・最凶の二人 - こすーぱ -
学生寮のエントランスから2階に上がると、そこには机やソファーがずらり並ぶ広い空間がある。
男子寮と女子寮の合流地点にあたるここは何かと賑やかな場所だ。
待ち合わせをする者や、勉強や雑談をする者、ちょっとしたゲーム大会を開く者など、色んなやつがここに集まる。
特に休日昼間の賑わいは混沌としてていい。
お茶をするならば学食がいいが、勉強や交流ならばここがちょうどいい感じだ。
俺は学生寮のそのレクリエーションエリアで、腐食のカミルとの待ち合わせをしていた。
時刻は朝7時過ぎ。
週に1度の安息日にして、明後日には夏期休暇に入る時期もあって、朝から学生寮はどこか雰囲気が浮ついていた。
「あっ、よかった、まだいたーっ!」
「ん、リチェル……?」
ついさっき入ったばかりの新聞に目を通していると、会話がもたらす喧騒の中に、リチェルの明るく甲高い声が響いた。
「お兄ちゃんっ、あのねっ、これ! リチェルが作ったの! お腹がすいたら、食べてっ!」
リチェルが隣に駆けて来た。
俺は顔から新聞を遠ざけて、差し出されていた布袋を受け取った。
中はささみ肉か何かを使った鶏のジャーキーが入っていた。
「おおっ、これをリチェルが作ったのか……!?」
「う、うん……」
「凄いな、俺の妹はやはり天才か! ありがとう、リチェル!」
少しかじってみると塩辛く、しかし乾燥により肉のうま味が凝縮されていて、この場で全部を食べたくなるほどに美味しかった。
「えへへへー……コーちゃんに、作り方、教えてもらったの!」
「そうか、いいルームメイトだな」
「でも時間なかったから、まほー、使った!」
「魔法で乾燥させたってことか?」
「うんっ!」
「それまた凄いな。リチェルはジャーキー屋さんになれるな」
「へへへ……お兄ちゃんの、妹ですから!」
リチェルはイスを隣にくっつけてきて、兄のぴったりとくっついて座った。
俺は新聞をたたみ、リチェルの顔をのぞき込んだ。
俺の妹は天使の生まれ変わりか?
兄の凝視にリチェルは屈託のない笑顔で返し、楽しそうに足を揺すっている。
「そうだ、明日の夜は暇か? ジュリオがパーティに誘ってくれたんだが、どうする?」
「あ、トマス! トマス見てない! 行く!」
イザヤの3年生は就職活動で忙しいらしく、結局1学期の間はあまりジュリオたちと接点を作れなかった。
「よし、ならコーデリアも誘っておけ。飯代は俺が持つ」
「へへへーっ、それならコーちゃんもお腹いっぱい食べれるね! お兄ちゃん、やさしい!」
「アイツは餌付けのコスパが最高だからな」
「こ? こすーぱ……?」
「今のうちに食べ物で飼い慣らしておくことにした、ってことだ」
「んんー……? お兄ちゃんはー……コーちゃんと仲良しになりたいっ!!! そういうこと?」
「あ、ああ、あくまで、友人としてな……? あと、声がデカいぞ……」
ところでだが、気のせいかレクリエーションルームの空気がいつの間にか変わったような気がする。
ぼやける目にちらほらと目に映っていた人影が、今は辺りを見回してみるとどこにもない。
喧騒もまた消えていた。
「火事か?」
「ほへ……?」
「安息日のはずだが、今日は授業でもあるのか?」
「えっっ!? そ、そうなのーっっ!?」
「いやわからんが、人が急に居なくなった、ような……」
「あっ、ほんとう!! あっ、でも、あそこに1人いるよ!」
リチェルの手の先を目で追うと、斜め奥に人の姿がある。
誰かは断定できないが、現状からの推理だけなら、そう難しくもなかった。
「いたのか、カミル先輩。なんで声をかけてくれないんだ?」
「あっ、お兄ちゃんと、一緒にぼーけんする人!」
俺が席を立つと、カミル先輩が目の前にやって来た。
リチェルはカミル先輩の手や首の痕に驚いたのか、小さく声を上げた。
「妹の前ではまるで別人だ」
「当然だろ。世界で1番かわいい妹を持てば、誰だってこうなる」
俺はかわいい妹を声高々に誇った。
「お、お兄ちゃん……っ、学校のみんなの前では、そういうの……恥ずかしいよー……っ」
「何も恥ずかしがることはないぞ。俺が聞くと、皆が皆、リチェルはかわいいと認めるからな」
まあ当然だろう。
性格よし、容姿よし、成績よし。
うちの妹以上に魅力的な女子生徒などいない。
「う、うぅぅぅ……お、お兄ちゃぁん……」
カミル先輩がクスリと笑った。
人に壁を作ってばかりの先輩を笑わせるなんて、やはり俺の妹は天使に違いない。
「そろそろ行こう、グレイボーン。リチェルさん、お兄さんを借りていくよ」
「また後でな、リチェル。差し入れありがとう」
人前で抱擁すると最近は恥ずかしがるのに、今日のリチェルは寂しそうにしがみついて来た。
「お兄ちゃん……危なくなったら、逃げて来てね……? リチェル、お兄ちゃんと一緒に、お家帰る……」
「安全に、慎重に探索してくるよ。……まあ、俺とカミル先輩が組めば、苦戦する方が難しいと思うがな!」
しばらく慰めるとリチェルは兄の胸から離れた。
それから俺は寂しがるリチェルの姿に手を振りながら、カミル先輩と並んで学生寮を出た。




