・再びイザヤへ - 幽霊たち -
「本当に幽霊なのか?」
「み、見ればわかるだろうっ! みんな透けているっ!」
「ならたぶん幽霊だな。……ん、なんだ、こいつら……お、おっとっ!?」
1人の女生徒の影がこちらに駆けて来た。
相手はこちらが見えていないのかもしれん。
ぶつかりそうになったところを避けようとすると、その影は俺の身体をすり抜けて、本校舎の方に消えていった……。
いや訂正しよう。その女子生徒の影は消えながら消えていった……。
「グ、グレイボーン……」
「ボンと呼んでくれ」
「ボ、ボン……お、お化けだ……」
「そうみたいだな。ありゃお化けであり幽霊だな」
「ぅ…………」
「……先輩? いやまさか、お化けが苦手だなんて、そんなかわいらしいこと言わないでくれよ?」
「そ、そっちこそ、なんで平気なんだ……っ!?」
「なんでと言われても」
「こんな、得体の知れない……怖いだろうっ、普通は……っ!」
先輩はあれだけ強いのに、こんなものに何を怖がる必要があるんだ?
先輩はいつだってカッコイイが、意外とかわいいところもあるものなんだな……。
震える先輩を尻目に俺は幽霊たちを観察した。
すると気付くことがあった。
「こいつら、俺の知ってるやつらだ」
「ぇ……」
今、小さな声を上げたのはカミル先輩だろうか……?
そんな小さな女の子みたいな声を出されたら、誰の声かわからなくなる。
行き交う幽霊たちは俺たちを無視して言葉を交わし、イザヤでの日常を今も謳歌していた。
「こいつらはイザヤの在校生だ」
「ど、どういう、こと……? みんな、死――いや、ごめん……でも、何がどうなっているんだ……」
「落ち着け、先輩」
ついリチェルにしている習慣で、先輩の手をやさしく握ってしまった。
聞き手の右はガサガサ、左手はスベスベ。先輩は不思議な人だった。
「ただ……妙だな……。こいつら、俺の知ってるイザヤの連中そのものだ……」
「そんなの当然だろ……っ。手、離して……っ」
「ああすまん、つい癖でな。だがこいつら、こいつらの中に……おかしいな」
「だからっ、何が……っっ!?」
「いや……もう卒業しているはずの、先輩方の声が混じっている……」
「ぇ…………」
だとしたらこれは――幽霊ではないな。
まだ断定は出来ないが、こいつらは過去の何かではないだろうか。
たとえば、オカルト用語で言うところの残留思念だとか、あるいは録画された映像だとか。
とにかく先輩方がいる以上、こいつらは本人ではない。
本物の先輩方はここを門出して、今は社会でエリートとして活躍しているからだ。
「フ……フフ……ッ」
「先輩?」
「はぁ……っっ、怖がって、損したよ……。つまり彼らは幽霊ではない、ということだよね……っ!?」
「さすが先輩だ、気付くのが早い」
そう返しながら、俺は重弩を構えながら実習棟の内部に入った。
するとあれだけ怖がっていたカミル先輩が前に出てくれた。
「奥はまだ霧が深い。何かがあるとすれば、霧の濃い方角だね。進むかい?」
「ああ、もう少し奥を見てから報告したっていいだろう。……俺たちは集団戦が苦手なんだからな」
「それに君がいればどんな怪物も一撃だ。不意打ちだけ注意して行こう」
そう決まり、俺たちは霧を追って実習棟を歩いた。
この実習棟でかつての俺は、工学などの専門的な学問を教わった。
イザヤの学生たちの影は、薄く立ちこめる霧を気にも止めず廊下を行き交う。
楽しそうに笑う者、ふざける者、雑談を交わす者。当時の流行話。全てが記憶のままだった。
もしセラ女史の策略で予定が狂わず、ここにもう1年通えたら……。
そんな有り得たかもしれない幻想が脳裏に浮かび、頭から振り払うことになった。
「ボン、霧の発生源はこの教室だ」
「ここか。ここは考古学の第一実習室だ、俺もよくここに通った」
「考古学……? 君が考古学だって……?」
「冒険者になった時に使えると思ってな。トマス――トーマスっていう同級生とジュリオと、ここで学んだ」
2人ともいい同級生だった。
そういえばトマスは、考古学の教授に気に入られていたな……。
「なら中を確かめよう。考古学がらみとなると、納得の出来る理由が見つかるかもしれない」
「そうなのか?」
「かもしれない、だよ。どちらにしろ中を見れば何かがわかるはずだ」
先輩がそう言うので、俺は付近の下り階段の陰に移動した。
そこから重弩を構えながら身を屈めて待機し、射撃の態勢を作った。
「いくよ」
先輩の言葉にうなずいた。
先輩は壁際に身を隠しながら、考古学実習室の扉を引き開く。
すると再びあの深い霧が立ち込めた。
真っ白な霧はどこまでも広がってゆき、またたく間に俺たちから視界を奪い取った。
とはいえ霧以外に何も変化はない。
カミル先輩は重弩の射線に立つわけにもいかないので、どこかに身を隠しているのだろう。
「グレイ……? そんなところで、何をしているの?」
「……その声は、トマス、か?」
何も見えない濃霧の中で、トマスの声だけが響くように聞こえた。
「ちょ、ちょっと、それって……君のあの弩っ?! な、なんでこっちに向けているのっ!?」
「緊急事態だからだ。よくわからんが、とにかくこっちに来い、トマス」
霧で何も見えない中、トマスの男子にしては軽い足音がこちらにやって来た。
ああ、トマスが無事でよかった。
最近あまりかまって貰えなくて、友達として寂しかった。
どんな嫌みを言ってやろうかと、俺は安堵に下がっていた顔を上げた。




