・マレニアの二学期 - 誰得SIDE 2/3 -
そこから先はグレンデルの叔父貴を頼った。
叔父貴は組合の古株で、上層部に顔が利いた。
近場の支部の部屋を借りて、そこで叔父貴と話し合った。
「俺を頼ってくれて嬉しいよ、ジーン」
「こちらこそすまねぇ、叔父貴。で、向こうはなんだって?」
「ご立腹だ」
「はっ、罪もねぇ学生を殺そうとして、まさかの逆ギレかよ。……クズめ」
俺が行くとまずいって言うんで、叔父貴に交渉を任せた。
「まあそう焦んな。待ってりゃそのうち折れる」
「舐めやがって……! 次は直接俺から、認めねぇなら世間に証拠を公開してやるって言ってやる!」
「おい待てそりゃ止めろ……っ。お前、組合のメンツを潰す気か、おいー!?」
「当然だろ! 今回が初犯じゃねぇ!」
調べてみると、同じ手口が過去に繰り返されていた。
真犯人たちは処刑に適切な迷宮を見つけると、冒険者ギルドの記録をいじって、そこに気に入らねぇ連中を送り込んでいた。
迷宮に向かった記録も消されていたため、周囲からは突然姿をくらましたかのようにしか見えなかった。
もしこれが公表されれば大スキャンダルになる。
トップの首がいくつも飛ぶだろう。
「ジーン、俺の顔に免じて公表は止めろや……? な、兄貴の顔も立ててくれや?」
「悪ぃが叔父貴、それが正しいとは思えねぇよ。向こうが認めねぇなら、公表の他にねぇよ……」
記録の書き換えを行った本部職員は、現在行方不明だ。
逃げたか、消されたか、どっちにしろ見つけるのは難しい。
調査によると急に羽振りがよくなったようだったので、買収でもされちまったんだろう。
「どうしてもダメか?」
「おうっ、話してたらますます頭に来た!」
最初は不思議だった。
なぜこんなことをする必要があったのか、犯人の動機が不明だった。
なぜ犯人は、グレイボーン・オルヴィンと、腐食のカミルを狙う必要があったのか?
ジュリオはその動機から考えてみろと言って、親切に相談に乗ってくれた。
弱視のグレイボーンと腐食のカミル。
いったいどちらが狙われたのか。
こいつらが消えると都合がいいやつは誰なのか。
ターゲットをグレイボーンとすると、ハンスという男が疑わしかったが、会ってみるとえらく気弱なやつだった。
人もよく、とてもこんな大それたことが出来るやつには見えなかった。
それに娘のリチェルの庇護者であるグレイボーンが死ねば、ハンスもまた困る。
動機があっても、今殺す必要はなかった。
一方、腐食のカミルは両親親族に絶縁されている。
力の使い方を誤って、自分に暴行しようとした長男を殺してしまったせいだ。
カミルの両親は関わりたくないの一点張りで、親族もまた同様だった。
誰も腐食のカミルに関わりたがらない。
なんか……あの先輩が可哀想になった……。
悪いのは襲った兄貴だろうに、なぜ襲われた方が悪もんにされる?
出会い頭に逃げた俺も言うのもなんだが、すげぇ腹が立った……。
「なぁ、お前の勘違いなんじゃないのか? 彼はそこまで悪いやつじゃないと思うぜ、俺はよ?」
「そうだな、叔父貴。だが、動機、立場、状況証拠、全てがアイツを指さしてる。黙るなんて無理だね」
誰もグレイボーンとカミルを殺して利益を得られる者なんていなかった。
いや、ところが、深く調べてみると1人だけいた。
グレイボーンとカミルの両方が消えると、得をするやつが。
灯台もと暗しってやつだ。
犯人は学内にいたんだ。
「だがよぉ、ジーン?」
「アイツならギルドの職員の買収も余裕だろ」
「そりゃ――」
「なんたって、我が国の英雄的冒険者一族の一員だ」
「おいっ、止めろっ、誰かが聞いてたらどうするっ!」
「マレニア魔術院3年生! クラウザー・ヴォルフガング・クノル!!」
「おーいっっ?! 止めろっつってんだろっっ!!」
叔父貴がテーブルを激しく叩いた。
だが俺は譲れなかった。
叔父貴があんな野郎をかばうのも気に入らなかった!
