相容れない
「勇者様ー!」
「よくぞお越しになられました!」
「この村をお救いくださいー!」
「姫様ー! 王家はこの村を見捨てなかった!」
「ああ! なんてありがたいんだ!」
「…………すごいわね」
アルフォンスとアリアがやってきたことへの盛り上がりはすごいなと、ヘスティアは村の中を歩きながら思う。
まるで凱旋の如き市民たちの盛り上がりに、アルフォンスは戸惑いアリアは微笑みながら手を振りかえしている。
そんな二人の後ろを、ヘスティアと騎士たちが歩く。
「まあ、アルフォンス。みなさん歓迎してくださっていますよ? ほら、手を振ってください」
「いや、俺は……」
あまり勇者として待遇されることにいい気がしていないアルフォンスは、アリアからの提案に戸惑い気味だ。
手を振る様子がないことに気づいたのか、アリアはそっとアルフォンスの腕に己の腕を絡めた。
先ほどよりも大きな歓声が沸く。
その様子を見てなるほどと納得した。
こうやってアルフォンスとアリアが想い合う恋人同士なのだと噂されたのか、と。
押されると弱いところがあるんだなぁ、とアルフォンスの背中を見つつ歩き続けていると、どこからともなく太った男が近づいてきた。
「勇者様、姫様、このような辺鄙なところにお越しくださり誠にありがとうございます。ぜひ、我が屋敷へとお越しくださいませ」
「まあ! ありがとうございます。お世話になります」
「狭く汚いところですが、どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」
どうやらあの男がこの村の長らしい。
周りを見るからにそこまで裕福な村ではないのはわかるが、この男は腹がでっぷりと出ている。
さらには指や首に金の装飾をしていることから、典型的な裏金欲しさのトップなのだとすぐに気づけた。
アルフォンスもその様子に気づいたのか、男を見る目つきは鋭い。
「ささ! お連れ様もどうぞこちらへ。……失礼ですが、そちらの方は…………?」
勇者と姫。
そしてその姫を守る騎士は見ればわかるだろう。
だがそこに見知らぬ女性がいれば確かに気になりはするかと軽く頷く。
身なり的にもアリアの侍女に見えないヘスティアにどういう対応をするべきか戸惑っているのだろう。
これについては旅に出る前からアルフォンスと話のすり合わせをしている。
ここでは魔物であること、アルフォンスの妻であることは隠すつもりだ。
ただでさえこの村は魔物とのあれこれで過敏になっているはずなので、いらぬ刺激を与えたくない。
勇者の妻が魔族の姫であるとどれだけの人が知っているのかはわからないが、言わなくていいことをわざわざ広める必要はないだろうとの意見であった。
なのでここは勇者一行の一人、という扱いでいこうというアルフォンスの提案に乗るため、そう名乗りあげようとしたその時だ。
ヘスティアの腕に己の腕を絡めたアリアが、大きな声で言った。
「すごいんです! ヘスティアさんは魔族の姫なんですよ! この村のことを心配して、一緒に来てくれたんです!」
「――、」
ヘスティア無意識のうちに、己の隣に立つアリアをものすごい目で見ていたことだろう。
どうしてこんな風に、なにも考えずに行動ができるのか、全くもってアリアの脳内を理解できない。
今すぐにでもこの口を塞いで天高く飛び立ちたいが、残念ながらここにはアルフォンスがいる。
彼を残して去ることなんてできなくて、ヘスティアは痛いくらいの視線をその身に受けた。
「…………ま、ぞくの姫?」
「ええ! そうなんです。ヘスティアさんはあの魔王の娘で、私たちと仲良くするためにこの国にやってきたんです」
「…………仲良くって、」
困惑した表情をする人間たちに、ヘスティアはたまらず額を抑えた。
彼らの反応は至極真っ当だ。
突然魔物の姫が現れて普通でいられるはずがない。
慌てて子供を隠すもの、近くにある武器を視界に入れるもの、怒りに顔を歪めるもの。
少なくとも好意的なものは一つもない視線に、ヘスティアははぁ、と大きくため息をついた。
「やめなさい。あなたね、わからないの? 今のこの状況――」
「姫様に近づくな!」
「姫様! 早くこちらに!」
アリアの手をひっぱり、ヘスティアから彼女を庇うように立つものたちの手には、武器が握られている。
明確な殺意を村人から向けられてはいるが、ヘスティアは至って冷静に彼らの顔を見つめた。
さすがに魔族となんども対峙してきた村人たちだ。
刃を持つものたちの目には、強い殺気が込められている。
これはまずい気がする、と一歩足を後ろへと下げた時だ。
アルフォンスがヘスティアと村人の間に割って入ってくる。
「待って! 彼女は俺の妻だ。君たちを傷つける意思はない」
「…………妻? 勇者の……?」
「そうだ。彼女は今この村で起きてる問題を解決するため、俺と一緒にやってきたんだ。攻撃の意思はない」
「…………だが魔物ですよ? あんなに野蛮ですぐ人を傷つける魔物を信じるなんて……」
「大丈夫。君たちが不安だというなら、俺がずっとそばにいるから」
「…………まあ、勇者自ら見張ってくださるというのなら」
「見張るなんて言い方……」
「いいわよ」
村人に言い返そうとするアルフォンスを止める。
彼の怒りは嬉しいけれど、今の雰囲気的に村人になにを言っても無駄だろう。
鋭い視線を一身に受けながらも、ヘスティアはそっとアルフォンスの服を掴む。
その行動は本当に無意識だった。
たぶん、少しだけ不安だったのだろう。
彼の背中にもう少しだけ近づきながら、ヘスティアはぼそりと呟いた。
「これが普通よ。……あなたが、優しいだけ」
 




