・マレニアの二学期 - やっぱロリコンじゃん -
ここから先はモンスターが出る。
依頼書によると、Bランク相当のオオムカデとゴブリン系、希に中型のワイバーンが現れるので、遭遇したら死なないように上手く切り抜けろ、とある。
地形は起伏のある丘陵。
木々の豊かな林と、草も生えない貧しい赤土が入り交じる変わった土地だった。
「ちょっとっ、ストップ!」
「……ああ、やはり付いて来てしまったか。なんだ、少女?」
「にーちゃんが探してるのって、この赤いハーブでしょ。素通りしていいの?」
「…………おおっ!」
少女の足下にしゃがみ込んでみると、おぞましいほどに真っ赤な草が生えていた。
依頼書にデッサンが印刷されているので、見比べてみよう。
「あ、これ? 返すね」
「……なんでお前がそれを持っている?」
「気になったから、すすーっと」
「人からスリ取ったと?」
「ごめんねー。なんか見てらんなくてー」
返却された依頼書と、少女の足下に生える赤い草を並べて見ると、それがレッドハーブだとわかった。
モノクロの印刷ではわからなかったが、茎は緑色で、ギザギザの葉っぱと茎に鋭いトゲを持っている。
根を残してそれを切り取って、背中の採集籠に入れた。
「ありがとう、これで銅貨3枚の稼ぎだ」
「これだけで3枚? まあまあ美味しいじゃん」
「だがこれ以上は危険だ、帰れ」
「えーー? 気付かずに素通りしたくせにー?」
「ああ、これで臭いは覚えた。次からは見逃さない」
鼻を鳴らしてみせると、何が面白かったのかその子に吹き出された。
「なんか心配……。他の2つが見つかるまで手伝ってあげる」
「いや、まあ……そうしてくれると助かるが……。わかった、見つかったら出口まで送ろう」
「オレ、ピカピカの銀貨欲しいなぁ……?」
「はは、うちの妹よりしっかりしているな」
「え、妹いるの?」
「ああ、いる。お前よりちょっと年上だろうな」
「へーー……歳離れてるんだー?」
「ふ……っ、言っておくが、うちの妹は国一番の美少女なんだぞ。やさしく、愛嬌があって、甘え上手な理想の家族だ」
つい饒舌に語ってしまうと、その子は返答に困ったのか黙り込んでしまった。
「にーちゃん、やっぱロリコンじゃん……」
「違う、これは家族愛だ」
「オレ、親いないからわかんないけど、それ、フツーの愛し方じゃないと思う……」
「……さっきも言ってたな。親、いないのか?」
「いないよ。でもそれがオレのフツーだし。にーちゃんがなんも見えないのと同じだよー。あっ、イエローハーブってあれじゃない!?」
少女が茂みのあたりに飛び出そうとすると、何か嫌な感じがした。
念のため俺は装填済みの重弩を構え、様子をうかがった。
ボウガンの強みはこれだ。
事前に装填しておけるので、弓なんかよりずっと早く敵をぶち抜ける。
何かあったらトリガーを引くだけでいい。
「ちょ、何やってんだよ、にーちゃんっ?!」
「少女っ、一応確認だがっ!! お前の後ろにーる黄土色のでかい塊はっ、敵か!?」
「へ……? うっ、わっ、わっ、うわああああーっっ?!」
なんだ、敵か。
「ならヨシッ!!!」
トリガーを引いて、やけにでかい塊をぶち抜いた。
その黄土色の塊は大地を揺らして崩れ、次弾を装填して構えると、既に動かなくなっていた。
近付いて正体を確かめようとすると、あと一歩のところで消えてしまった。
「にーちゃん……すっげぇぇーー……」
「大丈夫か? 歩けないなら背中に乗るか?」
「うわ、でもやっぱロリコンだ……」
「助けてもらっておいて、なんだその言いぐさは……」
「あ、なんか落ちてる! これって、ドロップってやつでしょ!?」
「見せてみろ」
「やだー! これ、オレが拾ったんだしー、もうオレの物っ!」
本当にたくましい子だな……。
恐い目に遭ったというのに少女は立ち上がり、ネコババしたお宝に目を輝かせている。
