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・誕生の夜 - お兄ちゃんがくれた婚約指輪 -

 若さゆえの体力と行動力を駆使して、その日の俺たちは朝から夕方までガッツリと遊び倒した。


 この世界にはカラオケもゲーセンも映画館もない。

 おまけにマンガもなければ、小説に挿し絵もない。

 現代人の感覚からすると、この世界は恐ろしく娯楽が少ない。


 特に、嗜好の異なる男女が一緒に楽しめる娯楽となると、飲み食いとお喋りくらいしかないと言ってもいいと思う。


 ならば次は、どこに行くべきか?

 そんな難問を、我らがジュリオがあっさりと解いてくれた。


 会場で屋台物を買い足して、郊外の競馬場に行こうと、そう誘ってくれた。


「白馬ーっ!? 会いたいっ!」

「いいねー、オレ行ってみたかったんだー! 代わりに馬券買ってよー、ボンちゃん!」


 リチェルは白馬に釣られ、レーティアはバクチに釣られた。


馬上槍試合(トーナメント)もやっているよ。戦闘の参考になるんじゃないかな?」

「まあっ、トーナメント、懐かしいですわ! わたくし、小さい頃は父とよく応援に行きましたのよっ!」

「いいね、僕もひいきにしている選手がいる。ぜひとも付き合おう」


 大きなお姉さん方はトーナメントとやらに釣られた。


「面白そうだ、俺も見てみたい」

「じゃあ決まりだね」


 まあ、そんなわけだった。

 俺たちはフードフェスの会場を離れると、再び迷路のように複雑なトラム路線を使って、ダイダロス競馬場を訪れた。


 競馬といえば現代では時代遅れの趣味だが、こちらの世界では毎週の安息日を賑わせる大盛況の娯楽だった。


 そこで俺たちは異国料理をかじりながら、迫力満点のトーナメントに熱中し、続いて手に汗握るダート競馬も見物した。

 どちらも実況があったので、弱視の俺でも想像と音で十分に楽しめた。


 そして極め付きは乗馬体験コーナーだ。

 白馬にまたがるリチェルをこの目で見れただけでも、ここに来たかいがあった。


「俺の妹は、どこかの国のお姫様の生まれ変わりに違いない……」

「シラフで言わないで下さいまし!」


 コーデリアのツッコミも、今日は特に鋭かった。



 ・



 最後にトーナメントの決勝戦を見物すると遊びがおひらきになった。

 中央トラム駅でジュリオと別れて、そこから青のトラムに乗り換えてマレニア魔術院に戻った。


「リチェル、どこへ行く?」

「え、えーーーっっ!?」


「な、なんだ……?」

「卵っ! リチェルとお兄ちゃんのっ、卵っ!」


 卵。ああ、そうだった。

 セラ女史のお宅に、飛竜の卵を預けて出かけたのだった。


「俺たちはちょっと寄って来る。……今日は楽しかった、よかったらまた俺たちと遊んでくれ」

「はい、次は自分のお金で参加いたしますわ」


「いや無理すんな、そこはおとなしく奢られろ」

「ああ、幸せいっぱいの素敵なタダ飯でしたわ……。ですがっ、貴方にこれ以上の貸しは作れませんわーっっ!!」


 と叫びながらコーデリアはダッシュでマレニアの正門に消えていった。

 まだタダ飯に未練があるようなので、また美味い物を奢ってやろう。

 その方が面白い。


「素晴らしい楽器をありがとう。……君が強引に言い出さなかったら、手元にこれはなかった」

「またアコーディオン、鳴らしてねーっ! リチェル、その音、ポカポカして好きっ!」


 恐る恐るリチェルの頭を撫でてから、先輩もマレニアの正門に消えた。


「オレもついてく。だってボンちゃんがいると心配だし」

「どういう意味だ……」


「落として割りそうになったんでしょー?」

「……ああ、まあな」

「お兄ちゃんはーっ、お外で卵持っちゃだめーっ!」


 だそうなので、すぐそこにあるセラ女史のお宅を、お子さまたちを連れて訪ねた。



 ・



 セラ女史の家は庭付きの白くて立派な建物だ。

 大きさはそれほどでもないが、管理が行き届いていて、いかにも暮らしやすそうな機能的な家だ。


「おかげさまでこちらも研究が捗りました。……リチェルさん、お出かけは楽しかったですか?」

「はいっ、すっっごくっ! あのねっあのねっ、セラ先生ーっ、これ見てーっ!」


 立派な暖炉のある居間で、たった今、孵化器ごと卵を返却された。

 リチェルはガラス越しに卵をのぞき込んでから、本日の戦果を師匠に見せて、いちいちクルッと踊った。


「これっ、お兄ちゃんがくれたっ、婚約指輪っ!」

「それはよかったですね、リチェルさん」


 淡泊な反応だった。

 まあどちらにしろ、たとえ誤解されようとも、この場で違いますとは言わん。


 女史がリチェルの指輪をのぞき込むと、リチェルは指からぶかぶかのそれを抜いて、もっとよく見てと差し出した。


「でかしました」

「それ、俺に言ってるのか……?」


「ちょうどこういった物が必要だったのです」

「やらん、それはリチェルの物だ」


「では、本当に婚約指輪なのですか?」

「……そ…………そうだ」

「うっわぁぁ……」


 察してくれたのかセラ女史は静かに笑った。

 まあ常識的に考えればわかることだ。

 兄貴が実の妹に婚約指輪を渡すなんて、あるはずがない。


「セラせんせーっ、リチェルの指輪に、何かするのー?」

「はい、リチェルさんのこれを器にしましょう」


 セラ女史は魔法の台の上に指輪を置いた。

 確かあの台には、円の中に六ぼう星が刻まれていたはずだ。


 気になって顔を近付けてみると、星の頂点になんかよくわからない粉末や結晶が盛られている。


「ウガッッ?!!」

「鼻息で触媒が飛び散ります。ぶちますよ?」


「だから、殴ってから、言うな……」


 短剣の束でいきなり人の頭を突くのは、立派な暴力であり、異常行動ではないだろうか……。

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