・再びイザヤへ - 父親から娘へ -
「困りますよ、セラ教官……っ。結界剥がし液はご禁制! なぜそれがここにあるのですか……っ!?」
しかもその結界剥がし液は、議員先生の反応からしてなんか法律上ヤバい物らしい。
まあでも、少し考えてみればそうだろう。
こんな物が市場にあふれたら、国中の封印という封印が暴かれて大変なことになる。
臭い物に結界なファンタジー世界からすれば、その液体は超危険物だった。
「先日、幸運にも市街地で拾いました。何者かが隠し持っていたようですね」
んなわけあるかよ。
「そ、そうですか……。そうなん、ですね……」
「きっと窮地に陥った私たちへの、神からの賜り物でしょう」
「どうせ女史の私物だろ」
禁句なのはわかっていたが、とても突っ込まずにはいられなかった。
「き、君っ!? なんということを言うんだね……っ!? か、仮に思っていてもだねっ、それは言ってはならんよ……っ?!!」
女史は否定しなかった。
他の議員先生方は見て見ぬ振りをして、グレッグ大佐も両翼の指揮に忙しい。
たまたま落ちていたことにするのが一番だった。
「へへへーっ、パリパリーッ♪ ほわぁーっ、これっ、楽しーいっっ!」
「次、わたくしっ、わたくしにやらせて下さいましっ!」
手ぬぐいで液を霧の壁に塗って、少し待ってヘラでこそぎ取る。
シールや塗料剥がしよりはずっと綺麗で遊びがいがある。
なんか思っていたやつと違っていて、建前社会の片鱗を見せられたりもしたが、まあまあ面白い作業かもしれなかった。
「ん……?」
「ピィピィ……♪」
「ん、んん……?」
なんか足下に小さな気配がある……。
正体になんとなく察しが付いていたが、確認のために顔を近付けみると、やはりそれはうちの子だった。
白いふわふわの竜が口を開けて、結界の欠片が落ちてくるのを雛鳥のように待っていた。
「おい、腹壊すぞ……?」
「わぁーっ! リボンちゃん、鳥さんのヒナちゃんみたいで、かわいい……っ!」
「リチェル、しばらく指輪に引っ込めたらどうだ……?」
「え……。でもー……パパからご飯貰えて、リボンちゃん、嬉しそうだよー……?」
「ピィッ、ピィィーッ♪」
「ていうか、美味いのか、それ……?」
「キュィーッ♪」
「わ、わたくしにもっ、わたくしにもやらせて下さいませーっ!」
こちらのパリパリが全て落ちると、子竜はリチェルの方に寄ってまた口を空に向けて開けた。
大丈夫なのか心配になって女史に呼ぶと、全く問題ないとの回答だった。
むしろいい実験台になるので続けるようにと、そう言われた。
「霧のブレスを吐くようになったら、ちょっと素敵ですわね……」
「それっ、リチェルも同じこと思ったー! へへーっ、そしたらレーティアちゃん、ビックリさせられるねーっ!」
小さな竜は口から青白い粒子を漏らしながら、俺の足下にやって来てまた口を開けた。
「こらっ、それは俺の手だ、噛むな……っ!」
「ピィィ……ッ♪」
今は撫でてもらうことよりも、美味しいキラキラのパリパリを食べることに夢中のようだった。
・
軍と議員様とカミル先輩に守られながら、2時間ほど塗り塗り、パリパリをしてゆくと、ついにパリンと結界に亀裂が走った。
霧の結界はまるで舞台の書き割りであったかのように大きなヒビが入り、小さな穴の向こうにイザヤの正門をのぞかせていた。
「上出来です。突入隊、準備をなさい。貴方もです、グレイボーン」
「ああ、この時を待っていた」
隣のリチェルの頭を撫でて、俺は重弩を抱えて立った。
「ピィ……ピィィ……」
「気を付けてね、お兄ちゃん……?」