手を引っ込めて宝に顔だけ近付けてみると、それはべっこう飴みたいに輝く拳大の琥珀だった。
しかしその中には、小さなムカデが入ってしまっている。
「いいのか? ムカデ入りだぞ?」
「いいよ、カッコイイじゃん!」
「そうか……?」
欲しいか欲しくないかで言えば、ムカデ入りは別に欲しくない。
「まあ、そんなに欲しいならやる。うちの妹が見たらひっくり返る」
「マジでー!? ありがとうっ、ロリコンのにーちゃんっ!」
子供って自由だな……。
俺は鋼鉄の矢を回収して、イエローハーブを採集籠に入れた。
しかしそのすぐ隣にあった草が、どうも依頼書のベースハーブに似ている気がする。
依頼書と見比べてみると、それが目当ての草だった。
それも根を残して切り取って、籠に入れた。
「ありがとう、サンプルも見つかったことだし、出口まで送ろう。後は臭いだけでどうにかなる」
「ううん、やっぱ最後までつき合ったげる」
「おい……それはダメだ」
「そんなことより、ボンちゃんの妹の話してよー!」
「ボ、ボン……? へ、変な略し方するなっ。それじゃまるで、ボンボンみたいだろ……」
「違うの?」
「お前にはノーコメントだ」
「それよりさー、妹の話してよー! ハーブ探しながらさー!」
「む……そうか、ならいいぞ。妹の話が終わるまでは、付き合わせてやろう。いいか、俺の妹はな……?」
リチェルの話をしながら薬草採集をした。
ときおり邪魔な魔物が視界に入っては、一応少女に確認を取ってから、ズドンとぶち抜いた。
あるいは逆に少女が敵に気付き、ぶち抜くように俺を誘導した。
今日までなんとなくの現場ヌコ感覚でコイツを撃って来たが、誘導者がいるというのはいいものだ。
「さらにうちのリチェルはな、その気になればメテオを1日200発撃てる」
「嘘だぁー! そんな子いるわけないよーっ!」
「いる。何せ俺の妹は――」
「天才だからだ! でしょ。それもう10回くらい言ってるよ?」
「……まさか。いや、それくらい言ったかもしれんか。無意識というのは、恐ろしいものだな……」
ドロップは少女に任せ、鼻をフガフガ鳴らしてレッドハーブを採集した。
運良く群生地が見つかり、一気に7株も採集出来た。
「ねぇ、そんなに強いのに、なんで薬草採集なんてしてるの……?」
「初クエストは薬草採集。そう相場が決まっているんだ」
「え、これが初仕事なの?」
「ギルド支部では散々冷やかされた。その目でどうやって薬草を採集するんだ、とな」
「それがフツーの反応でしょ」
「なら出口まで送ろうか?」
「なんだよ、別に不機嫌になんなくてもいいじゃん。ボンちゃん目悪いけど、ちゃんとやれてるんだしー?」
「ふっ、まあな」
「でも臭いだけでわかるもんなんだねー! すっごーっ、犬みたい!」
こういうズゲズケと言う子もいいものだな。
変に言葉を選ばない分、それが純粋に感じられて、腹の底を探らなくてもいいのが楽だ。
「よかったら今度、マレニアに遊びに来ないか?」
「へーー、ふううーん? そうくるんだぁー?」
「言っておくが変な意図はないぞ。うちの妹と一緒に買い物でもどうだ? 食事くらいならおごるぞ」
「リチェルかー……その子、本当に存在するの?」
「かわいいぞ?」
「はいはい、それはもう30回くらい聞いたから。じゃ、気が向いたら行くよ」
「ではリチェルの話の続きをするか」
「うげ……」
「そうだ、出会いの話をしよう。当時の俺は――」
「ちょ、その子の話はもういいよ……っ。いい加減飽きたしー……」
「遠慮するな。当時の俺は不器用でな、リチェルのことを逆恨みしていた。だが――」
「うわぁぁ……人の話聞いてないし、この人……」
うちの妹の素晴らしさを語るには、薬草採集のクエストはいささか小規模だった。
気付くと太陽が傾き始め、さらに語ると3時過ぎくらいの曖昧な空の色になっていた。




