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・終業式と夏期休暇 - 誰がなんと言おうと小さい方がシャベル -

 中央トラム駅に着くと、ややっこしくてわけがわからない駅をどうにかして出て、バロック邸のある高級住宅街を訪れた。

 するとコーデリアは途端に挙動不審になった。


「こんなことなら鎧を着てくるんでしたわ……っ。中等学部の知り合いとばったり出会ったら、気まずいですもの……っ」

「ああ、やはり俺も重弩を持ってこればよかった。あれがないとどうも落ち着かん」


「入店拒否されますのよっ!」

「お前もな」


 そわそわと辺りを見回すコーデリアを後ろから眺めながら通りを歩くと、やがてバロック邸に着いた。


「で……!? ででっ、でかっっ……でっかぁぁーーっっ!? ですわっっ!」


 まあ正常な反応だ。

 バロック邸は高級住宅街でもぶっちぎりにでかく、荘厳だ。


「敷地だけならうちの方がでかいぞ」


 だがせっかくなんで張り合ってみた。


「へへへー、リチェルは、兄ちゃんのお家の方が好き……!」

「ああ、明日は母さんとハンス先生に、お土産をたくさん買って帰ろうな」


 領主はお前だ。

 あの家はお前の物だ。

 そう言いたくなったが、口にするのは無粋だろう。


「おお、騒がしいと思ったら君たちか!」


 玄関先で騒いでいると、庭先から誰かがこちらの正門側にやってきた。

 その自信あふれる声はバロック次官のものだった。


「ようこそ、我が邸宅へ! さあ中へ入りたまえ!」

「こんにちは、バロックおじさん!」


 彼は鉄柵の門を開いて中へと俺たちを招いてくれた。


「報告は耳に入っているよ。その若さで素晴らしい成績を上げたそうだね」

「えへへへー……でも、リチェルのお兄ちゃんは、もっとすごいんだよーっ!!」


「もちろん知っているとも。イザヤでも主席、マレニアでも主席。素晴らしいことだ」

「相変わらず情報が早いことで。……ジュリオとトマスは?」


「中で君たちを待っているよ。いや、若いというのは素晴らしい」


 よく観察してみると次官からは土の匂いがした。

 それに右手に握っているのはたぶん……園芸用の小さなシャベルか。


 ちなみに小さい方がシャベルで、大きい方がスコップだ。

 少なくともこの世界ではそういうことになっている。

 誰がなんと言おうと、小さい方がシャベルだ。


「さ、コーデリア嬢も中へ」

「わ、わたくしをご存じですの……っ?!」


「知り合いに逐一報告させているのでね。貴族出身でありながら、マレニアに進学するその向上心、なかなか君も興味深い」


 バロック次官に導かれて広い屋敷に入った。

 ジュリオとトマスは居間でチェス盤を囲みながら、俺たちのことを待っていた。


「ジュリオッ!」

「やあリチェルちゃん、久しぶり、いらっしゃい」


「久しぶりー! あ、これがトマス! ホントだーっ、ちっちゃい!」


 こら、リチェル。

 出会い頭に『ちっちゃい』と言うのは、出会い頭に『ハゲ』と言うのと同義だぞ。


「グレイとジュリオはいいよね……。男らしくて、背が高くて、年下に舐められたりするのとは無縁なんだから……」

「すまんっ、うちの妹がすまんっ! だがうちの妹は天使だっ、ほら見ろっ、この純粋な笑顔をっ、悪気はないんだっ!」


 トマスは席を立つとリチェルと向かい合う。

 当然ながらトマスの方が少し背が高かった。


「初めまして、トーマスです。よろしく、リチェルちゃん」

「うんっ、よろしくね、トマス! リチェル、ずっとトマスに会ってみたかった!」


「僕もだよ、グレイはいっつも妹の自慢ばかりだったから。で、そちらの方は?」


 トマスが大人でよかった。

 ちっちゃい扱いされたのに、やさしくうちの妹を迎えてくれた。


「コココココ……コッ、コココッ、コーデリア・ハラペと申しますっ! タ、タタタ……タダ飯をいただきに参りましたわーっ!!」

「あはははっ、さすがグレイの友達だね。自己紹介からして面白いや!」


 ちょうどいいタイミングだ。

