・誕生の夜 - 陳建○、異世界転生する -
「匂いは少しきついが、これはなかなかいけるね。とても美味しいよ、レーティア」
カミル先輩がそう感想を述べると、レーティアはそれがよっぽど嬉しかったのか、彼女らしくもなく素直に微笑んだ。……ような気がする。
「ええ、とっても! このペラペラしている外側の皮もわたくし好みですわーっ!!」
「レーティアちゃんが選んだの、美味しいっ!」
「へへ、まあねー! オレ、一応都会っ子だしー!」
ああ、安くて美味いギョウザチェーン店が恋しい……。
自炊が面倒な夏場はよく通ったものだった……。
しかしギョウザがあるくらいだ。
もしかしたら会場を探せば、ラーメンないし、ラーメン的な何かが見つかる可能性もあるのだろうか?
後で会場を嗅ぎ回ってみよう。
文字通りの意味で、クンカクンカと鼻を鳴らしながら練り歩こう。
「でもさー、リチェルが選んだやつも凄いんだよー? なんかねー、隣の屋台のやつだったんだけどねー、1度も見たことない超変な食べ物なのっ!」
「うんっ! 美味しそうだけどねーっ、なんかすっごくっ、へんてこだから買ってみたー!」
そう興奮気味に2人が語ると、カミル先輩とジュリオがおかしそうに笑った。
購買の基準に【変】というステータスがあるところが、いかにも子供らしくてかわいらしい。
「そんなことはありませんわっ! わたくしにはわかりますのよっ、これは、ほっぺた落ちるほどに美味しいやつですわーっ!」
と言われてもわからんので、目を近付けてみた。
するとそれもまた、俺の古い記憶にある物と極めて似ていた。
「なんて料理なんだい?」
「はいっ、覚えてないですっ! でも美味しそーで、へんてこなやつですっ!」
「オレたちさー、名前とか気にしない方だからさー?」
「でもそれだと、いざ同じ料理を食べたくなったときに困らないかい……?」
「名前なんてどうでもいいですわっ! ではお先にっ、いただきまーすっ、ですわーっっ!!」
コーデリアが手を付けたので、俺も一緒になってエビチリを口に運んだ。
そう、それは日本人の大好物の、エビチリさんだった。
「うーーーまーーーすーーーぎーーーるーーー、ですわーっっ!!」
感動的な美味さだった。
記憶のものと寸分違わない――いや、久々なのもあって、その味わいはより鮮烈に舌へと染み渡った。
「へーっ、美味いじゃーんっ!」
「これは驚いたね。無性にパンが欲しくなるよ」
は? 何言ってんだ、ジュリオ?
そこはライスに決まっているだろう。
パンでエビチリ? あり得ん、冒涜だ。
「ほわぁぁーーっっ?! リチェルが選んだのっ、お、おいひぃぃ……」
「美味しい……。グレイボーンの分を盗み取りたくなるほどに美味しいよ……」
カミル先輩、そいつは戦争だぞ。
「分けんぞ。世話になった礼とこれは、別の話だ」
「今それをくれたら、僕は君に対する評価を前向きに改めるよ」
「やらんものはやらん。チリソースもパンに付けて全部俺が食う」
しかし……エビチリ、な……?
確かこれ、日本発祥の中華料理だったよな……?
こっちにもあるもんなんだな……。
陳建○、異世界転生する。
なんかちょっと面白そうだけど、さすがにないか。
「ね、俺の言ったとおりでしょ。迷ったらー、両方買えばいいんだよー」
「うんっ、レーティアちゃんの言う通りだった! レーティアちゃん、ありがとー!」
「いいよー。お礼に、たまにボンちゃんの背中に乗せてくれたらー、それだけでー」
「え……」
「ボンちゃんの背中、ちょっと気に入ったかもー?」
「ううん、ダメ……それはダメ……。お兄ちゃんの背中は、ここもっ、そこもっ、このへんもっ、全部全部っ、リチェルのものですからーっっ!!」
そんな具体的に兄貴の背中を指ささなくても、全部お前のものだぞ。
「いいなぁ……」
「え……」
「リチェルはやさしいお兄ちゃんがいて、いいなぁ……」
前も言ってたな。
『いいなぁ』と。
あれってそういう意味だったのか……?
家出するくらいだ。
レーティアの家庭事情が恵まれていないのは想像するまでもない。
カミル先輩に気に入られたのも、その辺りも含むのだろうか。
「……ん、んんー。やっぱりー、ちょっとだけなら、いいよー……?」
「え、マジーッ?!」
「うんっ! 特別に、リチェルのお兄ちゃんに乗せてあげるー……っ!」
「やったーっ! 後で乗せてね、ボンちゃんっ!」
いい話だ。
その時は俺も喜んで、リチェルと一緒にレーティアを背負おう。
たとえ憲兵さんに、職質されるはめになろうとも、俺は兄の義務を果たす。
「これが馬の話だったら微笑ましいのですけれど……兄が馬役なんですのよね……」
「フッ……リチェルが望むならば、俺は馬だろうと、鹿だろうと、カバだろうと、なんにでもなる所存だ」
「バカ兄ここに極まれり、ですわ……」
「ふふふっ、まったくだね。グレイの兄バカっぷりは病気だよ」
「お前まで言うか、ジュリオ……」
「妹が一番かわいいと、素で言えてしまうところが君の凄いところだ。君のその家族愛の深さを、僕は常々見習いたいと思っている」
そう言ったって、バロック家にはバロック家の事情があるだろう。
「……バロック次官の息子でいるのは、さぞ大変だろうな」
「まあね……。父上は強引な人だから……」
「わたくしも……わたくしの父上も……はぁ……っ」
チリソースで口元を赤くしてため息を吐かれても、いまいち同情する気になれなかった。
「そこーっ、家の話とか止めてよーっ! 楽しい話しようよーっ!」
「そうですわね……っ! 今は、食べることに集中いたしましょうっ!」
「え、コーデリアさんはちょっと自重してくれると……」
「ごめん遊ばせ……理性ではわかっていても、胃袋と口が止まりませんの……っ!」
とまあ、そんな楽しい食事会になった。
異国料理にだいぶ腹が膨らんで来た俺たちは、次なる目的地バザールに狙いを定めていった。
言わばこのフードフェスは撒き餌だ。
このイベントの主催者は異国の大商人さんで、飯で釣って、バザールで品物を売りさばくのが狙いだと聞く。
ならば乗ってやろうではないか。
手元に金貨がたくさんあると、商売人のそういった魂胆に、喜んで乗りたくなるのが人の心らしかった。




