会いたい
「お、手紙が括られたみたいだぜ」
そういうのはラスティだった。
彼の能力である使い魔を駆使して、約束の木を見に行ってくれたようだ。
彼の手の平でぴょんぴょん跳ねるうさぎを見て、ヘスティアはなんとなく屋敷で待っているであろうにゃんこを思い出した。
きっと連れていけなかったことを今でも拗ねているに違いないあの子に、なにかお土産の一つでも持って行かないと、しばらく顔面へばりつきの刑に処させるだろう。
「ずいぶん可愛い式神ね」
「こいつのせいでうさぎが食えねぇんだ」
ラスティの能力の多くは狼に近いものらしい。
鼻、耳がよくて鋭い牙を持ち、爪で相手を引き裂くこともできる。
なので味の好みもそちらに似ているらしく、好んで食べるのは肉のようだ。
それなのに式神のせいでうさぎの肉を食べれないなんて、皮肉が効いてるなと笑う。
「大切にしてるのね。式神のこと」
「そりゃ俺のためにあれこれやってくれるんだ。大切にしないわけがねぇよな?」
よしよしと頭を撫でれば、鼻をすぴすぴと鳴らし目を細める。
その仕草がにゃんこと似ていて、なんとなく手持ち無沙汰を感じてしまう。
あのもふもふに触りたいと手をわきわきとさせていると、ラスティから冷めた目を向けられる。
「なんだその手の動き。欲求不満か?」
「…………ある意味そうね。もふもふに触りたい」
ヘスティアがそう答えれば、ラスティがらそっとうさぎを渡してくれた。
膝の上に乗せて撫で回すけれど、やはりなにか違う気がする。
だがこのもふもふもいい、とにやけそうになる口元に力を込めた。
「うちにキューマの子どもがいるのよ。それがうろちょろするからよくこうして膝の上に乗せてあげてるんだけど……」
「わかる。わかるぞ。それになれると膝にいないことが違和感でしかないよな」
「――あなた、わかるやつね」
そう、その通りなのだと頷く。
絶妙な重さに優しい温かさ。
毛並みはふわふわで、体はむっちり柔らかくて。
「ぜひ今度うちのにゃんこを撫でにきなさい。最高なんだから」
「行く」
ヘスティアが毎日毛を梳いてあげているからか、にゃんこの毛はふわふわのもふもふだ。
あの毛の塊が昼に日向ぼっこをしていたら最高。
そのお腹に顔を埋めるだけで多幸感をもたらしてくれる。
「式神はなー。流石にずっと出しっぱはできねぇから…………。羨ましいな」
「毛玉との共同生活は最高よ」
力強く力説すれば、ラスティが悔しそうに唇を噛み締める。
共に暮らすまでは知らなかったそのぬくもりも、知ってしまえばあとは落ちていくだけ。
あれだけ大人になったら自然界で生きていくんだよ、なんて口にしておきながら今ではヘスティアのほうが手放せなくなっている。
思い出せば出すほど撫でまくりたいと、ラスティの式神と戯れた。
「もう一匹帰ってきたな」
「…………、」
ラスティの視線の先には、口に紙を咥えた式神がいた。
ぴょんぴょん飛び跳ねつつ近寄ってきた式神は、ヘスティアの前にやってくると手紙をんっ! と突き出してくる。
その様子すら可愛らしいと思えて、ヘスティアは式神の頭を撫でながら手紙を受け取った。
「思ったより早かったな」
「時間をかけてられないの。勇者が動いてることがバレたら、あの村人なにしでかすかわかったもんじゃないでしょ」
「確かにそうだな。相手はあの村の連中だもんな」
ラスティのいう通り、手紙を渡した翌朝にはアルフォンスからの手紙が届いていた。
つまり夜中か明け方には動いてくれたことになる。
さすがアルフォンスだと、手紙を開けて内容を読む。
「勇者っていいやつなんだな。こんな早く……相手は魔物のガキなのに。やっぱ姫様のためか?」
「それもあるけれど、魔物との和平を望んだのは他でもない勇者本人よ」
「そっか…………。あー、それで? なんて書いてあるんだ?」
平常心を装おうとしているけれど、ラスティが先ほどから焦っているのはわかっていた。
魔物の子どもの様子が気になるのだろう。
彼が無事ならばよし。
もし子どもの身になにか起きていれば……。
「…………はぁ」
「な、なんだよ! ガキは!? 無事か!?」
ヘスティアが大きくついたため息に、ラスティが過剰に反応した。
彼の目はヘスティアの些細な動作にも注視しているようだ。
これはあまり答えを先延ばしにしてもかわいそうだろうとすぐに答えてあげることにした。
「――大丈夫。勇者が保護したって」
「………………無事なんだな?」
「怯えているようだけれど、事情を説明したら信頼してくれたようよ。今は勇者の保護の元にあるから、一旦一安心ね」
「…………そうか。…………そうかぁ」
ずるずるとその場に座り込んだラスティは、己の目元を手で押さえた。
いや、隠したというのが正しいのかもしれない。
よほど安心したのだろう。
なんどもそうか、そうかと呟いている。
「村のやつらにも教えてあげなさい」
「もちろん。……これから俺たちは、姫様と勇者には足を向けて寝れねぇな」
元から姫様に足向けて寝れねぇけど、なんて軽口を叩くラスティの背中を叩き、さっさと行くよう伝える。
まずはみんなを安心させてあげることが優先だ。
走って向かう彼を見送りつつ、もう一度手紙へと視線を下ろした。
そこには今後のことについて、さらには魔物の子どもを明け渡すためにもう一度会いたいと書かれており、ヘスティアはなんだか嬉しくてつい笑ってしまう。
思ったよりも早く彼の元に帰れそうで安心したのだ。
「…………会いたい、ね」
昨日も会ったはずなのに、もう寂しいと思うのはおかしいのだろうか……?




