拝啓、お父様
問題はどうやってあの村に入るか、である。
アルフォンスへの接触を試みたいのは山々だが、今のヘスティアはもうあの村人から敵視されまくっていることだろう。
元々魔物の姫であることがバレている上に、村を襲いにきた魔物たちを引き連れどこかへと消えた。
それがひょっこり帰ったからと言って、黙ってアルフォンスに会わせてくれるとは思えない。
さらにいうならそんなヘスティアが魔物の子供を攫っただろうと問い詰めたところで、信ぴょう性がないとかなんとか言われるに決まっているのだ。
なのでなるべく村人にはバレずにアルフォンスに接触したいのだが……。
「うーん……」
腕を組みながら唇を尖らせる。
さすがにあれだけ拒否しまくってたアルフォンスを無視してこちらにきてしまったため、あちらがちゃんと話を聞いてくれるか少しだけ不安だ。
行くな、やめろと瞳で訴えかけてきたアルフォンスを思い出し、そっと息をついた。
今頃とても心配していることだろう。
大丈夫だというのに心配性の夫だ。
全く……と呆れつつも無意識に口端は上がる。
馬鹿だなぁ、私は強いのに。
なんて思っていると、突然後ろから声がかけられた。
「なにニヤニヤしてんだ。……気持ち悪いぞ」
「後ろとらないで。しっぽ刺すわよ」
「へいへい。悪かったよ」
テーブルの前に腰を下ろしているヘスティアの前に、ラスティが少しボロい紙と羽ペンを置いた。
「こんなんなにに使うんだ?」
「文字書くのよ」
「…………姫様俺のこと馬鹿だと思ってる?」
「事実を言ったの。……私が今ここにいること、たぶん魔王は気づいてるわ。だから私がいない間に関係者が来た時に、変に怪しまれたりしないように手紙を残しておくの。じゃないとあなたたち、軍に根掘り葉掘り聞かれるわよ」
「――……その手紙俺が大事に持っとく」
魔王軍の恐ろしさは子供だって知っている。
彼らがここに派遣されたら、さまざまなことが明るみに出るだろう。
それこそ、人間を害そうとしたことも。
もちろん子供が攫われたことも知るだろうが、ならば軍に指示を仰ぐべきだったと言われて終わりだ。
魔王の命令に背いたと、下手したら反逆の罪で死刑になってもおかしくない。
さすがにそれはかわいそうだと、ヘスティアが一筆残しておいてあげるのだ。
さらさらっと紙に書き上げたそれを、ラスティへと手渡す。
「誰がくるかわからないけれど、これを渡しなさい。軍の上層部の人間ならこれが私の魔力だってわかるはずだから」
文字を書きつつ少量の魔力をインクと紙に移す。
軍の上層部であればヘスティアと面識があり、魔力を感じとることができるだろう。
ちなみに手紙には主に二つの内容を書いておいた。
一つはここにいる理由。
勇者と共に魔族と人間のため動いていると、簡単に説明しておいた。
だから軍はこの村に止まり護衛せよと。
これでもし仮に人間たちが暴動なりを起こそうとしても大丈夫なはずだ。
まあ魔物が人間にやられるなんてそうそうないと思うが、彼らとて馬鹿ではない。
過去にはいたらしい魔法使いが残した秘術、なんてものを持っていないとも限らないのだ。
用心はしておいた方がいいだろう。
そしてもう一つは父である魔王へ。
黙って娘の成長を見守れ、と。
そして自分が選んだ勇者を信じろ、と。
ただそれだけだ。
「こっちはこれでいいとして……。勇者に会う手があるのか? あの村人のことだ。簡単には会わせてくれねぇだろ」
「…………そう、よね」
魔王軍はこれで済むからむしろ楽な方だ。
問題は人間側。
しかも向こうが悪事を行なっているとなると、必ず面倒ごとになるだろう。
アルフォンスに会えれば全て済むのだが……。
こうなるとやはり己はどこまでいっても魔物なのだなと実感する。
勇者に嫁ごうが結局は人にあらず。
こういうことになった時に、行動を制限されるのはとても面倒だ。
「でもなんとかするしかないわ」
魔物のため、さらにはアルフォンスのためにも踏ん張り時だなと思いつつも、どうしてもさて行こう! とはならない理由がある。
それは……。
「…………どうしよう」
「ど、どうした? なんか手伝うことあるか?」
「…………ないわ。ただ……私の覚悟が決まらないだけ…………ぅっ」
そう。
ただヘスティアが覚悟を決めればいいだけだ。
あの村の人間たちに怪しまれず、なおかつアルフォンスに接触できる最高の選択がある。
だからそれをただ選べばいいだけなのだが……。
「……やるしかない。そう、やるしかないのよ…………!」
覚悟を決めろヘスティア! と心の中で叫ぶ。
これは必要なことなのだと力強く頷き、ヘスティアは立ち上がった。
「――いって、くるわ!」
「お、おぅ……」
あまりにも鬼気迫るようすのヘスティアに怯えるラスティには申し訳ないが、こんな顔にもなるというもの。
なぜなら別の意味で己の身に危険が及ぶ可能せがあるのだから。
「――絶対、バレないようにしなきゃ……っ!」
そう言って歩き出したヘスティアの髪は、徐々に赤く染まっていった――。




