熱
痛い、痛い、痛いっ――!
背中が燃えるように痛み、ヘスティアは額から冷や汗が止まらなかった。
明らかに痛みの度合いがおかしい。
じわじわと燃え広がるようなそれは、やがて背中全体に広がっていく。
背中をチラリと見ても火がついているわけではない。
いったいなんなのだこれはと、ヘスティアは青ざめた顔でアリアを見た。
「――なに、を、……したの!?」
「あの村にあった魔導具です。これを使えば魔物の魔力を封じられるんです!」
「――魔力?」
過去住んでいたという魔法使いが残したものなのだろう。
アリアがそれを使ってヘスティアの魔力を封じたというのか。
魔道具とはそんなことまでもできるのかと疑った時だ。
「――っ、ぅ!」
「ティー!」
じわり、と熱が肌を侵す。
皮膚の表面で燃えていた炎が水のように体の中に入ってくる感覚。
その瞬間、血管の中を巡る血のように身体中を動き回る。
まるでなにかを、探すように。
そしてその探し物はすぐに見つかったらしい。
心臓の部分。
じわじわと蠢くそれは、体の中心へとやってくると動きを止めた。
「――」
どくん、と大きく心臓が跳ねた。
じわ、じわっと体の中から力が奪われていくのがわかる。
長年この体で魔力とともに生きてきたのだから、それの正体がなんなのかすぐに理解した。
――魔力が、奪われている。
末端にまで巡っていたそれらが滞り、体から力が抜けていく。
そこまできてやっとわかった。
アリアがやりたかったこと。
こんな大掛かりなことを自分でしながらも、勝ち誇った顔をしている理由。
それは――。
「その人、ヘスティアさんなんです! アルフォンスは騙されていたんです。魔物でありながら人に化けるなんて……恐ろしい化け物なんです!」
赤い髪が根本から桃色に変わっていく。
桃色の瞳には赤いなにかが一滴溢され、波紋のように広がっていく。
ティーの姿が保てない。
焼け爛れた背中からボロボロの翼が姿を表し、腰の部分から生えている尻尾は、力なく地面へと垂れていた。
「…………、」
ああ、こんな終わり方かと、虚ろいゆく意識の中で思う。
まさかこんな形でバレるなんて思わなかった。
どうやら自分は相当神様に嫌われているようだ。
あまりな展開に鼻で笑いたいのに笑うこともできない。
ただ痛みと脱力感に襲われて、アルフォンスの胸の中で呆然とすることしかできない己の身を呪う。
「アルフォンスはその人を人間だと思っているのでしょう? 見てみてください! 今の彼女の姿を!」
今自分がどんな姿をしているのかはわからないけれど、もうほとんど変化はとけているのだろう。
……アルフォンスはどんな顔をしているのだろうか?
驚いて、そのあとはどうだろうか?
悲しんでいるだろうか?
怒っているだろうか?
……拒絶だけは、しないでほしい。
こんなことになるのなら、ちゃんと話をすればよかった。
自分から説明していれば、もう少しアルフォンス側の心象も違ったんじゃないかなと思う。
まあどちらにしても騙していたことには違いないのだから、彼からの印象は最悪だろう。
これから先どうなるだろうか?
離婚、とか言われたらどうしよう?
嫌だと拒否したら許してくれないだろうか?
優しい彼のことだ。
泣いて許しを乞うたらいいよって、言ってくれないかな?
「そうやって人間に化けて、私たちを騙していたんです!」
ああ、もう頭が上手く回らない。
体を巡る熱が毒のように感じる。
瞼を閉じれば今すぐにでも意識を失えそうなのに、それができないのが一番辛い。
声高々に演説するアリアをちらりと見た時、ヘスティアの腕を掴むアルフォンスの手に力が込められた。
「――あなたには関係のないことだ」
「――…………アルフォンス? 一体なにを、」
低く冷たい、聞いたこともない声に、ヘスティアはそっと視線を上げた。
見上げる彼の表情は固く、瞳は射抜くように鋭い。
「これは俺たち二人、夫婦の問題です。あなたには関係のないことだ」
「……わ、私は、あなたが騙されていると思って!」
「騙される? 俺を馬鹿にしているんですか?」
なんだ?
なにが起こっている?
アルフォンスの静かな怒りを感じて、驚きとともに恐怖を感じた。
普段優しい人が怒ると怖いというが、ここまでとは思わなかったのだ。
眠気も飛んで瞬きを繰り返すヘスティアを抱きつつ、アルフォンスが口を開いた。
「理解してないようだから改めて言いますけれど、ヘスティアは魔王の娘です。あなたは他国の王族を傷つけたんです。その罪の重さ、理解してますか?」
「罪ってそんな……。しょせん魔物じゃないですか!」
「…………捕まえろ」
アルフォンスがそう口にすると、どこからともなく現れたウィルがアリアの腕を後ろから拘束した。
「――!? なにをするの!?」
「馬鹿だ馬鹿だと思ってたけれど、ここまでとは思わなかったです。魔王を刺激して勇者まで失ったら、我々に勝ち目はないって少し考えればわかるのに……」
「離して――!」
「…………ど、して?」
なぜウィルがアリアを拘束しているのか、理解ができていない。
どういうことかと見つめていると、アリアを引っ張りながらウィルがこちらへと視線を向けた。
「あとのことは任せますよ。あなたに手を貸すと決めた以上最低限のことはしますので、最高の待遇を頼みます」
それだけいうと、ウィルとアリアは姿を消す。
いったいなんなのかと見上げれば、アルフォンスは優しくヘスティアへと視線を向けてきた。




