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・最凶の二人 - キュンと来るに決まっている -

「ところでなんだがよ、女史……。1つ、俺から別件の相談があるんだが、長い付き合いだと思って聞いてくれねぇか……?」

「ラズグリフ、貴方が下手に出るとは珍しいこともあるものですね。フフ、同級生にいびられて、寮の隅っこでピィピィ鳴いてたあの頃が――」


「生徒の前でその話は止めてくれ!」


 豪快なラズグリフ教官にも、未熟な青年時代があったらしい。

 しかしそれを知るセラ女史はいったいいつから、マレニアで教官をやっているのだろうか。


「その体格でメソメソね、ふぅん……?」

「だぁぁーっ、担任をからかうんじゃねぇぇっ!! いいからっ、コイツをっ、見ろやーっっ!」


 やけくそになったラズグリフ教官は、布袋からあの大きなガーネット原石を取り出し、女史の鼻先に突き付けた。


「ほっ、ほわぁぁーっっ、キラキラのっ、赤い石っ! いいないいなぁーっ、あれっ、お兄ちゃんたちが拾ったのーっ!?」


 するとリチェルが釣れた。

 宝石の前まで駆けていって、なんかピョコピョコと上下に身を揺すりだした。


「そうだぞ。お兄ちゃんが赤いドラゴンをやっつけたら、ドラゴンさんがくれたんだ」

「綺麗……リチェル、これ、欲しい……」


「ははは、リチェルは意外と強欲だな」

「君がそれを言うか?」


 女史は宝石を受け取り、正午過ぎの太陽に向けてそれをかざした。

 アセロラゼリーが食べたくなるような、とても美しい輝きが辺りの者を魅了した。


「金貨……2000といったとこでしょうか?」

「俺は1400枚と踏んでるぜ?」


「大きさはそうですが、内部に傷がなく、不純物も少ない。金貨2000は堅いでしょう」

「リ、リチェル……やっぱり、いらない……。お菓子がいい……」


 値段を聞いてリチェルは発言を引っ込めた。

 後には強欲な兄だけが残った。


「言いたいことはわかりました。いくら欲しいと?」

「半額欲しいってよ」

「ピェッッ?! お、お兄ちゃん……っ?!」


 リチェルからかわいい悲鳴が聞こえたので、そのピンク色の小さな影に俺は笑いかけた。


「フッフフフ……ッ、あの男の息子らしい強欲さですこと! いいでしょう、私たちで学院長に取り合うとしましょうか」


 やった。

 これで金貨500枚が手に入る。

 明日のパーティがますます楽しみになって来るってものだ!


「助かるぜ。んじゃ、このメンツで一杯やって帰るとすっか!」


 いやなぜそうなる?


「……は? 寝ぼけてんのかよ、おめー? こっちは出頭すんだよ、ハゲ!」

「店に迷惑がかかる、僕は遠慮する」


 いきなり飲みに発展する思考回路が俺たちには理解不能だった。


「細けぇこたぁいいんだよ! それに大冒険の後は、酒を飲み交わしながら冒険譚を語るのが冒険者のマナーだ! さあ、付き合ってもらおうかっ、俺の酒に!」

「おめーの酒かよっ!」


「さあ行くぜ、お前ら! グレイボーンとカミルの満点祝いだ!」


 こうして、俺の初めての冒険は終わりを告げた。

 トラム駅の前まで馬車でどうにか引き返すと、昼間から酒を出すようないかにもな酒場に入って、そこでソフトドリンクを飲み交わした。


 俺はリチェルが作ってくれたささみ肉のジャーキーを取り出し、塩分を欲しがる酒飲みの前で美味いそれを独り占めしてやった。


「お、お兄ちゃん……ちょっとだけ、わけてあげたら……?」

「無理だ、お前の愛は分けられない、全て俺のものだ」


「大げさだよぉ、お兄ちゃん……っ」

「へっ、バカ兄が」

「人にまっすぐな愛情を向けられることはいいことだと思うよ、僕は。……時と場合と程度に寄るけれど」


 なんだかんだお祝いは楽しかった。

 世にある飲み会のように人を長時間拘束することもなく、30分ほどで解放してくれたのもありがたかった。


 教官たちとジーンとは、中央トラム駅まで戻ったところで別れることになった。

 治安局に行くジーンに付きそうそうだ。


 俺は疲れて眠ってしまったリチェルを背におぶって、カミル先輩と青のトラムに乗り換えた。


「かわいい妹だね……」

「当然だ」


「2学期もよろしく頼むよ。君と一緒なら主席で卒業も夢ではなさそうだ」

「教官方が許せばな。……しかし、その実力ならトップも難しくないんじゃないか?」


 先輩との間にリチェルをはさんで、ぼやけながらも流れゆく景色を眺めた。

 もし落っこちたらマヌケだけじゃ済まないが、閉所恐怖症の紳士淑女もニッコリの開放感だった。


「1人、卑怯で最低なやつがいてね……。僕の妄想でなかったら、あれは成績に下駄を履かせてもらっている。あれがいる限り、君なしでは学年トップは難しいかな……」

「ずるいやつだな……。どんなやつだ?」


「あのクノル家直系の末っ子だよ。そういえばアイツ、君の噂を聞くといつも君を批判していたな……。もしかして知り合いかい?」

「いや、知らん」


 親好のない下級生の文句まで言うなんて、よっぽど人間の小さい男に違いない。


「本当に? よっぽどの理由がないと、あれほど君を毛嫌いするとは思えないような……そんな気がしていたのだけど……?」

「と言われても、クノルさんなんて知らんものは知らんぞ」


 そんなことより、リチェルがこちらではなく、カミル先輩に寄りかかって寝てしまっているのが気になる。

 迷惑ではないだろうか……。


「本当に、君の妹はかわいいな……。僕に嫌な目を送らないのも、素敵だ……」

「ああ、うちの妹は天使だからな」


 リチェルが褒めれると誇らしい。

 俺は笑顔でカミル先輩にそう答えていた。


「ふふ……そうだね、本当の天使そのものだ」

「……念のため言うが、リチェルに色目を使うなよ? リチェルの交際相手は、俺が決めるんだからな?」


「……僕は女だ」

「だからなんだ? これだけかわいいと、先輩だって彼女にしたくなるだろう?」


 問いかけると先輩は黙った。

 やはり図星だったか。

 リチェルの愛らしさは、たとえ同性だろうとキュンと来るに決まっているからな。


「……君は時々、何を言っているのかわからないな」

「同性だろうと関係なしに、コロッといってしまうほどに、うちの妹はかわいいだろうが」


「やれやれ……。バカ兄もほどほどにね、グレイボーン」


 迷惑ではないそうなので、リチェルはそのままにして、カミル先輩と会話を続けた。


 せっかくなので、うちの妹がいかに魅力的かについて、マレニア魔術院前駅まで、じっくりと語った。


「それはそうと、リチェルが迷惑じゃないか?」

「ああ、君の方が迷惑だから心配はいらないよ」


「そうか、よかった。……ん?」


 カミル先輩はリチェルの話をいくらしても話を打ち切らない、いい先輩だった。

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