・再びイザヤへ - 俺の妹が世界で一番かわいいだろう -
「下がれっ、ボンッ!!」
先輩に下がれと言われ、俺は条件反射で後方へ飛び退いた。
するとそこにいたのはトマスじゃなかった。
なんて呼んだらいいのかわからん、グニャグニャの変な霧のお化けがいた。
それをあんだけお化けを怖がっていたカミル先輩が、薙払いで叩き斬りながらこちらに飛び込んで来た。
「手応えがないっ!! これっ、本物のお化けじゃないかーっ!!」
「はははっ、斬ってから怖がるところが先輩らしい!!」
霧の怪物は壁のようになって正面を包み込み、まるで喰おうとするかのように大口を開ける。
その口に重弩をぶち込んでみた。
すると音にでも驚いたのか、はたまた気流の力か、その怪物は考古学実習室の中に吸い込まれるように消えた。
「突入だ、ボンッ!」
「いいのか? あれは先輩の苦手なお化けだぞ?」
「怖い! なら倒せばいいっ!!」
「どうやって? どうやって身体のないお化けを倒す?」
「僕の腐食の力を、君の矢に与える!!」
そりゃえげつないな。
カミル先輩は装填された矢に、世にもえげつない力をエンチャントした。
果たしてお化けに腐食の力が効くのか?
まあ、毒や死病よりは可能性がありそうだ。
「ぶち込んで、ダメだったら撤退。セラ女史に始末してもらおう」
「セラ教官に教わった術で、僕がターゲットに印を刻む! 君はそれをただ撃つだけでいい!」
「いいな、それでいこう」
俺たちは考古学実習室に突入した。
あの霧のお化けが具体的な塊となったせいか、今ならば霧が晴れていた。
突入した俺は、突入と同時に先輩が刻んだ印に重弩を構えた。
いや待て、そこを撃つのか?
見えない俺が言うのもなんだが、そこは何か違うような気がするんだが……。
「撃てっ、グレイボーンッッ!!」
「なんか違う気もするが、ヨシッッ!!」
先輩は正面の霧のお化けとは見当違いのところに光る印を刻んだ。
俺はそれを信じて、それがなんなのか全くわからんが、信じてトリガーを引いた。
するとなんてことだ。
世界が割れた。
そうとしか言いようのない奇妙な現象が起き、霧の怪物どころか、イザヤを覆う霧ごと、全てがかき消えていった。
廊下にあった学生たちの喧噪が消えた。
いや、新たにたくさんの人々の悲鳴が上がり、彼らは衝撃の連続にさらに絶叫した。
実習室に突然、重弩と剣を持った男女のペアが現れ、その片方が轟音を轟かせて室内で重弩をぶっ放した。
放たれた矢は窓際の石造りの壁をぶち抜き、人が通れるほどの大きな風穴を作り出したと来る。
そりゃ驚いて当然だった。
「グレイッ、何をしているのっ!?」
聞こえて来たのはまたトマスの声だった。
「カミルさんまで、いったい何を……?」
よかった。今度はジュリオの声もあった。
今度の2人の声は先ほどよりも鮮明で、本物のような暖かみがあった。
「 グレイボーン!! 」
さらにはイザヤの友人や顔見知りたちが俺の名を呼んだ。
覚えていてくれて嬉しかった。
まだ1年も経っていないが、すっかり忘れられているかと思った。
「ああああああーーーっっ?!! ワシの研究サンプルがあああああーっっ?!!」
「その声は、教授か……?」
「グレイボーン・オルヴィンッッ!! あれだけ真摯に教えてやったこのワシに、これはっ、これはなんたる仕打ちかねぇっっ!? ワ、ワシの……ワシらが発掘した、アーティファクトがぁぁ……」
アーティファクトと聞いてカミル先輩が指を鳴らした。
これはここで習ったことだが、古代遺産の中でも、何か力を持っていそうな代物をひっくるめて、人々はアーティファクトと呼んでいる。
都を騒がせた怪異の原因は、俺がぶち抜いた――あのよくわからん茶色い変なものなのかもしれん。
そいつを拾い上げてみると、大きめの天秤か何かに見えなくもなかった。
ただし真っ茶色に錆び付いていて、もはや修復不能の腐食っぷりだ。
カミル先輩の力は恐ろしい。
「コイツが原因か。教授、アンタは知らないかもしれないが、こりゃ首の危機だぞ?」
「な、なんじゃとぉぉっ?!」
「コイツのせいで都は昨日から大混乱。中央市街にモンスターが徘徊する異常事態になった。ここに閉じ込められていたアンタは、外の出来事に気付かなかったみたいだな」
「そ、そう脅かすな、グレイボーン? 冗談じゃろー? ワシはこれを発掘して調べてただけじゃ! ワシャ悪くないぞーっ?!」
原因は1つのガラクタだった。
先輩に言われた通りに謎の天秤をぶち抜いたら、霧が晴れ、怪異が終わった。
どう考えたって、この天秤が原因だった。
「ジュリオ、トマス。とにかく無事でよかった……」
重弩を下ろし、近かったのでトマスに抱き付いた。
女子たちが変な声を上げたような気もする。
「ちょっとっ、恥ずかしいよ、グレイ……ッ」
「僕は遠慮しておくよ。僕たちが知らないところで何が起きていたのか、詳しく説明してくれるかい?」
「遠慮するな」
「いや、困るよっ、グレイッ……うわっっ?!」
「本当に心配した……。よかった……」
ジュリオとトマスは無事だった。
考古学実習室と、教授が手に入れた天秤は錆びまみれの酷い状態になってしまっていたが、イザヤの人々に被害はない。
「トマス、トマスはどこに消えた?」
「ちょっともう勘弁してよ! わあっ、来るなあああーっっ?!!」
俺はジュリオの無事に満足すると、もう1度トマスに襲いかかって悲鳴を上げさせた。
あの天秤が具体的にどういった物なのかは知らん。
だがそんなことより、俺は友達の無事が嬉しかった。
「ああ、トマス、ジュリオ、もう2度と離さない……」
こうして災厄は、まるで夢から覚めたかのように車輪の都ダイダロスから消えてなくなった。
イザヤのみんなは半年前と何も変わらず、久々に会った問題児を明るく迎え入れてくれた。
俺のマレニアでの活躍をみんなが知っていて、それが嬉しいようでくすぐったかった。
なんでもジュリオとトマスが自慢するように広めていたらしい。
俺は後のことをカミル先輩に任せて、ここに残った。
報告に行こうとすると、たくさんの学友たちに引き留められたからだ。
そして蛇足だが、ついに……。
「初めまして! お兄ちゃんの妹のリチェルです! はわーーっ、壁にお兄ちゃんの矢がーーっっ!?」
妄想なのではないかと存在を疑われ続けて来たリチェルを、学友たちに紹介することが叶った。
「ほら見ろっっ!! 俺の妹がっ、世界で一番かわいいだろうっっ!!!!」
結果、いつかのように呆れ果てられたという。




