菊池VR
人生に疲れたと思った。
過去にも未来にも特別に良いことなどない──そう思えてしまったら、なんだか生きていることが嫌になってしまったのだ。
「先生……、私は病気なのでしょうか」
医者は少しだけ考えてから、きっぱりと言った。
「病気です。ただ、こういう病気は誰にでもあるものですので……」
「薬とかあるのですか?」
「特効薬があります」
そう言うと、医者はVRゴーグルをサクッと取り出した。
「さぁ! これを被って!」
「なんですかいきなり」
私はちょっと怖くなって診察室を駆け出しかけた。
「いいから! 被って!」
「うわあぁあっ!」
私は無理やりそれを被せられたのだった。
タイトルロゴが浮かび上がった。
『菊池VR』
辺りの景色は見慣れたものだった。私の住んでいるアパートから職場へ向かう道の風景だ。
「こ……、これは……!」
私は自分の手を見た。それは見慣れた私の手ではなかった。
性別が変わっているようだ。声もいつもの自分の声ではなかった。
「菊池さーん!」
手を振りながら、向こうから誰かが駆けてきた。
「あっ……! あなたは……」
私は目を疑った。それは私が強力に推しているあの芸能人だったのだ。
私は押しの芸能人と一緒に見慣れた街を歩いた。
「菊池さんのことが好き」
押しの芸能人が並んで歩きながら、言った。
「菊池さんのことが大好きなんだ」
でも私の名前は菊池ではない。このVR空間の中ではそういう名前のようだが、私は──
「菊池さん、結婚してほしい」
推しにそう言われ、私は菊池を受け入れた。
良いことばかりが起こった。
楽しい毎日が続きまくった。
そうなると、今度は不幸に憧れはじめた。
人生に疲れたと思った。
過去にも未来にも特別に波乱万丈な悪いことなどない──そう思えてしまったら、なんだか生きていることがつまらなくなってしまったのだ。
「先生……、私は病気なのでしょうか」
医者は少しだけ考えてから、きっぱりと言った。
「病気です。ただ、こういう病気は誰にでもあるものですので……」
「薬とかあるのですか?」
「特効薬があります」
そう言うと、医者はVRゴーグルをサクッと取り出した。
「さぁ! これを被って!」
「なんですかいきなり」
私はちょっと怖くなって診察室を駆け出しかけた。
「いいから! 被って!」
「うわあぁあっ!」
私は無理やりそれを被せられたのだった。
タイトルロゴが浮かび上がった。
『山田VR』