間の皺がギュッと寄った。
「……もう戻るつもりか?」
「ええそうよ。あとは私自身の力で魔力を増やせるわ」
ここまで面倒を見てくれたことには感謝しかないが、流石にもうそろそろ魔界でぐーたらするのも飽きた。
というか早くアルフォンスの元へ戻りたいのだ。
彼は勇者という立場も相まってモテる。
異性を魅了し続ける夫というのは誇らしいと同時に不安要素でもあるのだ。
彼が浮気するなんて疑うことはしないけれど、どこかでまた誰かをたらし込んでいるかもしれない。
魔王の部屋に飾られている母親の肖像画を思い出し、似たような思いをしていたのだろうかと勝手に親近感を抱く。
魔王もまたその地位とこの美貌により、老若男女誰彼構わず魅了している。
もし母が生きていたら、このヘスティアの不安を聞いてくれたかもしれない。
親子揃って似たような男を夫に迎えたのだなと、今更理解した。
「夫婦は共にあるべきでしょ?」
「……親子も共にあるべきだ」
「あんたが私を送り出したんでしょうが!」
さすがにその言葉には黙った魔王に、ヘスティアは腕を組み胸を張った。
「とにかく帰るわ。……でもまたちょこちょこ帰ってくるから、それでいいでしょ?」
「………………………………わかった」
ものすごくしぶしぶといった表情で頷いた魔王に、ヘスティアは隠れてガッツポーズをした。
これでアルフォンスに会える。
八ヶ月も会えていないんだと改めて思うと、胸の中がそわそわしてきた。
ぽぽぽっと頬に熱が集まり、口元がむずむずする。
ヘスティアは窓に映る己に気づくと、そっと前髪をいじる。
だいぶ伸びたので、切ったほうがいいかもしれない。
いや、逆にこのまま伸ばして少し大人っぽくするのもありだ。
だが今のままではさすがにどっちつかずである。
「……あいつ、どういうのが好みなのかしら」
大人っぽくいくか、可愛らしいほうがいいのか。
窓に映る己の姿にうんうん唸っていると、それを見ていた魔王がヘスティアの頭を優しく撫でた。
「そのままのお前でいいんだ。勇者だってそう言うだろう?」
「…………容易に想像できてなんか嫌」
脳内アルフォンスがニコニコしながら全く同じことを言ってきた。
髪型なんてなんでもいいかと、楽になるためさっさと切ろうと決意していると、扉をノックする音が聞こえる。
「なんだ」
「魔王様……あの、」
やってきたのは警備兵の一人であった。
彼は魔王からの問いに言い淀み、ヘスティアを見てさらに口の動きを悪くする。
「えっと……あの……」
「どうした?」
「……それが、その……」
どうやらヘスティアには聞かれたくないようだ。
少し離れれば兵士は軽く頭を下げた後、魔王の元へ耳打ちしている。
いったいなにがあったのやら。
まあ自分には関係ないだろうなと、指先に髪の毛を巻きつけて遊ぶ。
とりあえず荷物は早めにまとめておこう。
いつ魔王の気が変わるかもわからないから、なるべく早く動かなくては。
元より人間界に必要なものは置きっぱなしだが、こちらからなにも持っていかないのは味気ない。
お気に入りのアクセサリーや靴くらいは持って行ってもいいだろう。
あとはララやにゃんこ、勇者一行にお土産も持っていかなくては。
ララは魔界で人気のお菓子でいいだろう。
にゃんこには自在に動くジェルムという木の子供を持って帰ろう。
いい遊び相手になるはずだ。
勇者一行には魔界の薬草で作った美容系のものを渡せばいいだろう。
あとはアルフォンスか……、と彼の姿を思い出した時、魔王がこちらを振り返った。
「……ヘスティア」
「ん?」
「――実は」
魔王の言葉を最後まで聞くことなく、ヘスティアは飛び出していた。
後ろから静止する声があった気がしたけれど、もはやこの耳には届かない。
やっと治ったばかりの翼を羽ばたかせると、魔界の空を自由に飛ぶ。
鼻腔をくすぐる香りも、頬を撫でる空気も、瞳に映る景色一つとっても、どれもこれも魔界のものだ。
そう、ここは魔界だ。
魔物たちの国。
ヘスティアの生まれ故郷。
大切なその場所には、たくさんの思い出がある。
そんな国に、とある場所がある。
そこはヘスティアの母が眠る場所。
未来の魔界を守って亡くなったものたちが眠る場所。
ヘスティアの恩師である、無惨にも人間に殺された男、元魔王軍トップ―ブラックフォード―が埋葬されている。
彼の墓はヘスティアの希望により、大きな木の根元にあった。
アトラスの木。
安らぎを意味するその木の下に眠らせたのは、せめて死後くらいは穏やかでいて欲しかったからだ。
戦争という愚かな行いのせいで心身ともに疲弊した男は、その最後まで無残なものであった。
だからどうか……。
そんな思いで作った墓の前に、彼はいた。
「…………どうして」
夢に見た人。
ずっとずっと会いたくて、いつだってこの頭を占領していたその人が、今目の前にいる。
「――アルフォンス」
「……ひさしぶり。ヘスティア」
夫、アルフォンスとの久々の再開は、まさかの魔界だった。