「誤射したら承知しませんことよ?」
リボンちゃんが羽ばたいて胸に突っ込んでくると、時間差でそこにリチェルまで加わった。
「そこは俺を操るカミル先輩次第だな。リチェル、ジュリオとトマスを必ず連れて戻るよ」
「うん……! ジュリオとトマス、助けて!」
「お兄ちゃんに任せろ」
俺はリボンとリチェルを慰め、コーデリアに明るく笑いかけて1人と1匹を任せて、その場を離れた。
連れて行くにはどちらも幼過ぎた。
突入隊の編成が終わると、結界で作業していた魔法使いたちがそこを離れた。
穴は子供1人分ほどの大きさになっていたが、部隊が突入するには小さい。
そんな状況下でちょっとした出来事があった。
「あ、お父さん!」
ハンス先生がリチェルの隣にやって来た。
「リチェル、よかったらこれを……」
あのアルミのように軽く綺麗な銀の杖を、リチェルに託すためだった。
「これはね、お父さんが昔使っていた杖なんだ。古くさくて気に入らないかもしれないけど……それでももし、気に入ってくれたのなら……リチェルが使ってくれないかな?」
ハンス先生はとてもいい父親だ。
リチェルが満開の笑顔で喜ぶと、先生は娘の両手に銀の杖を握らせて笑い返した。
「お父さんの杖、ピカピカしてきれーっ!」
「そうかい……?」
「あーーっ、それにこれっ、すーごく軽いよーっ!? わぁーっ、なにこれーっ!?」
「それは当時非力だった僕のために、両親が特注で……あ、いや……」
「リチェル、会ってみたい! リチェルのお爺ちゃんとお婆ちゃん!」
「それはどうかな……はは……」
リチェルはハンス先生から、あの軽い銀色の杖を受け継いだ。
ハンス先生は両親にリチェルを会わせたくないらしい。
そうして親子による杖の継承が終わると、リチェルはセラ女史と共に、壊れかけの結界にその杖を向けた。
「いいですか、リチェルさん?」
「はいっ、セラせんせーっ!」
「あそこに、同時にメテオを叩き込みますよ。いいですか、いきますよ?」
「うんっ、がんばる! いつもでもどーぞっ!」
いや、待て、メテオ……?
そんな危険な魔法をダブルでぶち込んだら、イザヤの校門が吹っ飛ばないか……?
いくら非常事態とはいえ、なんで、誰も止めないんだ……?
「なあ女史、ここでメテオをぶち込む必要って、本当にあるのか……?」
誰も止めないので俺が聞いてみた。
「イザヤを吹っ飛ばせたらただそれだけで気持ちがいい。それ以外の理由が必要ですか?」
クソみたいな理由だった……。
「ここは俺の母校でもあるんだが?」
「それはついていませんでしたね。では行きますよっ、リチェルさんっ!」
「は、はいっ!」
「ちょ、止めろっ、校門には知恵の象徴であるカラスの彫像が……っっ!!」
ぶっ壊れたら気持ちいいんだろうな、この人は……。
「メテオッ!!」
「め……めておーーっ!!!」
かくしてイザヤ学術院の正門と知恵のカラスは、結界ごとメテオの標的にされた。
星の世界より召喚されし2つの隕石が、飛行機でも降ってくるかのような凄まじい轟音を辺りに轟かせて、結界とその向こう側の正門へと降りそそいだ。
安っぽい表現になるがそれは――
『ゴゴゴゴゴゴゴ……ドゴォォォォーーーーンッッ!!!!』
といったオノマペトがよく似合う、もはややり過ぎってレベルじゃねー、テロ攻撃にも等しい暴挙だった……。
当然、結界は吹っ飛んだ。
そりゃあな、壊れかけていたし、メテオ2発分だ!
これにより正門部分の霧の結界は粉々に砕け散り、青白い破片や粒子となって辺りに飛び散ることになった。




