はじめて呼んだ
「――一年も?」
「そうだ。お前の体は今傷ついている。いわば血管が傷ついているところに血を流すのと同じだ」
言いたいことはわかる。
魔力を循環する管が傷ついているのに、多量の魔力を流すなんて自殺行為だ。
管を治しながら少しずつ魔力を戻すという治療を魔王はしたいのだろう。
だがしかし。
「半年は流石に長すぎない? 一週間くらいでどうにかならないの?」
「ならない。お前は私の娘。魔力の質も量も他の魔族とは桁が違う」
「……っ、」
まさかこんなところで、魔力量の多さや質のよさを後悔する日が来るなんて思わなかった。
「……長すぎるわ。もう少し」
「――いや、一年は向こうにいるべきだ」
ヘスティアの言葉を遮ったのはアルフォンスだった。
彼は震えるほど手を握りしめつつも、口調だけは優しくヘスティアへと告げる。
「ここで無理をしてもなんの意味もない。ちゃんと時間をかけて治すべきだ」
「……でも、」
アルフォンスと結婚してまだ数ヶ月しか経ってないのだ。
それなのにもう一年も別れるなんて……。
わかっている。
アルフォンスはヘスティアのために言ってくれているってことは。
けれど、それでも。
「長いわよ? 一年は……。あんたはそれでいいの?」
「よくないよ。でも俺の感情より君が大切だから」
「…………くっ、」
そんなまっすぐ伝えられては、それ以上なにも言うことはできない。
胸がギュンっと大きく動いたせいで、なんだか苦しい気がする。
「………………浮気したら殺すから」
「しないしそんな暇ないよ。……これからもずっと忙しそうだし」
アルフォンスの瞳は村人へと向けられた。
武器を手に奮起していたものたちの闘志は、規格外の魔王という存在によってポッキリ折られたとはいえ、彼らが国に対して反旗を翻そうとしたことには変わりない。
きっとこの後始末もアルフォンスがやることになるのだろうと思うと、思わずヘスティアの顔が歪んだ。
「やっぱりあなたも魔界にきたら? 一年くらい魔界でのんびりしてもいいんじゃない?」
「素敵な提案だけど……俺は人を守るよ」
迷いなくいう姿に、ああ、好きだなと心がつぶやく。
自身よりも他者を大切にする姿を見てムカつくのに、けれどそんな優しさが大好きで。
矛盾しているなと思いつつも、そういう人だからと無理やり納得することにした。
アルフォンスがアルフォンスを大切にしないのなら、その分ヘスティアが大切にすればいいだけだ。
「それじゃあ悪いけど、村人のことは任せるわよ?」
「もちろん。……体を大切にして。必ず元気になって戻ってきてね」
「一年後にはもっと強くなって戻ってくるわよ」
どうせ魔界にいるのなら、いっそできることをするつもりだ。
面倒ごとを背負い込むアルフォンスを守るためには、力はどれだけあっても足りない。
ならいっそ、魔界で回復ついでに鍛えてきてやろうと意気込んでいると、そんなヘスティアの隣に魔王がやってきた。
「人間どもは想像よりも愚かで浅ましいようだな」
「……魔王は相変わらず人間が嫌いなんだね」
「吐き気がするほどにな」
「なのにヘスティアを俺の妻にと送り出してくれたんだね。……ありがとう」
「…………っ、」
魔王の整った眉間に皺がよった。
数分前に自分も似たような体験をしたからよくわかる。
どうやらそんなところまで親子として似てしまっているらしい。
「……お前だから託した。次私の期待を裏切ったら今度こそ人間を滅ぼすぞ」
「わかった。努力するよ」
ここでできるとは言わず努力するというところも正直な話好ましい。
彼はいつだって自身の力に驕ることはないのだ。
もっと自信を持っていいとは思うけれど、この謙虚さもまた彼らしさがある。
そばにいればいるほど好きになっていくなと別れ難さを感じてしまう。
「……お前たちがこれ以上愚かなことをしないよう、ルークをそばにつけておく」
「――!? 魔王様、それは!」
「お前が人間を監視しろ。いいな」
「…………かしこまりました」
苦虫を潰したような顔をしたルークを、ヘスティアは哀れみの目で見つめた。
ルークもまた魔王に負けず劣らずの人間嫌いだ。
そんな彼をアルフォンスのそばに残すのは、多分だけど魔王なりの理由があるのだろう。
おおかたアルフォンスを通して少しでも人間嫌いを無くせればと思っているのだろうが、果たしてうまくいくかどうか。
アルフォンスを睨みつけるルークに、ヘスティアは声をかけた。
「ルーク。私の夫を頼んだわよ」
「――…………命に変えましても」
「お前も、無事に一年後会うのよ」
「……はい」
まだまだ問題は山積みなのに、もう流石に魔界に戻らなくては。
これ以上魔王を人間界にいさせては、戦争の火種になりかねない。
ヘスティアはもう一度アルフォンスへと向き直ると、左の口端だけを上げ小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「私がそばにいないからって自由気ままになってたら、ルークに刺されるわよ」
「そんな心配、本当にいらないよ。だからちゃんと、治してね」
「……そう」
魔王の魔力を体に感じる。
ヘスティア共々魔界へと戻ろうとしているようだ。
案外あっけなく別れの時はやってくるのだなと、一年という短いようで長い期間離れるアルフォンスを見つめた。
ルークがそばにいてくれるし、もちろん彼のことは信頼している。
けれど不安がないわけではない。
そんなわけでヘスティアは魔界へと飛ぶその瞬間、照れくさそうに笑った。
「好きよ、アルフォンス!」
 




