・マレニアの二学期 - 卵 -
トラムを乗り継いでギルド支部に戻ると、ダイダロスの空が赤く燃えていた。
「マ、マジか……」
ドロップとハーブでいっぱいの採集籠をカウンターに置いてやった。
見えんこの目でこう言うのもなんだが、ギルドの連中の俺を見る目が、今朝とはまるで変わっていた。
……まあ、見えんが。
「おい、『採集物を山のように抱えて戻ってくる』に賭けたやつはいたっけか?」
「だははは! んなのいるわけねーだろっ!」
「いやぁぁ……ぶったまげたなぁ……。さすがはマレニアの主席だなぁ……」
「やるじゃねぇか、弱視の」
「はは、こりゃ俺たちの負けだ。掛け金はお前にやろう」
これが高速手のひら返しか。
掛け金が詰まった袋を受付に渡された。
それから彼は採集物の検品を始めた。
「ベースハーブが51株、イエローハーブが35株、レッドハーブがちょうど40株か。合わせて、えーと……」
「銅貨241枚だ」
「言うな、計算が狂うだろ……。えーと……ああ、241枚だな」
ギルドにいた冒険者たちが『おおーーっ』と感心した声を上げてくれた。
なかなかいい気分だ。
素直に評価を改めてくれるところが気持ちよかった。
「オオムカデの殻が……5つ!? ゴブリン鉄鉱石が7つに……ん、卵……?」
「ああ、それは妹へのお土産だ、返してくれ」
「ちょ、ちょっと待て! これ、まさかワイバーンの卵か!?」
「ああ、そうだが?」
また『おおーーっ』と、バラエティ番組でよく聞くような歓声が上がった。
関係ないがあれは安易に使われ過ぎて、お約束にしたって、かなり寒々しいものがあると思う。
「売ってくれ」
「いや、これはオムレツにする」
「食うなやっっ!!」
「食えないのか?」
「食えるけど食うなっ! ワイバーンの卵といったら、金持ちが喜んで大金を出すお宝だぞ!」
すると『おおーっ』と、また安易な歓声が上がった。
「だが妹はオムレツが好物だ」
「妹から離れろやっ!? 金貨80枚出すっ、売ってくれ!」
「たった80枚か。食った方がいいな」
「お前本当にルーキーかっ!? わかった、160枚出す!」
「ただの卵が、なんでそんな大金になるんだ?」
「孵れば懐くんだよ!」
「ワイバーンがか? それ、本当か……?」
「ああ。貴族様が鷹を飼ったりするだろ? あのドラゴン版だよ」
そうならそうと、最初に言ってくれたらいいのに。
そうか、この卵は孵るのか……。
「……気が変わった」
「おおっ」
「やっぱり売らん」
「ずこぉぉーっっ?! 金貨160枚だぞ、160枚?!」
今どき『ずこー』って……。
リアクション古いな、この人……。
「こう見えて俺は領主一族なんだ。ワイバーンがステータスだというなら、これはやはり妹に与えよう」
「売れよ……? なあ、金貨300枚でどうだ?」
「売らん。精算を頼む」
「もったいねぇなぁ……。わかった、500枚でどうだ……?」
80枚が500枚になるとか、だいぶ不誠実だな、この支部。
首を横に振ると、受付は諦めて品物と金を交換してくれた。
「商談次第で、金貨1000枚出せるかもわからん。どうだ……?」
「しつこいぞ。売らん」
今日の稼ぎは、金貨7枚と銅貨が少々か。
大儲けだ。リチェルに絹のドレスでも買ってやろうかな。
「お兄ちゃんっ、迎えに来たよーっ!」
「こ、ここが冒険者ギルド……っ。なんだか、無骨というか、とっても野暮ったいですわね……」
そう考えていると、まさかのお迎えがやって来た。
俺は飛び付いてくるリチェルを抱き留め、桃色の髪に顔を埋めた。
ああ、素晴らしきかな、ファンタジーカラー……。
ヘアヴィッグでは、このサラッサラッのキューティクルは実現出来ない!
「今日は一緒に過ごせなくてごめんな、リチェル」
「うーうんっ、いいの! お兄ちゃん、いつもリチェルと一緒に居てくれるから!」
「寂しそうにしていたのに、兄の前では強がるリチェルちゃん……尊過ぎですわー……っ」
そこはバラしてやるな。
まあそんなことより、俺はお土産のワイバーンの卵をリチェルに見せた。
「わぁぁぁーーっっ、おっきな卵!!」
「まあ美味しそう!」
「うんっ、おっきなオムレツ、作れるねーっ!」
「兄弟揃って食うのかよっ!! 食うくらいなら育てろやっ!」
俺の妹だからな。
食い気が勝っても不思議ではない。
「もしかして……これ、ヒナちゃん、生まれるの……?」
「そうらしい。しかも飛竜だそうだ。ワイバーンの使役は貴族のステータスらしいぞ」
「し、知りませんでしたわ、わたくし?! ちなみに、それ、おいくらほどですの……?」
「売り手との商談が成功したら、金貨1000枚らしい」
「ヒィッッ?!」
「ひょ、ひょぇぇーーっっ?!」
あまりの動揺にリチェルは卵を落っことしそうになった。
確かに触れていると、この卵は生きているような不思議な感じがする。
割って食おうとしたら、ピータン的なやつが出て来たら、超嫌だな……。
やはり食うのは止めよう……。
「帰ってセラ女史に相談しよう。女史なら育て方だって、きっと知っているだろう」
「ヒナちゃん、見たいけど……金貨、1000枚……う、うぅ……。お、おそろしい……」
「ずるいですわ……。貴方のレア運、おかしいですのよっ! ああ、それがあれば、借金の一部が返せますの……」
一部……?
金貨1000枚が、一部……?
お前の実家、超やべぇな……。
俺は小玉スイカでも持つように卵を小脇に抱えて、リチェルの手を引いてギルド支部を出た。
色濃くなった赤い夕日が外を暗く染めていた。
「おっと……」
「わあああーーっっ?!」
「ちょっとっ?! 心臓に悪いことしないで下さいませっ?!」
卵が脇からスルッと滑って石畳に落としそうになった。
それをサッカーボールのように足で受け止めて、お手玉のように何度か手を滑らせてから、どうにかこうにかキャッチした。
「うぅぅぅーっっ、リチェルが持つ! お兄ちゃんは、心配っっ!」
「わ、わたくしは遠慮いたしますわ! 責任っ、取れませんものっ!」
卵を大切そうに抱えるリチェルの姿が、確認せずとも目に浮かんだ。
結局今日は空振りだったが、新しい友人が出来て、面白い卵も手に入ったし、まあいいか。
「コーデリア、手でも繋がないか?」
「お断りいたしますわー!」
「そうか……」
不満があるとすればリチェルが卵に夢中で、手を繋いだり、背中に乗ってくれないことくらいだった。




