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前途多難

 結婚式の翌日。

 勇者が国から与えられた街にある屋敷。

 そこの一室に、ヘスティアはいた。

 天蓋付きのベッド、ふわふわのソファー、足首まである赤い絨毯。

 豪華であろうその部屋で、ヘスティアは呆然と窓辺に座り空を眺めていた。

 緩やかに風に乗り空を漂う雲を、こんなにも羨ましいと思う日がくるとは思ってもいなかった。

 暇だなと、くあっとあくびをした時、扉がノックもなく開けられた。


「食事の時間です」


 入ってきたのはこの屋敷の侍女長だ。

 昨晩この屋敷の主人によって、主要な人は紹介された。

 その中の一人だったわけだが、なるほどなと目が座る。

 昨夜の段階からずいぶん反抗的な視線を向けてくる人だと思っていたが、今の態度ですぐに理解できた。

 どうやらこの少し年のいった女は、ヘスティアがこの屋敷の女主人になることが気に食わないようだ。

 ガチャガチャと大きな音を立てて三人ほどの侍女が入ってくると、テーブルに食事が置かれた。


「早く召し上がってください。それとも魔族には人間の食べ物は食べれませんか?」


 にやにやと侍女長が笑えば、周りにいた侍女たちもくすくすと声を上げ始める。

 なにが楽しいのかわからないなと思いつつ、テーブルに座るとひとまずスプーンを持った。

 別に魔族だからって人間界の食事を取れないわけではない。

 似たような味や香り見た目のものもあるし、実際いくつか食べたことがある。

 フィンからもらったキャンディーなるものはとてもおいしかった。

 そんなわけで食べられないわけではないし、魔族とて腹は減る。

 食事から魔力を補うこともあるため、ありがたく頂こうとスープを一口飲んで動きを止めた。


「――」


「美味しいですか? 魔族の人の好みがわからないので色々試したらしいんですが」


 初めてこの屋敷に来た時に思ったのは、使用人たちは皆主人を尊敬し敬っている。

 彼が帰ってくるだけで屋敷は華やぎ、人々は笑顔で彼を出迎えた。

 素敵な屋敷だ。

 

 ――ヘスティアが来なければ。


 皆嘆いたのだろう。

 この国の勇者として戦った彼に待ち受けていたのは、見知らぬ魔族の姫との結婚だったのだから。

 そもそもこの結婚に至った理由は、勇者が魔王を倒しにきたからだ。

 激しい戦いの末、勇者側魔王側共に瀕死の重傷を負い戦いは一時休戦。

 双方のダメージを考え停戦協定が結ばれ、和睦の証として魔族の姫であるヘスティアと勇者であるアルフォンスが結婚する形となった。

 言ってしまえば体のいい生贄だ。

 そういった意味では、確かにヘスティアという存在は彼らの主人を苦しめる存在だ。

 だから別に歓迎されるなんて思ってはいない。

 しかし、これはどうなんだ?

 ヘスティアはゆっくりと立ち上がると、楽しげに笑うメイド長の顔面に向かってスープをぶちまけた。


「きゃあ!」


「侍女長! 大丈夫ですか!?」


 倒れ込んだ侍女長を他の三人が支えている中、ヘスティアは空になった皿をふらふらと振る。

 熱さはそこまででもない、むしろ冷めきっていたから火傷などは負っていないはずだ。

 頭からびっしょりスープをかぶった侍女長は、きっと責めるような視線を向けてきた。


「なにするんですか!?」


「なにをする? それはこっちのセリフよ。なにこのスープ。冷めてるし味もおかしいし、なによりこの具。まるで残り物みたいじゃない」


 そもそも持ってきた食事すら気にいらない。

 明らかに冷めたスープ。

 痛みが目に見える野菜が使われたサラダ。

 質の悪い魚のソテーに、パサパサに乾燥したパン。

 悪意を感じるこのメニューに、怒りを露わにしない人はいないだろう。

 特にヘスティアは馬鹿にされるのが大嫌いだった。


「それとも勇者の家はこんな質の悪いものしか食べれない貧乏な家なのかしら?」


「――な! この屋敷を馬鹿にするのは私が許しませんっ!」


「馬鹿にしてるのはお前でしょ。私はこの屋敷の女主人なのよ? そんな人にこんなものを出すなんて、この家の底が知れるわよ」


 ぎゅっと唇を噛み締めている侍女長の前に立ち、腕を組んで顎を上げた。

 ここで下手に出てこれから先、馬鹿にされ続けるなんて絶対に嫌だ。

 だからこそはっきりとさせておかなくてはならない。


「ちゃんとしたものを持ってきなさい。お前の主人を馬鹿にされたくなければね」


 悔しそうな顔をした侍女長は、決して従順になったわけではないと目で訴えてきた。

 キッと強くこちらを睨みつけると、他の人たちに手伝ってもらい立ち上がる。


「結婚初夜に相手にもされなかったくせに、なにが女主人ですかっ」


 ぼそっとつぶやかれた言葉に、きらりとヘスティアの目が光る。

 いっそこのまま手に持った皿で頭を殴ってやろうかと力を込めたが、それよりも早く侍女たちに連れられて部屋を出て行った。

 残ったのは最悪な食事と汚れたカーペットで、朝から面倒なことになったなとため息をつく。


「……悪かったわね、魅力なくて」


 別に相手にされたかったわけじゃないけれど、一晩中待ちはしたのだ。

 一応初夜だしなにかあるかもと。

 けれど男は予想通り現れることはなく、ヘスティアは結婚初夜に相手にもされないかわいそうな女になったのだ。

 侍女長に馬鹿にされてもおかしくはないな、と鼻を鳴らした。

 もう一度窓辺へと腰を下ろし、一晩中寝ずに待ったせいで働いていない頭をゆっくりと振る。


「……どうなるかしら?」


 これから先の己の生活を嘆いて、ため息しか出なかった。

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