急に
そうは言っても相手はあの勇者だ。
みんななんだかんだとお近づきになりたいのだろう。
彼はあっという間に連れていかれ、気がついたらそばにはいなかった。
村についたのが夕方ということで詳しい話は明日聞くことになり、今は歓迎の宴が開かれている。
ヘスティアから離れるのを躊躇っていたアルフォンスを向かわせたのは自分だ。
情報を得る機会は多いほうがいいと、男性たちと酒を交わしている彼の後ろ姿をぼーっと見つめる。
そのそばには騎士に守られつつも、村の女子供と楽しげに談笑するアリアがおり、可能なら情報を得てほしいが無理だろうなと鼻を鳴らした。
「…………」
そんな楽しげな雰囲気の中、ヘスティアは隅の方で一人静かに佇んでいた。
壁に背中を預け、ぼーっとし続ける。
この宴が終わるまでは下手なことはしないほうがいいだろう。
人の目のつかないところに行くのもよろしくないだろうと一人静かにしているのだが、いかんせん暇である。
ゆっくりと膝を折り抱え込みつつ、地面を無意味に眺めた。
あと何時間こうするのだろうかと大きくため息を吐こうとした時だ。
「ムカつかないんですか?」
「…………」
今目の前に人が立っているのは気づいていた。
だがあまりにも意外な人すぎて、まさか話しかけてくるなんて思っていなかったのだ。
ゆっくりと瞳だけを上に動かせば、そこにはアリアの騎士がいた。
「………………私に話しかけてる?」
「あなた以外に誰がいるんですか?」
そういうと乱暴に隣へと座り込み、持ってきたのだろう焼いた肉の串へとかぶりついた。
その様子を横目で見つつ、この男は一体なんなのだと訝しんだ。
少なくともアリアと一緒にいた時はヘスティアに一才の興味を持たないやつだと思っていたのに、まさか話しかけてくるなんて思わなかった。
「こんなわかりやすく邪険にされて、ムカつかないんですか?」
「……私、聖人君子じゃないわよ」
「ああ、よかった。あんな態度されてムカついてないなら、それはそれでヤバいやつだなと思ってたので」
本当になんなのだろうか?
なぜ名前も知らない男にこんなことを言われなくてはならないのだ。
とても不愉快なので無視しようかとも思ったけれど、本当にたまたま、とても暇だったから少しだけ相手をしてあげてもいいと口を開いた。
「あなたなにがしたいの?」
「なにって?」
「私に興味なかったんじゃないの?」
「興味? 普通にありますけど、逆になんでそう思ったんです?」
「……だってあなた、挨拶の時こっちを一度も見なかったじゃない」
「そりゃ仕事中ですから。あの脳内お花畑のお姫様、なにしでかすかわからないですし」
「…………」
「なんでそんな驚いた顔するんですか?」
そりゃ当たり前だろうと、ヘスティアは驚愕の顔のまま騎士を見つめた。
確かこの男がリヒトの専属騎士だったはずだ。
つまり王族に仕える存在であり、リヒトを主人としているはずなのに、その妹であるアリアをそんなふうにいうなんて思ってもいなかった。
彼の言い方的にアリアのことを軽視しているのがわかったので驚いていると、そばに置いていたらしい酒を煽る。
「俺、一応専属騎士なんてやってますけど、別に王族に敬意とか小指の先ほどもないんで」
「……そうなの?」
「給金いいからやってるだけなんで」
そういうものなのかと驚く。
まあ王族への敬意や尊敬は人それぞれなのだろうけれど、まさか専属騎士からそんなことを聞くなんて思ってもいなかった。
その人に生涯仕えると決めたものだけがなることができる専属騎士。
なのに彼自身には一才の忠誠心がないなんて……。
驚くヘスティアに、男は皮肉そうに口端を上げた。
「そりゃ忠誠心なんてあるわけないでしょ。専属騎士ってもっと大切なものなのに、犬猫みたいに妹につけるんですよ? この話聞いたとき思いましたよ。あーこれはダメな兄妹だなって」
「あー…………」
それはまあ確かにそうだ。
いくら兄妹、王族だからとはいえ専属騎士を他人に貸すというのはいかがかものか。
魔界にはない制度だけれど、過去ヘスティアを護衛していた軍の人たちも似たような感覚だった。
王族への敬意と、守る対象への尊敬。
専属ですらないのに彼らはヘスティアへ忠誠を誓い、守ることに誇りを持っていた。
一軍人ですらそうなのに、専属騎士と名のつくものたちならもっと思うところはあるだろう。
思えば確かにおかしなところだったな、とうんうん頷いた。
「それはまあその通りね。あなたの言いたいことはわかるわ」
「そりゃよかった。……思えばあなたも王族でしたね」
「この国の、とは少し違うかもだけれど」
「…………寂しい?」
「え?」
「ここにあなたの味方なんていないでしょ? 寂しいのかなって」
「…………」
寂しいか寂しくないかと聞かれたら、寂しいに決まっている。
生まれた時からそばにいてくれた人たちなのだ。
たくさんの愛情を注いでくれたみんなのそばを離れるのは……とても寂しかった。
けれどそれでも。
「寂しいとか関係ないわ。私は、魔族の姫なんだもの。この結婚で彼らが少しでも前を向けるのなら、私の感情なんて不要よ」
まあこう思えるのも相手がアルフォンスだったからというのは大きい。
だがこの相手が誰であれ、最終的にヘスティアは政略結婚を受けただろう。
それが王族に生まれたものの責務であることは、重々承知していた。
だからそれを口にしたのだが、騎士は大きく目を見開き固まる。
「…………」
「…………ちょっと、なんか反応しなさいよ。なんか自分語りしたみたいで恥ずかしいじゃない」
「…………いや、なんというか、そんなふうに思う王族いるんだなぁ、て驚いてました」




