・誕生の夜 - あら変態…… -
今動いたら全部出てしまうそうだ。
何がって、コーデリアの胃袋の中身が。
「いいのか? 欲しいのがあったら奢ってやるぞ?」
「わ、わたくし……うぷっ?! あ、貴方と一緒にいると……うぶっ?! 堕落、してしまいますわ……け、結構ですのよ……っ!」
「こっちは奢るのが楽しいんだ。遠慮なんてしなくていいぞ?」
「いえっ、大金を借りているのですっ、これ以上は――んっ、んがんぐっっ?!!」
コーデリアには銀貨を少々握らせて一端別れた。
堕落してくれて結構。
こっちは今のうちに恩を着せまくっておくつもりだ。
俺たちはコーデリアを残し、次なる目的地、すぐそこのバザールに向かった。
「コーちゃん、へーきかなぁ……?」
「大丈夫だ。ヤツは食った物を死んでも吐かん蛇のような女だ」
「何その変な信頼……」
「コーデリアの食い意地は凄いぞ。ヤツはあの通りのとんでもない大食らいだが、俺の知る限り、食った物を吐いたことは一度もない。まったく、大したやつだ……」
「あ、リチェルも見たことない!」
やはりな。
ヤツの前世は爬虫類か何かに違いない。
「ボンちゃんってやっぱちょっと変」
「グレイはイザヤきっての大変人だったからね」
「フフ……そこにマレニアを含めてもなんの差し支えもなさそうだ」
妙だな……。
俺は俺なりに、常識人のつもりでいるんだか……?
ともあれそうしているうちに、大バザールの会場に到着した。
「あ、意外と広いな……」
初めて見る光景に、カミル先輩が素直な声でそう言った。
確かに想像よりもずっと道幅が広く歩きやすい。
異世界のバザールというくらいだから、細い通りに人がひしめいていて、身動きがまるで取れないようなイメージでいた。
「他だとこうもいかないけど、ここは公園自体が広いからね」
「いざとなったらリチェルを肩車して回るつもりだったが、いらなそうだな……」
「うわ恥ずかしっ!」
「ひ、人前で肩車は……ちょと……恥ずかしい、かも……」
故郷では平気で兄の肩をタクシー代わりにするのに、都だとダメなのか……?
まあいい。
俺はリチェルと手を繋い――
「あっ、あの店面白そーっ、リチェルいこーっ!」
「う、うん……っ」
繋ごうとしたところで、レーティアに最愛の妹を奪われた……。
嬉しいような、悔しいような、複雑な気分だ……。
リチェルを奪ったレーティアが興味を持ったのは、どことなくゴツい感じがする露店だった。
「ねーねーボンちゃん、なんでも奢ってくれんだよねーっ!?」
「ああ、男に二言はない」
「ちょ、ちょっとグレイッ、値札を見てそういうことを――言おうにも見えないんだよね、君……」
「そういうことだ」
近付いてみると、それは異国の武器防具屋だった。
目立つところに飾られたでかい両手剣には、金貨7枚の値札がかかっている。
「フフ、君の冒険2回分の稼ぎが吹っ飛ぶ値段じゃないか」
「……ああ。レーティアが身の丈2メートルの巨漢の、クレイモアが似合う女子でなくて、よかった……」
リチェルとレーティアが何かを見て盛り上がっている。
寄ってみるとそこには奇妙な道具が飾られ、『スカウト装備一式・中古品』と記されていた。
「ねーねー、ボンちゃーん……?」
「なんだ、それが欲しいのか?」
「欲しい!」
「わかった、買ってやる」
「えーっ、いいのーっ!? 金貨1枚するけど、ホントにいいのーっ!?」
「いいぞ」
「ちょ、ちょっと待つんだ、グレイッ。君の金銭感覚は、やはりおかしいと思うんだっ!」
「だよねー……」
金を払おうとするとジュリオに止められ、金貨を奪われた。
「でもでも、レーティアちゃん、すっごく欲しそうだったよーっ!?」
ほう……。
「う、うん、まあ……欲しいけどさー……」
「そうか、なら買おう」
金貨をジュリオから奪い返した。
するとジュリオはいつにない強引さで、奪った金貨をまた俺から奪い取った。
「僕は買うなとは言っていないよ。定価で買うべきではないと言っているんだ。僕に任せてくれ」
「またイケメンムーブか……。よし、任せた」
任せると、ジュリオの左右にリチェルとレーティアが並んだ。
ん、カミル先輩の姿がないな……?
鼻をスンスン鳴らして、カミル先輩の匂いを捜した。
「こんなところにいたか」
「ああすまない、ちょっと気になって」
先輩が居たのは少し奥の店だ。
ぼやける視界にギターに似た弦楽器、リュートが浮かんだ。
「楽器屋か? 先輩は楽器に興味があるのか?」
「ああ……」
「何が弾けるんだ?」
「うん、これでもオルガンとリュートが弾ける……。ううん、弾けたって言った方が正しいかな……。もう何年も触っていない……」
「音楽家の家だったとか?」
「違うよ、通ってた学校で教わってたんだ」
「へー。実はお嬢様だったとかか?」
「さてね……。ん、これなかなかいいな……。これも弾けるよ」
先輩が興味を持ったのはアコーディオンだ。
先輩は店主に確認を取ってそれを両手に持つと、早速演奏を始めた。
「上手いな」
「そうでもないよ。昔のようには手が動かない」
「よし、買おう。買って練習をしよう」
「はぁ……っ。ジュリオと似たようなことを言うけど、君の金銭感覚はどうなっているんだい……」
「世話になった礼がしたいんだ。店主、これはいくらだ?」
「お客さん羽振りいいわね。金貨2枚と銀貨60枚でどうかしらー?」
「金貨2枚にしてくれ。その楽器は先輩の手に渡るべきだ」
「止めてくれ、グレイボーン」
「だがこれがあったらなんだか楽しそうだ。やはり買おう」
金貨を2枚だけ取って店主に突き出した。
店主はその金をあっさり受け取ってくれた。
「いいわよ、交渉成立ね。よかったわねぇ、彼女さん♪」
「ハハハッ、冗談はよしてくれ。そこの男は、誰を恋人にするかと聞かれたら、迷わずに実の妹を選ぶ男だよ」
「あら変態……」
酷い誤解だ……。
だがすぐそこでリチェルが買い物をしている手前、うかつなことは言えん。
うちの妹は今のところ、本気で俺と結婚するつもりだからな。
傷つけるわけにはいかん。