 俺は金貨10枚を詰めた袋を突き出して、そいつをジャラジャラ鳴らした。


「コーデリアだけじゃないぞ、ここにいる全員だ。今日は俺のおごりにさせてくれ」

「まあ、なんて素晴らしい音色……っ。いくら入っていますの……?」


「10枚ほどだ」

「銀貨10枚? なら僕からも予算を出すよ。せっかく新しい友人が出来――」


「違う、金貨が、10枚だ」


 証明に小袋から黄金の貨幣を10枚取り出すと、場が一瞬固まった。

 のんきなリチェルまで絶句していた。


「昨日の迷宮実習で巨大なガーネット原石を拾ってな、今日の俺はそれなりにリッチなんだ」

「き、金貨……はら、ほろ、ひれ……き、きききき、金、貨ぁぁ……!? は、はぁぁぁ……っっ?!」


 黄金の輝きはまるで誘蛾灯のようにコーデリアを引き寄せた。

 ここダイダロスの物価で言えば、金貨10枚は5人家庭で2ヶ月分の生活費くらいになるだろう。


「面白い! それでこそ私が一目置いた若者だよ!」

「ち、父上……?」


「よければ私が店を手配しよう。学生たちでも騒げるいい洋食屋を知っている」

「助かります。使い切れるかどうか不安だったので」


 金貨を束ねてバロック次官に渡した。

 バロック次官は躊躇なくそれを懐に入れて、ベルを鳴らして使用人を呼んだ。


「お兄、ちゃん……? え、えーーーっ、ええええーーーっっ?!」

「金貨10枚……っ、金貨10枚がそんなっ、ああっっ?!!」


 やってきた使用人は金貨を受け取ると、慌ただしく屋敷を出ていった。


「ジュリオ、彼らをタイミョウ軒にご案内しろ。いや実に愉快! ますます君が気に入ったよ、グレイボーンくん!」

「グレイもグレイだが、父上も父上だよ……」

「本当にいいの、グレイ……?」


 ジュリオは呆れ果て、トマスは控えめに期待した。


「やっとトマスが会ってくれたんだ、これくらいやってもいいだろ」

「う、ごめんなさい……。就職活動、忙しくて……」


 タイミョウ軒なら俺も聞いたことがある。

 オムライスが絶品で、貴族様もお忍びで通うほどの名店だという。


「では諸君、楽しんでくるといい。金貨10枚ならば、いくら頼んでもお釣りが出よう」

「わ、わたくし、ふふふふ、震えてまいりましたわ……っ!?」


 大げさなやつだ。

 けど本当にガクガク震えて面白いやつだな……。


「リ、リチェルみたいな……びんぼーな、田舎の子が……入っても、へーき、ですか……?」

「大丈夫、格式張った店ではないよ。ドレスコードがないのも気楽でいいかな」


「ええーっ!? 男の子もドレス着る店なのですかーっ!?」

「服装に厳しくない店。ということだよ、リチェルちゃん」


 ジュリオがリチェルに腰を落として、やさしい声でそう落ち着かせた。

 それからリチェルの手を引いて外に歩き出すところが、ナチュラルイケメンムーブだった。


「行くか、トマス」

「うん……。でもなんで僕、グレイに手を引かれているの……?」


「あれを見てたらなんとなくな」

「わっっ?! ちょっ、いきなり顔を近付けるのは止めてよーっ!?」


「悪い、しばらく顔を見てなかったから気になった。あんま昔と変わらんな」

「あれから半年も経ってないよ……」


「そういえばそうだったな。……マレニアにいると、時間の感覚が長く感じるみたいだ」

「あ、そうだ。あっちでの話、聞かせてよ」


「そっちの話もな!」

「うん、もちろん! 報告したいこともあるんだ!」


 俺たちは屋敷を出て、洋食屋タイミョウ軒に向かった。

 ちなみにトマスには門を抜けたところで手を振りほどかれた。


 すると狙い澄ましたようにリチェルが寄って来たので、兄妹は手を繋いで繁華街まで歩いた。

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[一言] >ちなみに小さい方がシャベルで、大きい方がスコップだ。 少なくともこの世界ではそういうことになっている。 誰がなんと言おうと、小さい方がシャベルだ。 scopがオランダ語でshovel…
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