・再びイザヤへ - 霧に呑まれた都へ -
バロック次官はたまたま公務で庁舎を離れていたため、今回の事態に見舞われずに済んだ。
というか……。
「すまんね、マレニアの動員を提案したのは私だ」
まあそういうことだったらしい。
政府首脳部は議会や庁舎の中で籠城中。
軍や冒険者組合を動かすことが出来ない。
そんな状況下で、次官は迅速に軍をまとめ上げ、救援の部隊編成を進めている。
「ジュリオのことが心配だ。可能な限り力になる」
「ありがとう、あれを失うのは私も辛い。どうか君の力を借してくれ」
「僕にとってもジュリオは友人です、協力します」
「ありがとう、カミルくん。背に腹変えられないこの状況となると、君のその力が救いの神にも見えるよ」
俺たちは今、青のトラムで中央駅側に2駅移動したところにある、軍駐屯地にいる。
そこには大きな天幕が建てられ、次官はグレッグと呼ばれる将校と共に、そこから指揮をしていた。
「ここで活躍すれば、狭量な連中も先輩を見る目を変えるかもな」
「うむ、十分に有り得る。さて、では作戦の説明後、ただちに出撃してもらう。グレッグ大佐、よろしく」
もう出撃か、そりゃ助かる。
もしチンタラされたら、俺は1人でイザヤに乗り込んでいただろう。
「グレッグだ、よろしく」
「グレイボーンだ。少し失礼……」
大佐と握手を交わし、顔をのぞき込んだ。
大佐と呼ばれるくらいだから、眼帯をしていたり、角の付いたヘルメットでもかぶっているのかと想像していた。
しかしその人は、ガサガサの肌が特徴の短髪黒髪の、いかにも精悍そうなおっさんだった。
男に顔を近付けられても、そのおっさんはニカッと笑うだけだ。
「噂は聞いてる。貴君らはフレアドレイクをぶち抜いて、極大のガーネットを手に入れたそうだな。やるではないか」
「ああ……アレはまあまあのやつだった」
「うむ、結構。では説明に入ろう。我らは青のトラムで中央駅に潜入後、議事堂に突入する」
へぇ、こんな時でもトラムが使えるのは強いな。
まっすぐに中欧駅まで行けるとは限らないが、これのおかげで内部に入り込みやすい。
「議事堂だって? 議員様方の安全が最優先ってわけかい?」
「逆だよ、カミルくん。我が国の議員は、皆が冒険者一族の末、あるいはその一代目だ」
それってどんな脳筋国家だ。
と思うかもしれないが、まあ事実だ。
迷宮攻略を果たした冒険者が権力を持つ国、それがここイカルス国だ。
「まさか、議員を戦わせるつもりなのかっ!?」
「いかにも。議員には、議員の務めを果たしてもらわねば困る」
と、次官が語る。
「アンタ……その議員の中の、お大臣様の下で働く、次官だろ……?」
「だからなんだね? 非常事態だ、致し方あるまい」
まあわかった。
戦闘も政治も出来る議員様方と合流し、戦力に加える。
ムチャクチャな気もするが、まあいい。合理的だ。
「グレイボーン・オルヴィン。貴殿にはその後、議事堂の見晴らし台からの狙撃を任せたい」
「ははは、そりゃ面白いな、乗った! だが俺にはスポッター役が必要だ」
「心配は要らない。もう1名、君の支援にあたる人物を指名してある」
「そうか、ならばいい」
「僕は何をすればいい? 僕もグレイ同様、共闘にまるで向ていない」
「腐食のカミル、貴殿には議事堂の防衛を任せる。ではそんなところだ。人員が集まり次第、すぐに突入する。準備をしておくように」
要するに俺たちは時間稼ぎの突入部隊か。
メチャクチャ危険そうだが、ジュリオたちを守りたいなら話に乗るべきだ。
……いや、忘れていた。
もう1つ大きな問題がある。
中央は今、霧に包まれているんだよな……?
どうやって、誤射せずに敵をぶち抜けばいい……?
「遅くなりました。では参りましょう」
その疑問はセラ女史の登場で吹っ飛んだ。
なぜ、ここに、女史が……?
「まさか、俺のスポッター役というのは…………アンタじゃないだろな?」
「ええ。何か問題がありますか?」
「いや、まあ……ないと言えば、ない……」
俺はセラ女史とカミル先輩と共に、重弩を抱えて戦地に出陣した。
普段の倍速で爆走するトラムに運ばれ、俺たちは霧に包まれた中央市街に突入していった。
・
「発射ッッ!!」
「おうっ!!」
中央駅はモンスターだらけだった。
俺はセラ女史が標的に刻んだ光る刻印を的にして、鋼鉄の矢をぶち込んだ。
「撃破を確認。破壊力だけは大したものですね」
「アンタ、ツンデレか? もっと素直に褒めてくれ」
「若い頃のロウドック程度には使えますよ」
「そりゃ褒め過ぎだ」
なんかこう、現実と妄想の境界が危うくなるような奇妙な感じだ。
何度も通った中央トラム駅に薄い霧が立ち込め、そこをなんかでかいのが闊歩しているのだから。
俺たちはホームを抜けて駅舎に入った。
街に出る寸前になると行軍が停止した。
「諸君、ここから議員会館まで約300メートル、我々はここを強行突破する。でかいのは任せたぞ、グレイボーン」
「任せてくれ、グレッグ大佐」
グレッグ大佐は俺たちの想像よりもずっと脳筋だった。
てっきり次官と一緒に後方でふんぞり返ると思っていた男は、将校の身で突入隊に加わった。
俺たちは霧に包まれて日暮れのように暗くなった中央市街を、前も何も見えない状態で走り抜けた。
「グレッグ殿っ、何も見えませんっ!」
「うむ、自分もだ!」
「ならばこういたしましょう。ファイアボールッッ!!」
なら火を放てばいい。
霧が個体化した水蒸気ならば、熱を放って空気に溶ける水分量を増やしてやればいい。
なるほど理屈はわかる。科学的だ。
「おい、あそこって確か、でかい公園がなかったか……?」
「非常時です、多少焼いても構わないでしょう」
は? それが教師の言葉か……?
女史のファイアーボールは冬枯れの公園を赤々と焼き、霧を晴らす熱と照明に変えたことだろう。
「標的確認っ、撃てっっ!!」
「おうっ!!」
「まったく恐ろしい婆さんだ……」
婆さん……?
グレッグ大佐、アンタも女史の知り合いなのか?
「グレイボーンッ、そこの男を撃ちなさいっ!」
「お、おう……」
重弩の先でコツンと大佐の背中を叩いた。
最前線に立って導いてくれる男は撃てない。
「市民公園を焼くなんて、なんて人だ……」
カミル先輩もドン引きだ。
「よく燃えてるな。ははは、真っ赤だ」
「なぜあれを見て笑える……」
「なにせよく見えんしな」
大火事のおかげで視界が晴れた。
俺は女史に指示されるがままにでかいオーガだとか、中型の竜だとか、ストーンゴーレムだかをぶち抜いて進んだ。




