魔王からの信頼
「…………可能性があるとしたら魔王様かと」
「魔王ならどうにかできるってこと?」
「魔王様は魔界の全てを掌握しておいでです。魔力云々なら魔界にて行うのがよろしいかと」
「それは……そうね」
ということは結局アルフォンスとは別れることになるのかと、少しだけ心が沈む。
まあこればかりは致し方ないかとアルフォンスを見上げれば、彼はそんなヘスティアの頭を優しく撫でる。
「そういうことなら俺も一緒に行くよ。……魔王が入れてくれればの話、だけど」
「………………」
ルークはなにやら渋い顔をしたのち、若干悔しそうに口を開いた。
「今、あなたがこの村にいて生きている。…………………………つまりそういうことです」
「ん?」
どういうことだろうと首を傾げるアルフォンスを見て、ヘスティアはくすりと鼻を鳴らした。
確かにルークの言うとおりだ。
ここはもう魔界であり、魔王のテリトリーの中にいる。
だと言うのに魔王がなにもしてこないと言うことは、つまりそういうことなのだ。
「もちろん、魔王様とて全能ではありません。だからこそこういった地方になればなるほど、魔王様の力も弱まり人間たちの侵入を許してしまう」
魔王の力は凄まじく、この魔界全土を手中に収めているといってもいい。
だが彼にだって力の限度、集中力の限度はある。
土地が広がれば広がるほど見るものや聞くことは分散してしまう。
だからこそこういった小さな事件を見逃してしまうのだ。
「しかし今はヘスティア様がいらっしゃいます。魔王様はこの土地の状態をつぶさに観察されていらっしゃるはずです」
「それなのに何もしてこないってことは、あなたが魔界にいることを魔王が認めている証拠よ」
まあそうでなくては困るのだが。
自分が認め、娘の伴侶にと選んだ男を認めないなんてそんなこと言わせない。
だからこれは必然なのだが、アルフォンスは驚いたように目を見開いた。
「……魔王は俺を過大評価してるんだね」
「――貴様、魔王様を侮辱するつもりか?」
釣り上がった瞳をアルフォンスに向けたまま、ルークは早口に捲し立てた。
「魔王様は人間のことなど微塵も気にされておられない。あの方はただ同族である魔族のためだけに尽力なさっておられる。そんな魔王様が愛するヘスティア様を貴様に嫁がせたのはなぜだと思ってるんだ!? 貴様がそれに値する存在だと魔王様が認めたからだ! そんな魔王様の鑑識眼を疑うなど万死に――」
「ルークうるさい、長い」
「………………、」
むぐりと口をつぐんだルークに、よくあれだけの文字数を息もせず言えたなと感心した。
いかんせん彼の魔王愛は重すぎる。
だから時折うんざりした魔王から引き剥がされるのだと何度忠告しても治らない。
多分もう本人も諦めているのだろう。
重い愛は抑えられないと。
「とにかく魔王なら平気よ。……手伝ってくれる? 私の魔力戻し」
「もちろん。妻を救うのは夫である俺の役目だよ」
なんか恥ずかしいことを言っているなと思いつつも、まあ嬉しいので微笑んでおいた。
これで魔力を戻すために魔界に戻ったとしても、アルフォンスとは慣れなくてすむ。
ほっとしたヘスティアは、やっと痛みと治ってきた背中を庇いつつ起き上がった。
「魔力の件は魔王城に戻ってから話すとして、問題はここの人間たちね」
「子供の怪我のことを考慮しても、多少お灸を据えるべきかとは思います」
「当たり前よ。このままのうのうといさせるわけないでしょう?」
自分のやったことには責任を持ってもらわなくては困る。
……それはアリアもだ。
これだけのことをしてただで済むはずがない。
この痛みの分絶対になにかを返してやると固く誓っていると、そんなヘスティアを見ておずおずとラスティが手を上げた。
「……その時は俺も連れてってくれないか? 村の奴らにちゃんと話してやりてぇんだ。結末がどうだったか。勇者と姫様がどれだけ俺たちのために力を尽くしてくれたのかってのを」
「当たり前でしょ? ちゃんと証人になってもらうわよ」
元々連れて行くつもりだったからその申し出はありがたい。
ヘスティアから許可が降りた途端に嬉しそうな顔をしたラスティの背後に、なぜかぶんぶんと振り回される尻尾が見えたような気がした。
絶対気のせいだけれど、本気で見えた気がしたのだ。
やはり疲れているのかともう一度ベッドに寝転ぼうとするが、それをルークが止める。
「ラスティ、女性を一人呼んできてください。ヘスティア様に包帯を巻いていただきたいので」
「――! 悪い、気が利かなかった! すぐ呼んでくる!」
まあ確かに薬を塗って放置ではよくない。
一度服を脱いで包帯を巻かなくてはならないため、女性の手を借りれるのはありがたかった。
一人では流石に難しいだろうと思っていると、そんなヘスティアの隣でアルフォンスが小首を傾げる。
「俺がやっても良かったけど?」
「絶対に嫌よ」
なに言ってるのだこの男はと冷めた目を向ければ、彼は悲しそうに口を開く。
「夫婦だし。……だめ?」
「……だめ、というか…………」
確かに夫婦だけれど、二人の間にそういった出来事はない。
それなのにこんなことで肌を見せるなんて恥ずかしいし絶対に嫌だと首を振れば、なぜかルークが殺気を飛ばしてきた。
「いくら勇者といえど、ヘスティア様の肌をむやみやたらに触れたり見たりするのは許さん」
「お前の許可は必要ない」
キッパリそういえば、今度はルークが落ち込んだ。




