・再びイザヤへ - ダイダロスの怪異 -
訓練、ときどき雪かきに飛竜探し。
ところによって気まぐれに冒険者ギルドで仕事を請ける日々を過ごながら、俺はもうじきに始まる迷宮実習を目標に定めていた。
今年のダイダロスはやはりクソ寒い。
だがその寒さが飛竜リボンには心地よいのか脱走が絶えず、リチェルと俺は走り込みの訓練に事欠かなかった。
そんな日々も二学期の終わりまでと信じて、俺たちは教官たちの指導の下、真摯に訓練を積み重ねていった。
ところがその日常はある日、突然にぶち壊されることになった。
午後の実習がいきなり中断され、俺たちは理由も聞かされずに講堂へと集められた。
しかも講堂の講壇に立っていたのは、マレニアの人間ではなかったとくる。
「あれ、軍の将校だろ?」
「なんで軍の連中が、マレニアででかい顔してんだ?」
周囲の同級生男子によると、勲章を付けた将校と護衛たちだそうだ。
どうも嫌な予感がした俺は、リチェルの隣に移動した。
「あっ、お兄ちゃんっ!」
「だーかーらっ、堂々とこっちに来ないで下さいましっ!」
「大丈夫だ、こっそりと抜けて来た」
「ですからっ、そう思っているのは貴方だけですわっ」
リチェルはいつもの俺とコーデリアのやり取りにホッとしたようだ。
それでも不安だろうから、兄としてそっと寄り添った。
ほどなくして講壇の将校が口を開いた。
「マレニアの諸君、迷宮での実習を目前にしたこんな時期に、突然お邪魔して申し訳なく思う。だが、本日正午、この都ダイダロスにて、怪異が確認された」
怪異?
なんだそりゃ。
軍の将校さんともあろう方が、曖昧な言葉を使うものだった。
「かいい?」
「冬だからな。軍服の下が蒸れるのかもしれん」
「……はへ?」
「恥ずかしい親父ギャグはよして下さいましっ!」
こうやって、いちいちツッコミを入れてくれる律儀さが好きだ。
自分で言うのもなんだが、今のはちょっと寒かった。
「何……何が起こってるの……?」
「戦争……? 私たち、どうなるの……?」
周囲の女子生徒たちは不安そうだ。
突然軍人の集団が学び家に現れるなんて、なんかラノベみたいだと俺は軽く受け止めている。
「諸君らの力を借りたい。この件は、学院長インスラー殿も了承済みだ」
そりゃよっぽどのことだ。
ますます生徒たちの間に不安が広がっていった。
「学院長に代わって私が申し上げます。全生徒は、彼ら正規軍に協力するように。……これは軍に貸しやコネを作るチャンスだと、前向きに受け止めなさい」
女史の発言にリチェルが不安そうに俺の手を取った。
その不安を少しでもまぎらわすために、俺はリチェルをこっそりと、正面から抱き締めた。
「この状況で何をやってますのぉーっ貴方はーっっ?!」
周囲の女子生徒までザワザワと声を上げて、俺の酔狂に注目した。
「お、お兄ちゃん、恥ずかしいよぉ……っ」
「大丈夫だ、俺には見えん」
「開き直るのもほどほどにして下さいませっ?!」
「うぅぅ……嬉しいけど、しゅごく、恥ずかしい……」
リチェルが落ち着きを取り戻したので、胸から解放した。
愛らしく頬を紅潮させるリチェルは、今は恥ずかしくて不安になるどころではないようだ。
しかし講壇の話も気になる。
将校さんが言うには、ダイダロス中央部で局所的な濃霧が発生しているそうだ。
「霧に包まれた中央市街で、強力なモンスターの徘徊が確認された。そこで諸君らの協力を要請したい」
都市部に強力なモンスター。
その情報はまたたく間に動揺となって、生徒たちをザワつかせた。
中央市街で家族が働いていると訴える生徒もちらほらといた。
「ジュリオ……」
「トマスも心配だ」
「あ……イザヤ学術院も、中央にありますものね……」
「よし、ならば今すぐイザヤに乗り込むか」
「勝手なことはよして下さいましっ!」
「もうちょっと、様子見よ……?」
不安そうにリチェルそう言われた。
「……まあ、そうだな。さすがは俺の妹、冷静だ」
「えへへー、お兄ちゃんは、どんどん行き過ぎです!」
「おお、言うようになったな」
どっちにしろ、かなりヤバそうな事態だ。
そこから先は将校さんの言葉に集中した。
・
ざっくりと言おう。
法律でそう決まっているので、俺たちに拒否権はない。
これから軍指揮下の部隊に編成され、教官方と共に動員されることになる。
現役の冒険者たちも同様だ。
彼らも軍の指揮下に入り、救援隊として中央市街に送り込まれる。
少ないが報酬が出る。
マレニアの部隊は霧の北部外周を担当し、モンスターの外部への流出を防ぐ。
「ちょっとビビったが、これなら迷宮実習とそう変わらんな」
「そうなのー?」
「そうだとも。退路があって陸上である分、迷宮よりぬるい。いざとなったら逃げてしまおう」
「今だけはわたくし、貴方の図太さが羨ましくてよ……」
無論、それはジュリオとトマスの状況次第だ。
しかし、参ったな……。
大規模な集団戦なんて俺には向かんぞ……。
「そこのお前、なぜ女子側にいる?」
そうしていると男に声をかけられた。
これは教官ではない。
聞き覚えのない声だった。
「ん、軍人さんか? 俺はこの子の兄だ」
「子供……? マレニアには、こんな若い子もいるのか……」
「隊長、もしやこの青年がバロック次官が言っていた、規格外の即戦力とやらでは?」
「おお、お前が弱視の重弩のグレイボーンか! お前は別のグループだ!」
「は……?」
「フレアドレイクを、重弩1発で倒したそうだな!」
「いや、2発だ」
「おお、とにかく素晴らしい! お前には、我々の固定砲台になってもらう!」
「断る。俺はリチェルの保護者だ、リチェルの安全が最優先だ」
「グレッグ殿っ、いました! グレイボーン・オルヴィンです!」
「だーかーらーっ、俺はリチェルから離れないってっ、言っているだろっ!」
「お兄ちゃんっ!! ジュリオ!!」
リチェルにそう言われて、少し気が変わった。
ジュリオ、トマス。あいつらは無事か……?
「リチェルさんはわたくしとカミルさんでガッチリガードいたしますわ。安心していってらっしゃい」
「リチェルはへーき! ジュリオッ、ジュリオ助けてっ、お兄ちゃんっ!」
そう言われて俺の気は完全に変わった。
コーデリアがこう言うなら大丈夫だろう。
ガス欠は早いが、リチェルには炎を吐く頼もしい飛竜もいる。
「イザヤ学術院の状況を知っているか?」
「イザヤに友人がいるのか……?」
「ああ」
「イザヤの辺りは霧のど真ん中だ。友達を助けたいなら急いだ方がいい」
「よし、やっぱ行く。イザヤの連中を守りたい」
「グレッグ殿っ、砲台の確保、完了でありますっ!」
ま、そんなわけだ。
俺は破壊力のある便利な砲台として、人の身ながら軍に接収された。
まったく見えんが、スポッター役を充ててもらえばどうにかなるだろう。
もし誤射してしまったら、それは俺ではなく、俺を操縦するスポッターの責任だ。
ジュリオを助けるためにも、手当たり次第にぶち抜こう。




