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・誕生の夜 - じょしの気まぐれ -

「リチェルさん、卵をこちらに」

「は、はいっ、せんせーっ!」


 リチェルが卵を抱えてこっちにやってくると、セラ女史のよくわからん魔法が始まった。


 女史が生み出した糸のようにくねる青い光が、飛竜の卵と指輪を繋いだ。


「飛竜の名前は決まりましたね?」

「うんっ! リチェルと、グレイボーンお兄ちゃんの子供だからーっ、リボンちゃんっ!」


 それ、雄だったらどうすんだ……?


「飛竜リボンよ、我セラ・インスラーの名の下に、リチェル・オルディンとの契約を結べ。…………ふむ、沈黙ですか。では沈黙は肯定と見なし、この契約を成立させるものとします」


 そんな横暴な。

 口のない卵に拒否権はないのか?

 突っ込もうか迷っていると、桃色の光が卵から指輪に流れ、そして――


「わぁぁーーっっ?!」

「き、消えたーっ?!」


 リチェルが抱えていた卵が消えた。

 セラ女史はサファイアの指輪を取り、リチェルに差し出した。


「これで飛竜リボンは貴女の使い魔です。呼び出したい時はサモン・リボン。指輪に戻したいときは、ステイ・リボンと唱えなさい」

「ほへ……? サーモン、リボン……?」


 リチェルがボソリとつぶやくと、何もないところに白い影が現れ、それが自由落下した。


 寸前のところでキャッチしてみれば、それは消えた飛竜の卵だった。


「わっ、わあああーーっっ?!」

「あ、危なーっっ?!」


 魔法の力で守られているとはいえ、落としてうちの子がバカになったら困る。


「さて、次はそちらですか」


 卵のことが済むと、女史はレーティアの前にわざわざ立って、何か言いたげに両手を組んだ。

 ……あれはなかなかに恐い。


「な、何さ……っ?」

「その装備、スカウト職の物ですね」


「だ、だから何さーっ!?」

「カミルさんのところで寝泊まりしているそうですが、お嬢さん、ご家族は?」


「そんなのいないしーっ!」


 お前、家出中だって言ってなかったか?


「待ってくれ、女史。コイツはそんなに怪しいもんじゃない」

「そうだよーっ、レーティアちゃん、ちょっと意地悪だけど……リチェルの友達だもん!」


 今朝、あれだけ張り合っていたのにか?


「リチェル……。ありがとう……」


 セラ女史がNOと言ったら、レーティアは寮にはもう居座れないだろう。

 それはそれで、俺も寂しい。


 家出娘を保護すること自体がリスキーだとしても、家のない子を見捨てるようで気分が悪い。


「詳しい事情をお聞きしましょう、貴女はここに残りなさい」

「で、でも……」


 心配だ。女史は厳しい人だ。

 必要とあらば、冷たい決断の出来る人だ。


「女史、その子には俺も世話になっている。周囲がまるで見えん俺には、標的を指し示してくれるサポート役がいると、非常に助かるんだ」


「グレイボーン、私に逆らうのですか?」

「話を聞けと言っているだけだ」


「私を信じないと?」

「それは……。セラ女史、アンタを信じていいのか……?」


「大人を信じなさい」


 どうしたものか。

 部外者を寮に置くのはまずいのはわかるが……。

 たとえば、もしも窃盗騒ぎが起きれば、真っ先に疑われてしまうのが今のレーティアの立場だ。


「オ、オレ、ここに残るよ……。せっかくだし、話したいこともあるから……ぁ……」


 セラ女史が身を屈めて、レーティアにやさしく微笑んだ。

 ……たぶん、あれは笑顔だった。


 リチェルもそれを見て安心した。

 俺は孵化器を抱えて、リチェルと一緒にマレニアに帰ることにした。


 セラ女史は男に厳しく、女性にやさしい人だ。

 だが女史が男に厳しいのは、別に男が嫌いなわけではないと思う。


 きっと逆だ。

 彼女は古い女性で、それゆえに『男は強くあらなければならない』と、そう考えている。


 あのビンタは女史の愛だ。

 まあそういうことにしておけば、イイハナシダナーで話がまとまってハッピーだ。


「また、後でね、レーティアちゃん……」

「うんっ、またね、リチェル!」


 ともかく。

 いつまでも部外者が、家族が捜しているかもしれない家出娘が、カミル先輩の部屋で暮らすわけにもいかなかった。


 その辺りをどうにかしてくれると信じて、俺はリチェルの背中を押して、自分の寮に帰った。


 もちろん、あの女子寮の部屋にな。



 ・



 帰り際、ガーラントさんとバッタリ出会った。

 ガーラントさんはまだ頭に包帯を巻いていて、実際に会うと姿が痛々しかった。


「ジーンの仇、取れてよかった」

「ああ。ガーラントさんも災難だったな」


「俺、手も足も出なくて、悔しい……。もっと、強くなる……ジーンに、負けないくらい……」

「そうだな。……ああ、そうだった。今は俺、女子寮にいるんだ」


「…………え?!」


 伝えるとメチャクチャ驚かれた。

 温厚で純朴なガーラントさんとは思えないくらいにでかい声だった。


「ゴネ通してリチェルとコーデリアと同じ部屋で暮らしてる。……そろそろ、追い出さてしまうかもわからんが、最後の最後まで居座るつもりだ」


 俺はリチェルの保護者だ。

 その上、兄だ。

 俺がリチェルと女子寮で暮らして何が悪い。

 いや、何も悪くない。


「お前、すごい男……。本当に、すごい、執念……。俺には、無理……普通の男、そんなこと、出来ない……」


 堂々と伝えたら、ガーラントさんにまさかのリスペクトをされてしまった。


「すまんな。しばらくは1人で優雅に暮らしていてくれ」

「犯人、捕まった。もう心配ない。お前のおかげ」


 しかしさっきからリチェルの口数が全くない。

 どうしたのかと様子を見てみると、目を細くしてボーっとしている。

 どうやら遊びの疲れが一気に来たようだった。


「帰って一緒に寝るか」

「え……?!」


 あれだけ穏やかなガーラントさんが驚きの声を上げた気もするが、まあ気のせいだろう。


 俺はリチェルをおんぶして、堂々と女子寮へと帰った。

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