「やつは学年主席を一度も譲ったことがなかった。が、次席には常に腐食のカミルが張り付いていたんだよ……。あの実習は、ヤツにとって、邪魔なカミルを排除するチャンスだったんだよ!!」
これは冤罪で村を追い出された俺が、誰かを救うチャンスだ。
それで何かが変わるわけでもねぇが、ここで退いたら俺は本物のクズになっちまう。
「そしてグレイボーン・オルヴィン。コイツはマレニアの入学試験で、クラウザーと一悶着起こしている」
「その程度の理由で暗殺だぁ? バカらしい!」
「ああ、バカみてぇな話だ。だがグレイボーンのせいで、クラウザーは入学主席の座を奪われ、えらく怒り散らしていたそうだ。……そして、その2年後、ヤツが入学して来た」
あいつ、空気読めねぇからな……。
さぞムカついただろうよ……。
「だとしても証拠がないだろが!!」
「あるよ」
「…………な、何っ!? な、なんだとぉーっ?!」
「罪に問えるほど大きくはないが、小さくもない証拠が見つかった」
「本当か……?」
「職員とクラウザーとの間に交わされた契約書だよ」
「そんな物を残していたのか!?」
「この職員、意外に用心深い男だった。転写紙を仕込んで、契約書の写しを作っていた。本人からすれば保険のつもりだったんだろな」
叔父貴の顔付きが変わった。
ジュリオを外したのは、バロック一族の立場からすると、これ以上は組めないからだった。
ジュリオは開拓省に内定。
バロック次官は内務省の人間だ。
俺のやることにこれ以上関われない。
「罪に問える証拠には足りねぇが、新聞社に見せりゃ翌日の一面トップは確実だ」
「お、おい……」
「見ていてくれ、叔父貴。俺はクノル家のバカ息子に落とし前を付けさせてみせる」
「おい、ジーン、その証拠はどこにある……? そういうことなら、俺が話を付けてやるよ……。どこだ? 渡せ」
叔父貴は熱くなるどころか、青ざめた顔で俺に手のひらを突き出した。
それは俺が尊敬する男らしい叔父貴じゃなかった。
「叔父貴……。さっきからよ、叔父貴が叔父貴らしくねぇ気がするんだが、俺の気のせいか?」
「証拠があるなら話が変わるって言ってんだ! 早く渡せ!」
「止めとくぜ。叔父貴にも立場があるだろ、こういうのは俺みたいな使い捨ての小者がやるべきだ」
俺が席を立つと叔父貴もすぐに立ち上がった。
その場から去ろうとすると、すぐに叔父貴は背中を追って来て俺を引き留める。
いいから渡せ。
俺に任せろ。
叔父貴はいやにしつこかった。
「渡せと言われても手元にない。……叔父貴、俺は叔父貴を信じてるぜ」
「止めとけ……っ! やつらを敵に回すぞっ!」
「気のいいルームメイトが殺されかかったんだ! 今さら止まれるかよ!」
支部を離れ、俺はマレニア魔術院に向かった。
クラウザーは夏休みの間もそこで訓練をこなしている。
これからソイツに接触し、罪を認めさせる。
・
マレニアの学内に入ると、帰って来たかのような安心感があった。
時刻は夕方。クラウザーは日が暮れるまでここに残るのが習慣だ。
回廊を進み、裏口から校舎に入り、奥にある室内訓練場に入った。
だが訓練場にクラウザーの姿はなかった。
しばらく帰りを待ってみたが、ヤツが戻ってくる様子はない。
もう帰ったのだろうかと思いながらさらに待ってみると、とうとう日が暮れてしまった。
「間が悪ぃな……。ガーラントに挨拶してからにするか……」
ガーラントは貧乏人だ。
貧乏人は帰省なんてしないでマレニアに残る。
家賃ゼロで飯まで食えるんだからな。
今日はガーラントのいる寮に泊まることにして、俺は日の沈んだ回廊に出た。
ガーラントのことを思い描くと、もう1人のルームメイトの顔が夜空に浮かんだ。
グレイボーン・オルヴィンは、妹を大切にするいい兄貴だ。
俺もあんなふうに、いい兄貴をやれたらよかった。
兄弟を愛し、大切にする。
そう簡単に出来ることじゃねぇ。
それが出来るだけで尊敬もんだ。
「ん……?」
今、何か、後ろから妙な物音が、したような……。




