表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

87/93

・再びイザヤへ - 幽霊たち -

「本当に幽霊なのか?」

「み、見ればわかるだろうっ! みんな透けているっ!」


「ならたぶん幽霊だな。……ん、なんだ、こいつら……お、おっとっ!?」


 1人の女生徒の影がこちらに駆けて来た。

 相手はこちらが見えていないのかもしれん。


 ぶつかりそうになったところを避けようとすると、その影は俺の身体をすり抜けて、本校舎の方に消えていった……。

 いや訂正しよう。その女子生徒の影は消えながら消えていった……。


「グ、グレイボーン……」

「ボンと呼んでくれ」


「ボ、ボン……お、お化けだ……」

「そうみたいだな。ありゃお化けであり幽霊だな」


「ぅ…………」

「……先輩? いやまさか、お化けが苦手だなんて、そんなかわいらしいこと言わないでくれよ?」


「そ、そっちこそ、なんで平気なんだ……っ!?」

「なんでと言われても」


「こんな、得体の知れない……怖いだろうっ、普通は……っ!」


 先輩はあれだけ強いのに、こんなものに何を怖がる必要があるんだ?

 先輩はいつだってカッコイイが、意外とかわいいところもあるものなんだな……。


 震える先輩を尻目に俺は幽霊たちを観察した。

 すると気付くことがあった。


「こいつら、俺の知ってるやつらだ」

「ぇ……」


 今、小さな声を上げたのはカミル先輩だろうか……?

 そんな小さな女の子みたいな声を出されたら、誰の声かわからなくなる。


 行き交う幽霊たちは俺たちを無視して言葉を交わし、イザヤでの日常を今も謳歌していた。


「こいつらはイザヤの在校生だ」

「ど、どういう、こと……? みんな、死――いや、ごめん……でも、何がどうなっているんだ……」


「落ち着け、先輩」


 ついリチェルにしている習慣で、先輩の手をやさしく握ってしまった。

 聞き手の右はガサガサ、左手はスベスベ。先輩は不思議な人だった。


「ただ……妙だな……。こいつら、俺の知ってるイザヤの連中そのものだ……」

「そんなの当然だろ……っ。手、離して……っ」


「ああすまん、つい癖でな。だがこいつら、こいつらの中に……おかしいな」

「だからっ、何が……っっ!?」


「いや……もう卒業しているはずの、先輩方の声が混じっている……」

「ぇ…………」


 だとしたらこれは――幽霊ではないな。

 まだ断定は出来ないが、こいつらは過去の何か(・・)ではないだろうか。


 たとえば、オカルト用語で言うところの残留思念だとか、あるいは録画された映像だとか。


 とにかく先輩方がいる以上、こいつらは本人ではない。

 本物の先輩方はここを門出して、今は社会でエリートとして活躍しているからだ。


「フ……フフ……ッ」

「先輩?」


「はぁ……っっ、怖がって、損したよ……。つまり彼らは幽霊ではない、ということだよね……っ!?」

「さすが先輩だ、気付くのが早い」


 そう返しながら、俺は重弩を構えながら実習棟の内部に入った。

 するとあれだけ怖がっていたカミル先輩が前に出てくれた。


「奥はまだ霧が深い。何かがあるとすれば、霧の濃い方角だね。進むかい?」

「ああ、もう少し奥を見てから報告したっていいだろう。……俺たちは集団戦が苦手なんだからな」


「それに君がいればどんな怪物も一撃だ。不意打ちだけ注意して行こう」


 そう決まり、俺たちは霧を追って実習棟を歩いた。

 この実習棟でかつての俺は、工学などの専門的な学問を教わった。


 イザヤの学生たちの影は、薄く立ちこめる霧を気にも止めず廊下を行き交う。

 楽しそうに笑う者、ふざける者、雑談を交わす者。当時の流行話。全てが記憶のままだった。


 もしセラ女史の策略で予定が狂わず、ここにもう1年通えたら……。

 そんな有り得たかもしれない幻想が脳裏に浮かび、頭から振り払うことになった。


「ボン、霧の発生源はこの教室だ」

「ここか。ここは考古学の第一実習室だ、俺もよくここに通った」


「考古学……? 君が考古学だって……?」

「冒険者になった時に使えると思ってな。トマス――トーマスっていう同級生とジュリオと、ここで学んだ」


 2人ともいい同級生だった。

 そういえばトマスは、考古学の教授に気に入られていたな……。


「なら中を確かめよう。考古学がらみとなると、納得の出来る理由が見つかるかもしれない」

「そうなのか?」


「かもしれない、だよ。どちらにしろ中を見れば何かがわかるはずだ」


 先輩がそう言うので、俺は付近の下り階段の陰に移動した。

 そこから重弩を構えながら身を屈めて待機し、射撃の態勢を作った。


「いくよ」


 先輩の言葉にうなずいた。

 先輩は壁際に身を隠しながら、考古学実習室の扉を引き開く。


 すると再びあの深い霧が立ち込めた。

 真っ白な霧はどこまでも広がってゆき、またたく間に俺たちから視界を奪い取った。


 とはいえ霧以外に何も変化はない。

 カミル先輩は重弩の射線に立つわけにもいかないので、どこかに身を隠しているのだろう。


「グレイ……? そんなところで、何をしているの?」

「……その声は、トマス、か?」


 何も見えない濃霧の中で、トマスの声だけが響くように聞こえた。


「ちょ、ちょっと、それって……君のあの(いしゆみ)っ?! な、なんでこっちに向けているのっ!?」

「緊急事態だからだ。よくわからんが、とにかくこっちに来い、トマス」


 霧で何も見えない中、トマスの男子にしては軽い足音がこちらにやって来た。


 ああ、トマスが無事でよかった。

 最近あまりかまって貰えなくて、友達として寂しかった。


 どんな嫌みを言ってやろうかと、俺は安堵に下がっていた顔を上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