悲劇の親子
「で? なんでこんなことになってるの?」
「……まあ、そうなるよな」
久しぶりに魔界にやってきたなと、懐かしい気配のする空気にほっと息をつく。
魔界と人間界に隔たりというものはなく、地図上にのみ線が引かれているだけだ。
だがしかし実際には魔王が魔界全体に気を張り巡らせているため、わかるものにはわかることがある。
ここが、魔王のテリトリーなのだと。
いくら魔力を抑えつけているとはいえ、さすがに魔王にはヘスティアが魔界に入ったことはわかるだろう。
もしかしたらなにかアクションがあるかもしれないが、まあそうなったらちゃんと理由を説明すればいいと頭の隅に置いておいた。
案内された一室。
そこの一番いい席にヘスティアは座り、足と手を組んだ。
「人間への攻撃は御法度よ。お前たち、魔王の命令を無視するつもり?」
「滅相もない。俺たちは魔王様に忠誠を誓ってる」
「…………やっぱりなにか、原因があるのね?」
「…………ああ」
魔物たちは顔を合わせ少しだけ言いにくそうにしつつも、意を決したように口を開いた。
「はじめはまさかな、っていう疑問だったんだ。魔物のガキが行方不明になってて……」
「ここらへんは森があるから迷ったのか、はたまた野犬にでも襲われたのかってみんなで探し回ったんだ」
「でもそこで……人間が使う罠を見つけて…………」
「…………まさか、人間が?」
魔物たちはただ黙って頷いた。
そんな魔物たちを見つつも、なるほどなと顎に手を置く。
もし仮にこの話が本当ならば、魔物たちの行動にも納得はできる。
もちろん本来なら各地に配備されている軍に指示を仰ぐのが正しい選択だ。
私刑は許されていない。
彼らが行おうとしていたことは、長である魔王を裏切る行為だ。
決して褒められることではないが、その気持ちもわからないわけではない。
特に親の気持ちを考えると……。
「……確証はあるの?」
「…………おい。連れてこい」
リーダー格なのだろう。
ラスティと呼ばれた男性の指示で、数人が部屋を出ていく。
しばらくして戻ってきた魔物たちに連れられていたのは、一人の人間の女性だった。
魔物たちを怖がり青ざめてはいるが、怪我をしているような様子はない。
ひとまず彼らがむやみやたらに人を傷つけているわけではないことに安心しつつも、なぜここに人間がいるのかとラスティへ顔を向けた。
「……どういうこと? なんで人間がいるの?」
「人間が魔物を攫ってるんじゃねぇかって疑って人間たちのところに行ったんだよ。そしたらあいつら、この女とガキを押し付けてきやがったんだ。……ガキは途中で逃げたらしいが」
「…………どういうこと?」
さっぱり意味がわからない。
なぜ人間たちはこの女性とその子供を魔物たちに押し付けたのか。
ラスティの言葉を頭の中で反芻した時、あれ? とあることに気づいた。
そういえば最近、この手の話を聞いたことがなかったか?
母親とともに魔物に渡された半魔の男の子。
「あいつらやっぱり魔物を攫ってやがったんだ。それでまずいと思ったのか同胞であるこの女を生贄にしやがったんだ。しかもそれだけじゃねぇ!」
ヘスティアはまさか、と女性をその瞳に映した。
「この女に聞けば一緒に渡そうとしたガキ、半魔だっていうじゃねぇか! あいつら厄介払いもかねてこの親子捨てやがったんだ! 最低な奴らだぜ!」
どうやらラスティは義理人情に熱いタイプらしい。
人間たちに馬鹿にされたというよりも、親子を犠牲に助かろうとしたことへの怒りのように感じられた。
案外いいやつらしい。
これなら話ができそうだと、ヘスティアは本腰を入れた。
「なるほど理解したわ。つまり人間たちが魔物の子供を攫ったことが発端で、あなたたちは子供を返してもらおうとした。しかし人間たちは彼女とその息子である半魔を生贄にして逃れようとしたと……。だから今日また村にきたのね?」
「この女から詳しい話を聞いたんだ。最初は怯えて話もできなかったけど、飯とかやってるうちに話してくれるようになってな。やっぱりあの村のやつらが魔物のガキを攫ってやがったんだ!」
強く拳を握り締めたラスティは、しかしすぐに手から力を抜いた。
さらには表情もどこか悲しげになり、少しだけ声をひそめてヘスティアに話しかけてくる。
「あの女に聞いたんだ。とある魔物と恋仲になって子供を授かった。もちろん隠れてだ。村の奴らにはバレないようにしてたらしい。けれど産んだ子供を見た村の連中が、相手である魔物を殺して、女のことは魔女と呼んで酷い仕打ちをしたらしい。……話してるだけでブルブル震えてた」
「…………そう」
村の連中の話によれば、親子は村のためと喜んで生贄になったらしいが、やはり嘘だったのだとわかる。
あの村の胡散臭さがさらに増した気がした。
「彼女、どうするつもり?」
「……一応人間の村に帰ることもできると伝えはしたが、もう戻りたくねぇって。ただどこかへ行っちまった子供のことだけはずっと気にしてるんだ。なんとか会わせてやれたらいいんだが……」
「それなら大丈夫よ」
小首を傾げて不思議そうな顔をするラスティに、ヘスティアはこくりと頷いた。




