二度目の違和感
ヘスティアは人間の姿であるティーへと化け、その日の夜に人間側の村を囲う壁の前へとやってきた。
アルフォンスと会い、男の子を村へと返すためだ。
男の子を確保したあとも話したいことがあるため、男の子を無事に送り届ける要員として、ラスティの式神を一匹借りている。
肩にちょんと乗る姿が可愛らしくて、少し頭を横へとずらせばふわふわな毛が頰をくすぐった。
心地よくてにやけていると、そんなヘスティアの瞳にとある人が写る。
「――あなた」
「どうも」
松明を持ったウィルがやってきて、ヘスティアを見ると軽く頭を下げた。
「なにしてるの、こんなところで……」
「勇者に言われたんです。あなたを待つようにって。……一応これでも専属騎士なんですけど、いいように使われてますよねほんと」
哀愁ともとれる顔をして、ウィルは恨み言を一つ口にした。
どうやらよほど腹に据えてるものがあるらしい。
かわいそうにと同情の視線を向ける。
「…………まあ、礼は言うわ。ありがとう。あなたのおかげで勇者と会えたわけだし」
「礼を言われるのは悪い気はしないので受けとります。……ほんと、人間の王族とは大違いだ」
ぼそりとつぶやかれた言葉はヘスティアの耳には届いており、なんとも言えない表情をしておいた。
あの王族では彼も苦労するだろう。
「そういえば気になってたんですけど、その格好で勇者と会って大丈夫だったんですか? すぐに正体を明かしたとか?」
「え? ああ、違うわ。……元々結婚する前から人間の姿のほうは顔見知りだったの。私、人間観察よくしてたから」
「観察、ですか」
人間と魔族。
仲違いして戦争を行なっていたのはわかっていた。
だからこそヘスティアは人間の姿に化けてまで人間界に向かっていたのだから。
しかしそれでも知りたかった。
人というものがどういう生き物なのか。
それはただの知的好奇心。
ただ理解できればよかっただけだったのに……。
出会ってしまったから。
「敵の観察もすべきでしょ?」
まあもちろんそれだけではなかったのだが。
結局調べれば調べるほど、人間というのがいかに愚かで浅ましく、そして優しい生き物なのかを知ることになった。
好きかと聞かれればイエスとは答えられないが、ノーとも言えないくらいではある。
「…………あなたから見て、人間ってどんな存在ですか?」
「どんな?」
「簡単でいいです」
「愚かで浅ましく、しかし優しい生き物」
簡単でいいというからそう答えたのに、ウィルはその瞳を大きく見開いた。
いつもは眠そうにほとんど閉じているのに、こうしてみると案外目が大きいようだ。
「…………あなたは本当に不思議な人ですね。あ、魔物か」
「私からしたらあなたの方がよっぽど変人よ」
なんなのだと呆れた顔をすれば、ウィルの顔はいつもの眠たそうな表情に戻る。
「まあそれはそうですね。じゃ、勇者呼んでくるんで」
「お願いしてる立場で言うのはおかしいと思うけれど、本当に使いっ走りしてるのね」
「哀れに思うなら今度美味い飯でも奢ってください」
じゃ、と一声かけてウィルは村の中へと消えていった。
専属騎士ならかなり給金もいいはずなのに、そんなことでいいのかと小首をかしげる。
まあそれならそれで気軽かと、今度アルフォンスにいい店を紹介してもらうことにした。
「…………それにしても本当に毛並みがいいわね」
アルフォンスを待つ間暇だからと式神を撫でる。
長い耳と耳の間を擦るようにすれば、心地いいのか目を細めた。
そのとろけるような表情に心を持っていかれそうになりながらも、頭の中では似たような顔をしたにゃんこを思い出す。
うちにはあの子がいるのだから、と言い聞かせつつ、ありがたく癒され続ける。
この事件が終わったらラスティにケア方法でも教えてもらおうと思ったその時だ。
「――!」
またしても感じた視線に、ヘスティアは瞬時に反応した。
以前と同じ場所へと駆け寄るがそこには誰もいない。
「…………いない? 逃げた……は、流石にないわよね」
人間ならこの一瞬で消えることはできないだろうし、魔物なら多少の魔力が残るはず。
しかしここにはなにもなくて、ヘスティアは片眉を上げる。
「……足跡はあるのね」
前回と同じように、やはりヒールのような足跡は存在している。
つまりあの視線は間違いではなく、確実にここに【ナニカ】がいたはずなのだ。
だがしかしこんな短時間で、かつ痕跡も残さず逃げることなんてできないはず。
「……いったい誰が」
「ティー?」
後ろから聞こえた声に振り返れば、そこにはアルフォンスと魔物の子どもがいた。
「その子……!」
「うん。この子が捕まえられてたんだ」
詳しい話を聞き、男の子を安全に村まで送り届けなくては。
以前もあったこの視線の正体を知りたいとは思うが、まずはこちらが優先だと踵を返す。
嫌な感じだ。
まるで透明人間でも相手しているようで気味が悪い。
ふるりと震えた二の腕を掴みつつ、ヘスティアはアルフォンスの元へと向かった。
――この時にもっと深く調べておけばよかったのにと、のちに後悔することになる。




