・マレニアの二学期 - 誰得SIDE 1/3 -
・イオニアのジーン
最初はあの家族愛の強さが目障りだった。
英雄的冒険者の息子、って噂もなんか無性に気に食わなかった。
どこに行ってもトラブルを起こすあの野郎は、俺からすりゃ目障りどころか、関わりたくねぇ最悪のお邪魔虫だった。
そいつがルームメイトだってんだから、頭いてぇわ……。
おまけにふてぶてしく、自己中心的で、周りを全く見ようともしないところがまた、見ているだけでイライラとした。
ハンデを抱えて生まれて来たのに、ちっとも折れないところも気に入らなかった。
「ロウドックか……懐かしい名前だ」
その父親を、俺が尊敬するグレンデルの叔父貴が褒めていたのもムカついた。
あれはギルドの酒場でのことだったか。
「叔父貴も知ってんのか?」
「ロウドックとは何度か組んだことがある。後方から部隊の指揮をしながら、着実に大物を重弩で穿つやり手の男だった」
俺は叔父貴とドライソーセージをつまみに、薄いペールエールを飲み交わしていた。
その席でムカつくルームメイトの話を振ったら、ロウドック・オルヴィンの話が飛び出して来た。
「はっ、アイツと俺とは生まれからしてちげーってことかよ」
「おい、ジーン、そいつは違うぜ。ロウドックは優秀だったがバカ野郎だった」
「はははっ、グレイボーンの野郎もとんだバカ野郎だぜ。アイツは超っ、自己中の、身のほど知らずだ!」
「ふん……その息子は父親の悪いところが遺伝したようだな」
叔父貴は懐かしそうに薄く笑った。
「英雄ロウドックも自己中だったのか?」
「ジーン、勇気ってのはよ……またの名を、蛮勇って呼ぶんだ」
「なんだよ、急に?」
「成功すれば勇気、失敗すれば蛮勇。無謀。愚か者。結果を出さなきゃ、誰も勇気とは呼んじゃくれねーんだよ」
「よくわかんねぇな。つまりなんだ?」
「ロウドックはたった30過ぎで引退しちまった! ドラゴンにも怯まない勇敢さが、仇となっちまったんだよ、ジーン」
「はーん……? ま、別に珍しくもねぇ話だ」
俺はイオニアという名のケチな村の生まれだ。
妹が1人いたが、村を出たきり連絡なんて取っちゃいねぇ。
女を強姦したとかひでぇ冤罪を着せられて、俺はイオニア村を出るしかなくなった……。
それでも俺がイオニアのジーンと名乗るのは……まあ、そんなのどうでもいいか……。
「何が気に入らねぇ? 目が悪ぃんだろ、ロウドックの息子は。なら俺は、お前の方が優れてると思うぜ」
俺は日々の食事にも事欠く日雇い労働者に落ちぶれた。
そんな俺を、グレンデルの叔父貴が拾ってくれた。
叔父貴は熊のようにガタイのいい男だ。
そんな大男がある日、俺が働いていた建設現場に現れて冒険に誘ってくれた。
その帰りには飲みに誘ってくれて、建設労働者にしておくには惜しいと言い、次の冒険にも誘ってくれた。
最初はただの荷物持ち兼、使いっぱしりだった。
けど俺は叔父貴の力になれるのが嬉しかった。
「叔父貴はアイツを知ねぇから、んなこと言えんだよ。神がヤツを弱視にしたのは、そのまんまだと、ただの怪物と同じになっちまうからだろうよっ!」
「だが、ロウドックと同じ、バカ野郎なんだろ?」
「そうだよ! アイツはバカだ! とんだ大バカだよ!」
「だったらお前の方が使える。ははは、目の悪い重弩使いなんて、誰も組みたがるやつぁいねぇよ」
グレンデルの叔父貴からすると、俺は都合のいい手駒だった。
俺は実力よりも忠実さを評価されていた。
だが大恩ある叔父貴の力になれるなら、俺はそれでよかった。
「それより査察は順調か?」
「……ああ」
「何か問題があれば、俺が聞いてやるぞ」
「……悪ぃがその話はできねぇよ。いくらグレンデルの叔父貴でもな」
俺が不正を毛嫌いするところと、馴れ合いを好まないドライなところを、冒険者組合の上層部は評価してくれた。
俺は今年、新しい査察官に抜擢され、マレニア魔術院に潜入していた。
「気にすんな、誰にも言わねぇよ。大切な弟分の力になりてぇんだよ、俺は」
「お、叔父貴……」
「なんか問題あんだろ? 話してくれ、な?」
「ああ……なら、少しだけ……」
叔父貴の助けもあって上手くいっていた。
あの事件が起きるまでは……。
・
それから春が終わり、夏が来て、あの事件が起きて、マレニアの一学期が終わった。
終業式には参加しなかった。
治安局との合同で冒険者組合の内部査察がしたいと、俺はそう訴えるので忙しかった。
だが組合は俺たちの要求を拒み、あろうことか、証拠隠滅に動き出した。
まさか組織ぐるみでグレイボーンの野郎を消そうとしたんじゃないかと、俺はそう疑い始めた。
次第に治安局の協力の方も怪しくなった。
誰かが根回しを始めて、治安局の頭を押さえ付けた。
ますます気に入らねぇ……。
あの妹バカが、いったい何をしたよ?
気に入らねぇが、アイツは一応善人だ。
家族を大切にする1人の立派な兄貴だ。
それをなぜ、誰が死地に送り込んだのか、俺はどうしても真実を知りたかった。
そんな俺の前に思わぬ協力者が現れた。
「困っているようだね、だみ声のジーンくん」
「は? 誰だ、アンタ?」
「私は内務省次官のバロックという者。治安局は私が動かそう」
「息子のジュリオです。僕も調査に協力いたします」
それは内務省の大物とその息子だった。
しかもそいつらは、どちらもグレイボーンの野郎の友人だと言う。
次官の圧力により治安局の協力が得られ、さらにはジュリオという優秀な協力者が得られた。
ジュリオはひねくれ者の俺が認める他にねぇほどに――なんか、いいやつだった……。
「ジーンさんは立派です。僕はその反骨心を見習いたい」
「くせぇよ、おめー」
「え、そうかな……?」
「臭いじゃねーよ、バーカッ!」
彼らとマレニア魔術院の協力により内部査察の許可が下りた。
俺はジュリオを相談役にして、事件の真実を究明していった。
そして苦労の果てにそれを見つけた。
決定的な証拠はないが、そいつ以外にいないだろうというところまで、間接的な証拠をまとめ上げた。
「え、なんでだい……?」
「冒険者組合からすると、これ以上はまずい……。事件の蹴りは組合内部で付けたい」
「それが出来るならそれに越したことはないね。でも、出来そうなのかい?」
「さあな。だが直接的な証拠がない以上、正規の方法じゃどうにもならねぇ」
「そうかな。調べればきっと――」
「ない。実行犯は行方不明。直接犯人を示唆する証拠がなければ、司法ってのはただの役立たずなんだよ」
そこまで来ると俺はジュリオを外した。
ジュリオは食い下がろうとしたが、俺は無視してバロック邸を出た。
段取りを整えて、真犯人に落とし前を付けさせるために。
メンツを気にする冒険者組合ならば、この方法で解決出来るはずだ。




