・警告:パーティが見つかりません - ネコババしようとして何が悪い! -
それから約1時間後。
帰って来ないリチェルに兄がソワソワし始めていると、ホール中央の床に刻まれていたレリーフがまばゆい蒼色に輝きだした。
座学での学習が正しければこれはポータルであり、空間転移だ。
「わ、わっ、わあああーーっっ?!」
「な、なんですのぉーっ、これぇーっっ?!」
光の中からリチェルの声が響くと、俺は重弩を床に置いてその中に飛び込んでいった。
綺麗な光の中にリチェルを見つけて、手を取って、指が5本あることに安堵した。
「リチェルッ、無事でよかった!! 恐くなかったかっ、怪我はないかっ!? 何かしてほしいことや欲しい物はあるかっ!?」
リチェルの顔を深くのぞき込むと、やけに嬉しそうというか、得意げな表情がそこにあった。
「お兄ちゃんっ、これ見てっ!」
「ん……これまた、でかいメダルだな?」
「これっ、100点の証だって!」
「なんだって!? 100点なんてすごいじゃないか、リチェルッ!!」
リチェルを抱き締めて、リチェルの大活躍を兄妹で喜び合った。
俺は信じていた。
リチェルは魔法の天才だ。
こんな下級の迷宮でやられるはずがない!
コーデリアもまあまあよくやってくれた!
「コーデリアさん。こちらへ」
「な、何かしら……? わたくしも100点のメダリオンをゲットいたしましたのよっ!?」
「その鎧の内ポケットにあるものを、こちらへ」
何か問題だろうか。
胸の中のリチェルが途端に元気を失って、心配そうに金ぴかのコーデリアのことを見ている。
「実習で手に入れた品は、本校に納めるのが約定。そうですね?」
「う、うう……。なんで、わかったんですの……」
「新入生の皆が皆、そうするからですよ」
ジャラリと、かすかに光る何かが女史に渡された。
「リチェル、あれはなんだ?」
「迷宮でね、宝箱を見つけたの……。見たことのない、おっきな銀貨でいっぱいだった!」
「で、それを学校に納めずネコババしようとしたと」
「うん……。いけないことだと、わかってたけど……コーちゃん、お金必要、言ってたから……」
生徒ががんばって手に入れたお宝を、マレニアは奪い取るのか?
なんて酷い仕組みだ!
なんて酷い搾取構造だ!
ネコババしようとして何が悪い!
「後ほど1割が学校から貴女に返納されます。立て替えておきますので、今後はこのようなことがないようになさい」
と、思ったのだが、女史はさすがだった。
納められた銀貨から1割どころか3割ほどを取ると、コーデリアにそれを渡した。
「あ、ありがとうございますっ、このご恩は忘れませんわ!! お父様がツケ払いで、また大きな買い物をして……今すぐお金が必要だったんですの……っ」
よくお前、闇オチしなかったもんだな。
ついそう思ってしまうくらい、コーデリアの家庭事情は普通に悲惨だった。
「お兄ちゃん……」
「なんだ、リチェル? 100点のご褒美が欲しいか?」
「そろそろ、熱いかも……」
「おお、あまりに抱き心地がいいのでうっかりだ! リチェル、メダリオンの取得おめでとう!」
このメダリオンが置かれている場所には、そうそう簡単にはたどり着けないと聞く。
俺の妹はやはり天才だ。
マレニア魔術院生徒として、順風満帆な成績を上げてゆくリチェルが俺には誇らしく、それでいてまぶしかった。
「グレイボーン」
「なんだ、女史?」
「妹を祝福する前に、自分の心配をなさい」
「きっとどうにかなる。俺と組むくらいなら赤点でいい、と考えるやつが最後に残らない限りな」
「それは挑戦者が偶数だった場合でしょう。今回の試験の参加者数は、奇数です」
なん、だと……?
「…………つまり?」
「努力しないと、貴方は独りで挑むことになります。が、学園は視力に問題のある貴方を、単独で挑戦させるつもりはありません」
妹の試験を見守っている場合ではなかった、ということか……。
「ま、どうにかなるだろ!」
「そういう嫌に前向きなところは、父親に似て腹が立ちますね……。さっさと帰って、自分の相手を見つけなさい!」
「そうだな。リチェル、一緒に帰ろう。ついでにそこの金ピカも」
「何か勘違いしておりませんっ!? わたくし、好きでこんなの装備してるんじゃありませんことよっ!?」
がんばったリチェルを抱っこして、もう片手に重弩を持って、ピカピカして見分けやすいやつに振り返った。
この鎧は素晴らしい。
実に見分けやすく、俺の目だけにやさしい。
「お、お兄ちゃん……っ、みんなの前で、こ、こういうのは、恥ずかしいよぉ……っ」
「なんだ? 領地では人目をはばからず、俺に肩車させてたのに、なぜ今さら恥ずかしがる?」
「な……なんか……だって……。みんなの前だと、恥ずかしいんだもん……」
「気にするな」
「き、気にするよぉ……っ」
「ほんとにバカ兄ですのね……。では皆様、ごきげんよう」
こうして重弩と天才魔法使いを抱えた男と金ピカの鎧女は、トラム駅へと引き返し、やたらに人々の注目を浴びながら、マレニア魔術院へと帰っていったという。
・
迷宮実習強制リタイアまで、あと4日。
いや3日。
いやまだ2日ある。
と思ったらついに明日となったその日、俺はゲームオーバーの宣告をされた。
「グレイボーン、ついに最後のペアが見つかった。これで君が組める相手はいなくなったことになる」
「知ってた。俺なりに誘ってみたが、結局全員に断られたからな」
「お前の実力は学年の誰もが認めるところだが、視力の低さもまたしかり。誰も背中を撃たれたくないようだな」
「おい、そうハッキリ言うなよ、クルト教官……」
無念だが、こうなっては投了だ。
悔しいが今学期は諦めて、2学期にリベンジを果たすことにしよう。
「おい、どこに行くんだ? まだ話は終わっていないぞ」
「寮に戻って帰省の準備をする」
「お前、諦めるのか?」
「諦めるも何も、組む相手がいないと言ったのは教官だろう」
教官には何か考えがあるのだろうか。
引き返して教官の顔をずいとのぞき込んだ。
するとそこには、頼もしい年長者の笑みがある。
あの青いバンダナも健在でよく似合っていた。
「お前のこれにもすっかり慣れたもんだ」
「すまん。で、何か腹案でもあるのか?」
「ああ、お前が組む相手はもう同級生にはいない。……同級生にはな」
「上級生と組んでもいいのか? そんなレギュレーション、聞いてないぞ?」
「どうしても見つからない場合、特例が許される。ただし、挑むのは1年生の迷宮ではなく、上級生の迷宮だ」
そう聞かされて俺は無意識に笑ってしまっていた。
こういう展開は嫌いじゃない。
俺の重弩で貫く相手は、強靱な生命力を持った強敵であってほしい。
「なんでもないな。問題はその上級生が、首を縦に振ってくれるかどうかだ」
「では寮室で待機していろ。訪ねるように伝えておく」
「わかった、茶の準備でもしておこう」
「念のために言っておくが有望なやつだ。断るなよ?」
「俺と組んでくれるなら、チワワだってありがたく迎えるよ。ありがとう、クルト教官」
「いいさ。それより新しい武勇伝を期待しているぞ、グレイボーン」
呼び出された職員室を離れ、食堂でアイスティーを注文してから自分の部屋に戻った。




