呆然と
「…………どう思った?」
「………………十中八九、素直に話してはいないだろうね」
そう言ってふう、と息を吐き出したアルフォンスの横顔を、ヘスティアはじっと見つめた。
村の長である男にあの半魔の男の子の話を聞いたのだが、返ってきたのはあまりにもお粗末な内容であった。
あの親子は自ら村のために犠牲になったのだと、男はそういったのだ。
実際にあの男の子の様子を見ているヘスティアたちに、そんな見え透いた嘘を口にしてきた。
ずいぶん滑られたものだなと、ヘスティアは鼻で笑ったくらいだ。
「そもそもだ。魔物たちはなんのためにこの村に攻め入ったんだと思う?」
「さあ……。少なくとも人を害したいから、ではないと思いたいわ」
「魔王が禁止していることを、魔族たちはするのかい?」
「まずしないわ。彼らは魔王を恐れるとともに崇拝もしている。彼の命令を無視するなんて、よほどのことがあった時だけよ」
「…………そう。ならなおさら、あの男の言っていることは信用ならないな」
ヘスティアはちらりと用意された部屋の窓から、外を眺めた。
そこにはアリアがおり、子どもたちと楽しそうに遊んでいる。
一見すると平和な村だけれど、どうやら裏があるらしい。
ヘスティアは腕を組みつつ、視線をアルフォンスへと戻した。
「……ねえ。いい案があるんだけれど」
「案……? なんだろう。とっても嫌な予感がするんだけど」
さっと表情をこわばらせたアルフォンスにあることを言おうとしたその時だ。
ヘスティアの耳に悲鳴が届いた。
「――、今の声」
「外だ!」
アルフォンスとともに外へと出れば男たちはみな手に武器を持ち、村へと続くあの大きな扉のほうを見つめている。
一体何事だと固まる人々を押しのけ向かえば、そこには数人の魔物が立っていた。
「――あれは……」
「どうして魔物がここに」
驚くヘスティアとアルフォンスをよそに、村の長であるあの男がその魔物たちの前へとやってきた。
彼はひどく汗をかいており、手にハンカチを持って額を拭う。
「ま、魔物が何用だ!?」
「あ? 何用だ、じゃねえよ」
怒りをあらわにする魔物たちに、人間たちは小さく悲鳴を上げる。
一体なんなのだとことのなりゆきを見つめていると、魔物のまとめ役なのだろう若くたくましい男が一人、長の胸ぐらを掴んだ。
「てめえら、魔物のガキをどこへやった!」
「――な、なんのことだか……」
「しらばっくれるんじゃねえ! てめえらが誘拐してんのはわかってんだよ! こちとら魔王様の命令がなければ、こんな村速攻焼き払ってんだぞ。わかってんのか!?」
「ひい!」
青ざめ震える長を見つつ、ヘスティアは眉間にシワを寄せた。
一体どういう意味だ?
魔物の子どもとは、今も王城で己の母親のことを心配しているあの男の子のことだろうか?
だがそれにしてはなにやら様子がおかしいと思っていると、怒りに青筋を立てる魔族の男の腕をアリアが掴んだ。
「お待ちなさい! 私はこの国の王女、アリア・エーテルナです。話なら私が聞きます。だから……」
「あ? 王女? んなもん興味も――」
「ああ、そうだ! 全部こいつがいけないんだ!」
「――え、きゃあ!」
止めに入ったアリアの背中を、長が強く押した。
そのせいで倒れ込んだアリアは、小さく悲鳴を上げる。
慌てて騎士たちが助けに行こうとするが、そこをたくさんの市民たちが囲んでいるせいで、向かうことができないでいた。
そう、囲んでいるのだ。
市民たちが一心不乱に、アリアに向かって指を指して。
「そうだそうだ! この村がこんなふうになったのもすべて、なにもしてくれない王族が悪い!」
「私達が苦しい時、なにもしてくれないのに今更なんだっていうのよ!」
「全部王族が悪いんだ! 私達がひもじいのも、魔物たちが襲ってくるのも!」
「…………」
アリアは乱れた髪の間から、呆然と民たちを見つめる。
人々の声はまるで伝染するようにあちこちから上げられて、とてもじゃないが正気だとは思えなかった。
彼らは声を張り、土煙を上げ、石を投げた。
そこにいる、アリアに。
「お前たち王族がなにをした!? 税をとるだけとって、必死に生きる私たちになにをしてくれた!?」
「魔族との戦争なんてしなければ! 私の父は死ななかった!」
「そんなきれいな服を着て! 私たちをバカにしているのか!」
ああ、なるほどとヘスティアは民たちの声を聞く。
彼らはもう、王族を見限っていたのだ。
歓迎する素振りを見せて置きながらも、どこかで機を伺っていたらしい。
王族に反旗を翻す、その時を。
「せめて最後に私たちの役にたて! 魔物よ、その女がすべての元凶だ! お前たち魔族の子どもが消えたのも、全部全部全部、その女の仕業だ!」
「……ほう。この女の、なあ。じゃあさっさと首の一つも切り落とさないとなあ」
恐ろしい光景だなと、ヘスティアはどこか冷静にその様子を眺めていた。
ついほんの数秒前まで、アリアは子どもたちと土に絵を描いて遊んでいたというのに。
今の彼女は土に汚れ、膝から血を流して呆然とその様子を見つめている。
まるで今起きていることを、理解できていないというように。
流石にこのままではまずい。
最悪本当にアリアの命を奪われてしまう。
それだけは、避けなくてはならない。
いくら騎士たちの責任だと言おうとも、よくない噂くらいは立ちそうだ。
面倒事に夫を巻き込みたくないと、ヘスティアは今にも腰の剣を抜こうとしているアルフォンスに声をかけた。
「ちょうどいいわ。さっきの話。私が魔物たちから話を聞くから、あなたは待ってて」
「――ヘスティア? 一体なにを……」
「いい? 『私』を、待ってて」
ヘスティアはそれだけ言うと留めていた魔力を開放し、背中から羽を生やした。
向かう場所はアリアの元。
彼女の隣へと舞い降りたヘスティアは、腰に手を当てて口を開いた。
「止まりなさい。これは命令よ」




