・再びイザヤへ - 来ちゃった -
入れなかったそうだ。
イザヤ学術院の外周全てに、進入を拒む霧の壁が発生し、救援隊は弾き返されてしまった。
それを聞いて俺は少しホッとした。
全滅の報告よりはずっとよかった。
女史とグレッグ将校と議員たちは話し合いを始め、俺はカミル先輩と見晴らし台に戻った。
「大活躍だったそうじゃないか、黄色い声が聞こえたぞ」
「意外だ……心底意外だよ……。敵だ、撃てっ!」
「全く見えんがヨシッ!!」
夜に入っても議員宿舎と市民公園はまだ燃えている。
さらには狙撃のためのかがり火が四方に配置され、こんな時間だがまだまだ敵をぶち抜けた。
やはりスポッターがいると非常に楽だ。
独りでも狙撃そのものは勘任せでいけるんが、それが撃っていい相手とは限らない。
それを信頼するカミル先輩が示してくれると、迷うことなく重弩のトリガーを弾けた。
「イザヤの件、困ったね……。ジュリオさん、無事だといいのだけど……」
「そうだな……。ところで……」
「西かがり火に敵発見っ、撃てっ!!」
「ヨシッッ!!」
俺たちは敵を狙撃しながら、気ままに言葉を交わした。
議事堂が拠点に選ばれたのは堅牢さもあるが、ここに重弩が設置されていたからだろう。
ここならば重弩用の矢の備蓄があるため、補充が容易だった。
「グレイボーン、さっき、何を言おうとしたんだ?」
「ああ……イザヤの霧なんだが。報告を聞く限り、この霧と同じものなんじゃないのか?」
「有り得るね」
「イザヤが霧の真ん中だと言っていたやつもいた。なら――」
「発生源はイザヤ学術院……? そう言いたいのかい?」
「そうだ。セラ女史も同じ仮説に行き着いているはずだ。イザヤ学術院の中に、この怪異の原因があるんじゃないか?」
「だが中に入れない。どうする?」
「さあな、それを考えるのは俺たちの仕事じゃない。女史とか頭のいいやつに任せておけばいい」
そんな結論を出したところで、最後の矢が切れた。
外からまとまった数が回収されるまで、しばらく休憩だ。
俺たちは見晴らし台を下り、打ち止めの報告をした。
「今日はもう休みなさい。霧の発生源はイザヤ学術院です」
「本当か? それは驚いた」
「結界破りの人員をこちらに呼び寄せています。結界の破壊に成功次第、突入します。鋭気を養っておくように」
「了解です、教官」
「そこの部屋にソファーがあります。2人はそこを使いなさい」
「誰かさんが議員宿舎を焼き払ったからな」
「ええ、なかなかあれは快感でした」
「だろうな……」
その日はカミル先輩とソファーを半分こにして寝た。
先輩は自分の危険な力が友人に及ぶ可能性を危惧したが、こっちはそんなの気にしない。
お先に寝させてもらった。
・
俺はリチェルの保護者だ。
ジュリオとトマスのために隣を離れたが、俺はリチェルの安全を常に願っている。
「お兄ちゃんっ、リチェル、来ちゃったーっ!」
「な……なん、だと……!?」
しかし翌朝、補充された矢を気持ちよくぶっ放していると、議事堂に早朝の来客があった。
「公園を焼き払ったのは貴方ですわねっ、わたくしには、わかりますのよっ!」
他でもない、リチェルとコーデリアだった……。
まさか、結界破りの、人員って……。
「や、やあ……は、ははは……」
「なんでアンタまでいるんだ、ハンス先生……」
「呼び出されたんよ、あの人に……」
「女史か?」
「他にいないよっ!」
「リチェルは、お父さんに会えて嬉しい! お父さん、昔、魔法使いだったんだってーっ!」
「そりゃ驚いた。知らなかったな」
ちなみにリボンちゃんは指輪の中だ。
さすがに飛竜の子供を外には出せなかった。
他はというと、マレニアの魔法の先生たちもいた。
それと、いかにもやり手に見える若い魔法使いさんや、足腰の少し怪しいお婆さん魔法使いの姿まである。
召集出来るやつを手当たり次第にかき集めた、って感じだ。
充実したトラム網あっての緊急動員だった。
「呼んでいただけて嬉しいわぁ、セラ教官」
「来て下さり助かりました。後ほど親交をあ暖めるといたしましょう」
今……。
50過ぎくらいの魔法使いに、セラ女史が教官と呼ばれていたように、俺の耳には聞こえたんだが……どうなっているんだ?
いや、ただ1つ確かなことがあるとすれば、それは召集された男たちが皆、漏れなくセラ女史に恐怖していたことだ。
セラ女史は、いったいいつからセラ教官なんだ……?
「サーモン・リボンッ!」
「ピィ……ッ! ピ!? ピィィーッッ!!」
「おっと……っ」
関係性に妄想を膨らませていると、青いサファイアの指輪から白いふわふわが現れた。
ソイツはまた俺の胸に体当たりをして、しがみついて、自分を抱かせた。
「リボンちゃん、寂しがってたんだよー。リボンのパパどこーって、探しに行こうとしてたの!」
「胸の痛くなる話だな……」
甘える小さな飛竜を慰めて、これから始まる突入作戦の覚悟を決めた。
「その不思議な竜、君の子なのかい……?」
ハンス先生にそう聞かれた。
ハンス先生には、父さんから母さんを奪われた恨みがある。
「ああ、リチェルと俺の愛の子だ」
「そ、そうかい……。ところで君、リチェルには……」
「さあ、どうだろうな? リチェルは最近、少し女らしくなった」
「ぼ、僕は君を信じているよっ、グレイボーンくんっ!?」
冗談だと笑い返すと、ハンス先生は心底ホッとしたのかガクリとうなだれた。
「約15分後に出発します。だべってないで準備を急ぎなさい」
「わかった。だがハンス先生はともかく、リチェルの安全は最優先で頼む」
「グ、グレイボーンくん……勘弁してよ……」
俺は甘えん坊の飛竜を肩に乗せて、重弩の再点検に入った。
「あら、不貞を働いた貴方が悪いのでは? まさか人妻を寝取るような男になるとは」
「すみません、勘弁してください……」
突入し、ジュリオとトマスを助け、怪異を終わらせて自分のベッドで眠る。
リチェルを勝手に呼ばれたのは女史に腹が立ったが、日常の奪還まであと一歩に見えた。




