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・終業式と夏期休暇 - この友情が永遠に続くことを -

 タイミョウ軒は持ち帰りのオムレツとメンチカツを付けてくれた。

 さらには金貨1枚をお釣りとして返してくれた上に、コック長が軒先までお見送りまでしてくれた。


「こんなに気持ちよく食ってくれるお客は初めてだ!! また来てくれ、歓迎する!!」


 コック長はテカテカとした色黒の肌が特徴の、なかなかカッコイイおっさんだった。


「うぷっ……た、食べ過ぎましたわ……。んぐぷ……っっ」


 大物になると、お釣りは募金箱にガシャンとぶち込むものらしい。

 というわけで豪遊で強気になっていた俺は、その金貨1枚をコーデリアのポケットに忍び入れた。


 背中に天使の寝息を立てるリチェルをおぶりながらのことだった。


「グレイ、ちょっと2人だけで話したいことがあるんだ。少しだけいいかな?」

「なんだ、愛の告白か?」


「よくわかったね。ちょっとこっちへ……」

「わかった。トマス、悪いがコーデリアを頼む」

「ぼ、僕が……!?」


「任せた」


 トマスは女性にあまり縁がない。

 いつもジュリオとつるんでいたので、女子生徒の注目は全てジュリオに奪われていたとも言う。


 そんなジュリオの背中を追って路地裏に入ると、彼は暗がりの中でこちらに振り返った。


「で、なんだ?」

「君が陥れられて、殺されかかった件のことだけど」


「俺が? いつ?」

「一昨日、君は難易度レベル227の迷宮に挑まされただろう……?」


 ああ、あのことか。

 殺されかかってはいないが、確かにまあ、まんまと陥れられた。


「しかしレベル227? あれが? そいつは何かの間違いだろう」

「父が言うには、国はあの迷宮をS級に指定したそうだ。これであの迷宮には、A級冒険者以下は挑めなくなったわけだね」


「ははは、そんなはずはないだろう。むしろ、ぬる過ぎて退屈だったぞ?」


 そう返答すると、なぜかわからんがジュリオは俺に呆れ返った。


「君は優秀な男だけど、周りが全く見えないという、大きな弱点があるね……」

「ま、この目じゃ確認しようがないからな。俺なりに大ざっぱに生きるしかない!」


「たくましいなぁ、本当に……」


 顔をジュリオに近付けると、どうやらだいぶ心配させてしまっていたようだ。

 女子生徒にチヤホヤされまくりのブロンドのイケメンに、俺はどこか切ない目で見つめ返されてしまった。


「ジーンと言ったかな。君の友人を、父上と僕はサポートすることになった。必ず犯人を見つけてみせるよ」

「そうか」


 ジュリオは友達がいのあるいいやつだ。

 その父親のバロック次官には、これでますます貸しを作ってしまったことになる。


 しかし良い借りと、悪い借りがあるとすれば、これは前者だろう。


「助かる。俺が狙われる分にはいいんだが、次の矛先がこの子に行くかもしれない。そう考えると、ちょっと怖いな……」

「父上も僕もその可能性が高いと踏んでいる。護衛をしっかりね」


「忠告ありがとう。さて、そろそろ戻るか」

「待って。……まだ1つ、言いたいことが残っている」


「今度こそ愛の告白か?」


 冗談で言ったのに、ジュリオが黙り込むからこっちが驚かされた。

 ジュリオは女子生徒に誘われても全くなびかない。


 もしや、ホモか……?

 そう疑ったことも数回ではなかった。


 だってそうだろう。

 モテるのになんで彼女がいない?

 そんなのおかしいだろ。

 いくら勉強家だからといって、女っ気が全くないのはなんでなんだ?


「グレイ……僕はね、君と一緒に卒業出来ないのが残念で……。とても悔しいんだ……」

「すまん」


「いいんだ、今の君は生き生きとしている。君はマレニアで学ぶべきだったんだよ」

「ああ、通ってみるととても楽しい。要領の悪い俺に、冒険者として生きる上で必要な知識も授けてくれる」


 もしド近眼の重弩使いが、専門の学校に通うことなく冒険者ギルドを訪ねても、そう簡単には仕事を任せてはくれなかっただろう。


 冒険者ギルドは未経験者歓迎、即日から就労可能の日雇いバイトみたいな世界だが、この世界でも要領の悪いやつはお呼びではない。


 だがマレニアで経験を積めば、弱視というハンデを背負っていても、きっとどうにかなるだろう。


「グレイ!」


 らしくもなくジュリオが叫んだ。


「なんだ?」



「君さえよかったら、卒業した後も……っ! 僕とずっと友達でいてくれっ!」



 さらにはジュリオに両肩を掴まれた。

 ぼんやりと目に浮かぶジュリオの顔は真面目そのものだ。

 『なぜそこまで?』と、疑問を感じるほどに彼は必死だった。


「立場が変われば人間関係も変わってゆくものだけどっ! それでもっ、僕はずっとっ、君と友達でいたいんだっ!!」

「そんなの当然だろ。止めるわけがない」


 なんか、青春だな……。

 ジュリオにとって、友情はとても大切なものなのだろうな……。

 人生2週目だが、こんなにしっかりと青春したの初めてかもしれん。


 ええっと……。

 こういう時、どうすりゃいいんだ?

