・マレニアの二学期 - 弓以外はポンコツだし -
「正面は死神……後ろも死神……お、俺は降参するっ!!」
「俺もだ! なんでも話すから許してくれっ!!」
襲撃者たちは自ら手かせをはめていった。
早期に左右に散った何人かは取り逃がしてしまったけど、これだけ身柄を確保出来れば、ジーンの無念も晴らせるだろう。
後は奥の倒れているやつらと、熊男を手かせで拘束するだけだ。
「おらぁぁっ、死ねやクソアマッッ!!」
だけどその男は短剣を隠し持っていた。
刃が僕のお腹に吸い込まれて、僕は背筋を凍らせながら飛び退いた。
「……化け物が」
彼の短剣は赤錆だらけのボロボロになって崩れ落ちた。
奇襲に気付くのが後少し遅かったら、僕の腹の中で腐食が始まっていた。
「ん、カップスープじゃないな……」
グレイボーンがやって来て、重弩を熊男の背中に押し当てると、男はやっと手を上げて降参した。
「それ、誰のことだい……?」
「クノール・カップスープのことだ。このでっかい男は誰だ?」
最後の疑問にだけ僕は同意の声を上げた。
彼がガイドとして雇ったあの子は、無事だろうか……。
ひねているところはあるけど、僕は嫌いじゃない。
「まあいい。ジーンを刺したのはどいつだ?」
「それには僕も興味がある。この中に、ジーン殺しの犯人を告発したい者はいるかな? 言えば司法局に取り合おう」
そう僕が聞くと、熊男が苦しげに顔を歪めた。
「兄貴だ!! 兄貴がジーンを殺したんだっっ!!」
熊男を告発したのは、30過ぎの強そうな剣士だ。
襲撃者の中では年長者に見えた。
「おいテメェ、テッシッ! おめぇ今日まで世話してやったの、まさか忘れたんじゃねぇだろなぁっっ!?」
「うるせぇっ、今更恩もクソもあるかっ、この人殺しっっ!!」
彼は敵意をむき出しにして熊男を睨んだ。
我が身かわいさから出た演技には見えなかった。
「おいっ、俺を売ってただで済むと思うなよっ?!」
「ならジーンはどうなる!!」
「な、なんだとぉ……!?」
「兄貴を信じて今日まで情報を流して来た、ジーンはどうなるんだよっっ?!」
僕たちは口をはさまずに様子をうかがった。
ここで余計なことを言って黙られたら困る。
「な、なんのことだよ、テッシ……?」
「ジーンを査察官に推薦したのは、兄貴だろ! ジーンなら情報を抜けるからって、そう言ってよっ!」
「知らねぇ話だな……っ」
僕には飲み込めない部分もあったが、1つだけ正確にわかったことがある。
「ジーンはよ、自分の仕事をしただけだ! なのにその結果、信じてた兄貴にぶっ殺されるなんてっ、そんな死に方あるかよっっ?!! いや、ぜってーねぇっっ、アンタはただのっ、薄汚ねぇ裏切り者だっっ!!」
この熊男、クズの中のクズだな……。
激しいこの糾弾からして、後輩を食い物にする最低の先輩にしか見えなかった。
「全て自供する! 俺と兄貴を司法局に連れて行ってくれ!」
「や、止めろ……っ、ふざけんなおめぇっ、止めろやアホォーッッ!!」
「俺は見た! 兄貴がジーンの背中を刺すところを! 俺はあの夜、兄貴にジーンの監視を命じられたんだ! だが、まさか、兄貴がジーンを殺すなんて思わなかった! 犯人はこの男、グレンデルだ!」
まさかの展開になった。
僕たちの計略は大成功を収めてしまった。
僕たちは彼らを拘束し、町まで連行した。
それから憲兵隊の詰め所まで護送すると、彼ら悪党を引き渡した。
僕は憲兵隊に引き続き同行することにして、グレイボーンをマレニアに帰させた。
僕たちはてっきり、クラウザーのやつがジーンを口封じに殺したとばかり思っていた。
だが出て来たのはグレンデルという名の熊のような男で、ジーンに最も近い兄貴分だった。
「あ、あの……っっ」
「ああ、レーティアくんだね。グレイボーンが散々迷惑をかけた。すまない」
「ボンちゃんはどうでもいいですっ!! それより、カミル様!! すごくっ、すごくカッコよかったですっっ!!」
「え…………?」
レーティアという子は、てっきりグレイボーンに憧れているのかと、僕はそう勘違いしていた。
「技はちょっと怖いけど……。でもっ、女なのにあんな大勢の大人にっ、でっかいおっさんにまで勝っちゃうなんて……!! オレ、感動しましたっっ!!」
「俺にはため口なのに、なんでカミル先輩には敬語なんだ……」
僕はレーティアくんに気に入られてしまった。
醜い力しか使えない僕に、彼女は目を輝かせて憧れてくれた。
ファンを横取りしたようでグレイボーンには悪い気がしたけど、人に畏れられてばかりの僕には、レーティアくんの憧れの目が心地よかった。
「だってボンちゃんってー、弓以外はポンコツだしー? なんていうかー、守ってあげたい系男子みたいなー?」
「……言いたい放題言ってくれるものだな。先輩、レーティアと握手でもしてやったらどうだ?」
「い、いいのっっ?! お願いしますっ、カミル様っ!!」
「様だなんて……っ、僕はそんなに偉くないよ……っ」
「ははははっっ、困り果てた先輩の声もいいものだな」
カサカサになってしまった右手ではなく、綺麗なままの左手で僕はレーティアくんと握手をした。
すると僕の瞳から、なぜだか熱い涙が吹き出して来た。
「早く報告に行け! レーティアくん、また機会があったら……僕とお茶でも付き合ってくれ」
「いいのっ!? やったっ!! オレ、今度また、学生寮に忍び込みますっ!!」
涙を見られたらきっと失望されてしまう。
僕はレーティアくんに背中を向けて、隠すように涙を拭った。
レーティアくんのために、真っ白で清潔なマグカップを用意しておかないといけないな……。




