・警告:パーティが見つかりません - 腐食のカミル -
「ん、ジーンか?」
「なんだよ、ここ使うのかよ?」
部屋に戻ると、ルームメイトのジーンがいた。
「ああ、ペア相手を紹介してもらえるらしい」
「はっ、お前と組まされるなんて、可哀想なやつもいたもんだ」
「そうだ、試験通過おめでとう」
「あいよ。じゃ俺出るから、ごゆっくり」
付き合いの悪いところは相変わらずだが、さすがに慣れた。
別に陰口を言われるわけでもなし。
彼の不干渉は不干渉でありがたい。
そこにノックの音が響いた。
「はっ、どんなヤツか、ツラ拝んでから行くわ。あばよ、フラれんなよ」
「アメリカザリガニだって喜んで口説き落とすさ」
「ザリガニがノックするかよ、バカ。……はいよ、どなたさ――うっ、ゲェェッッ?!!」
応対に出たジーンは客の前から逃げ出し、何を考えたのやら、2階の窓から外に飛び出していった。
いったいどんなやつが来たのか、さすがに好奇心が湧いた。
俺は席を立ち、入り口に立つ人影に寄った。
「腐食のカミルだ。クルト教官から話は聞いているな?」
「ああ、中へどうぞ」
女性だろうか。
甲高いような綺麗な声だった。
「いや、どうやら連絡が十分に行き届いていなかったようだ。中には入れない」
「部屋で待てと言ったのはクルト教官だ、気にするな」
早く入れと手招きしても相手は動かない。
「そちらは僕のことを全く知らないようだね」
「知らないな。なんで腐食なんだ? それと入れない理由と関係あるのか? ま、とりま入りなよ、先輩」
そう言っても一歩も入らないあたり、強情だ。
「自己紹介をしよう。僕は魔法剣士のカミル。武器や身体に、魔法の力を付与して戦うタイプの戦士だ」
「羨ましいな。いくらがんばっても、俺は魔法が全く使えない」
「もっとも、他の魔法剣士のようにはいかない。僕が使える力は、腐食、猛毒、死病、狂乱の術だ」
「ああ……そりゃジーンが尻尾巻いて逃げ出すわけだ。アイツ、警戒心が強いから」
なかなか入ろうとしない先輩の手を引こうとした。
「ッッ……?!」
ところが手を繋いだ途端、かなり乱暴にふりほどかれた。
まあ一応、女性らしいしな。
「すまん。とにかく中へどうぞ」
「バカな……お前は僕が怖くないのか!?」
「なぜ怖がる必要がある」
「君はこのマスクと肌が見えないのかっ!?」
「……やけに白いと思ったらそれ、マスクだったのか」
マスク越しならいいだろう。
俺はカミル先輩の顔を深くのぞき込んだ。
白い白磁のマスクの下に、怯えるような目があった。
「目が悪いのか……?」
「連絡が行き届いていなかったらしいな。ああ、このくらい近付かないとなーんも見えん」
「そういうことか……。怖がらないはずだ……」
「顔から首の下あたりがただれているな。もしかして、さっき言った毒とか腐食の力のせいか?」
「そうだ。……力を制御出来なかった腐食術使い。こんなやつと誰が組みたがる?」
「ここにいる」
「軽く言うな。僕と組んだことを後悔するぞ」
と言う割に、カミル先輩もまたペアを欲しがっているように聞こえた。
「そんなことはない。今の俺は、チワワだろうとアメリカザリガニだろうと、ちょっとドジで強情な腐食術使いだろうと、なんだって喜んで迎える覚悟だ」
「ザ、ザリガニ……? ザリガニと同類にされたのは、初めてだ……」
突っぱねるようなカミル先輩の強い声がやわらかくなった。
「とにかく中へどうぞ。せっかく食堂でアイスティーを買ったんだ、1人で寂しく飲みたくない」
カミル先輩の力は確かに危険かもしれないが、話を聞くからに善良そうな人だ。
それに同じはみ出し者同士、仲良くなれそうな気がした。
あの仮面の下には恐ろしい顔があるのだろうか。
しかしド近眼の俺には、容姿は大した意味を持たない。
「さっきの男、僕がここに滞在したと知ったら悲鳴を上げるぞ」
「大丈夫だ。アイツとはあんまり仲良くない。俺と関わり合いになりたくないようだ」
「同じ、嫌われ者というわけか」
「そうかもな。さあ、お茶をどうぞ」
「いただこう。このマイカップで」
「先輩、そんな物持ち歩いてるのか……」
こうして俺は腐食のカミルとミルクたっぷりのアイスティーを飲み交わし、ペアとして3年生の迷宮実習に挑むことになった。
けれども協力の証に握手を交わそうと手を差し出すと、カミル先輩は言葉も忘れて固まってしまった。
そこでこっちは強引に握手を交わした。
「うっ……な、何を考えている……っ。僕の手に触れるなんて、正気とは思えない……っ」
「よろしくな、先輩。おかげでこっちは助かったよ」
さっき触れた左手の反対側、カミルの右手は妙にカサカサとしていた。
これもまた、力を使い損ねてこうなったのだと、彼女はなんでもない振りをしながら教えてくれると、その乾いた手をグローブの中にしまってしまった。
「一緒にがんばろう、先輩」
「10年ぶりかな……人とこうやって握手したのは。よろしく、グレイボーン」
グレイでいいと言って、もう1度俺はカミル先輩と握手を交わした。