 夕日に向かって駆けるのは、古いよな?

 てかもう沈んでるし?

 方角的にこれだと、夕日に向かって潜れになるし?


 青春って、どうすりゃいいのか、わからん。


「それじゃ約束だ! 卒業した後も僕たちは互いに助け合って行こう! 困ったことがあったら、なんだって僕に言ってくれ、グレイ!」

「お前にもバロック次官にも山ほど貸しがある。これからも世話になるのが、申し訳ないくらいだ」


 いつか親切にしてくれた恩義を返せるといいんだが……。


「これからもよろしく、ジュリオ。頼りにさせてもらう」


 手を上げてハイタッチを誘うと、ジュリオは戸惑った。

 あまりこういうのはしない真面目で上品な学生だからな、コイツ。


「俺と同じように手を上げろ」

「こ、こうかい……?」

 

「よしっ! よろしくな、ジュリオ!!」


 言われるがままのジュリオの手に、手のひらをぶつけてハイタッチを交わした。

 正確に確認したわけではないがぼやける視界の中で、ジュリオがまるで少年のように笑ったような気がした。


 そんな俺たちのやり取りを――


「へ、へへ……えへへへ……」


 リチェルが背中の後ろからタヌキ寝入りで見ていたとしたら、どうする?


「リチェル、起きてたのか、お前……?」

「や、やぁ……なんか恥ずかしいところを見せてしまったね……」

「うーうんっ! えかった!」


 ウキウキしてたまらないのか、リチェルが背中でモゾモゾと暴れた。

 ジュリオの情熱にあてられてか、だいぶ興奮しているようだった。


「リチェル、わかった! これが青春! ジュリオはお兄ちゃんが、大大大っ、大好きっ!」

「ちょっ?! 大声でそういうこと言わないでよっ、リチェルちゃんっ!?」


「むふっ、むふふふ……。リチェルも、コーちゃんと青春、して来る!」


 妹は兄の背中から降りて、来た道を引き返していった。

 迷うことなくタイミョウ軒の前に戻れるところからして、最初からタヌキ寝入りだった疑惑が浮上した。


「俺たちも腕でも組んで戻るか」

「腕? 腕は組んだことないんだ。どうすればいいんだ、グレイ?」


「いや真面目かよっ!」


 相棒の背中を押してみんなのところに戻った。

 するとそこには、ハプニングがもう1つ残っていた。


「わわわわっわたくしっ、わたくしやってませんわっ!! あえて言うなら無意識がっ、無意識がっ、わたくしがそそのかしたんですのーっ!!」


 コーデリアは俺に気付くと、俺の足下にひざまずき、王にでも品物を献上するかのように両手を掲げて、1枚の金貨を返却してくれた。


 ネコババすればいいのに、お前まで真面目か。


「ああそれ、俺がお前のポケットに入れたんだ」

「へ……? は、はぃぃぃーーっっ?! ちょ、なっ、なんてことしやがりますの、貴方って人はーっ!?」


「やる」

「うっっ?! や、やる……?」


「実家大変なんだろ? やる」

「う、ううっ、うっ……受け取れませんわっ、こんな大金!!」


「なら貸す。出世払いで返してくれ」

「ほ……本当にいいんですの……? で、でしたらぁ……あの、あと、あと金貨4……いえ、きゅ、9枚ほど……貸していただけたり、しますの……?」


「いいぞ、明日渡すよ」

「わたくしっ、わたくしこのご恩は忘れませんわーっ!! 今ならわたくしっ、三べん回ってワンと言えますことよーっ!」


 その古い慣用句、こっちの世界にもあるんだな。

 金の用途を詳しく聞くと、コーデリアはそれを実家の借金返済に充てるつもりだそうだ。


 これで利息の支払いが少し楽になるんだと。


 少し。少しな……?

 マジで大丈夫か、お前の実家?

 そういう感想にならずにはいられなかった。


 やり取りが終わると、俺たちはジュリオとトマスに中央トラム駅まで見送られた。

 それからまたこのメンツで会おうと約束して、客席ガラガラのトラムに飛び乗った。


 俺は焦点の合わない目で、遠くなってゆく友人たちの姿を見つめた。

 いや、マジでなんも見えないんだが、そこにジュリオとトマスがいるのは確かだ。


 そうなると否応なく、あの言葉を思い出した。


『君さえよかったら、卒業した後も……っ! 僕とずっと友達でいてくれっ!』


 なんか臭くて、背中がムズムズかゆくなってくるセリフだったけど、そう言ってくれる友人がいるのって、案外これが悪くない……。


 ジュリオ。それにトマス。

 俺たちは大人になってもずっと友達だ。

 この友情が永遠に続くことを俺も祈っている。

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