・妹は同級生 - 貫けっ、氷獄の刃ッ!! -
それから1ヶ月ほどの時が流れ、入学2ヶ月目を迎えた。
ここマレニアの座学は午前の1時間半だけで、以降は実技訓練となる。
こう聞くと運動部も真っ青のスパルタ脳筋教育というものだが、実際はそうでもない。
ここでは休養が重要視されていて、全ての時限に参加しなくてもいい仕組みになっている。
これを逆に言うと、『望めば1日の全ての授業に参加することが出来る』ということでもある。
「グレイボーン・オルヴィン。やってみなさい」
「やってみよう!」
俺は今、黒魔法の授業を受けている。
担当教官はセラ女史で、授業でも相変わらずの恐ろしい人だった。
「貫けっ、氷獄の刃ッ!! アイス・スピア……ッッ!!」
ゼリー状のスライム素材の的に向けて、氷の槍を放った!
……いや、そのはずだった。
だが現実に引き起こされた現象は、多数の同級生からの失笑だった。
「やだぁー、かっこいーーっ♪」
「あははは、執念は認めるよ。でもやっぱ、魔法の才能はないよなぁ、あの人」
「おいおい、グレイボーンさんに失礼だろ。本人は必死なんだからさーっ」
無念……。
どうやら俺には魔法の才能はないらしい。
それも、全くだ!!
「妙な詠唱は要りません。しかしその努力は認めます。諦めずに今後とも励みなさい」
「ああ、まずは皆勤賞を目指すよ」
「貴方は術を1つも覚えずに全課程を終えるつもりですかっ!! 死ぬ気で覚えるか、いっそ死になさいっ!!」
「それが教師の言葉かよ」
まあどちらにしろ、これでよかった。
俺の目的は兄としてリチェルを見守りながら、その活躍を眺めることだったのだから。
「リチェルちゃん、お兄さんにお手本を」
「はいっ! 元気いっぱい、がんばりますっ!」
妹とタッチを交わして交代した。
リチェルは同級生の注目を浴びながら的を見つめると、両手持ちの大きなロッドを的に向けた。
「つらぬけーっ、ひょーごの……なんとかーっ!! アイス・スピアーーッッ!!」
新解釈! 兵庫は氷獄だった!
リチェルのロッドから槍のように長く鋭い氷の矢が生まれ、ミサイルのようにそれが加速して的を貫いた。
中心からややずれているが、的を貫くどころか、凍り付けにしてしまうその威力は本物だった。
「リチェルすごーいっ!!」
「あの兄貴の妹とは思えないなぁ……!」
「リチェルは魔力だけなら、うちの学校で1番よねっ!」
「嫉妬する気も起きないわ……。あの子、凄すぎるもの……」
俺のときとえらい違いだ。
リチェルはみんなに褒められて、恥ずかしそうに小さくなっていた。
「何よ、調子に乗って……。この学校は子供が来るところでも、かわい子ぶりっこするところでもないのよっ」
ところがある女子生徒がリチェルに嫌みを言い始めた。
当然、俺は兄としてその女子生徒の前に立った。
「何よ? ちょ……っ、な、何よぉーっ?!」
「なんだ? うちの妹に、何か問題があるのか? ならば教えてくれ、兄として参考にしたい」
こういった輩を黙らせるのが俺の役目だ。
女子生徒に顔を近付けて、焦点をしきりに合わせようとしてやると――
「ウガァァッッ?!!」
「反省のない男ね。それ以上やるようなら、チンパンジーに変えてサーカスに売りさばきます」
俺はセラ女史に後頭部を金属スタッフで殴られ、ガチめの脅しで警告されてしまった。
「チンパンジーとは温情だな。女史のことだから、豚にして食堂の生徒に喰わせるとか、そういう脅しが来ると思った」
「いいアイデアね」
女史はニッコリと微笑んで、黒魔術の授業に戻った。
恐い人だな、本当に……。
父さんはこんな女性のどこがよかったんだ?
「皆さん、グレイボーンを笑っている場合ではありませんよ。来月末には現地実習が始まります。例年通りなら、迷宮に挑むことになるでしょう」
生徒たちは女史の言葉に顔色を変えて黙った。
冒険者だからといって、何も迷宮ばかりに潜るわけではないが、そこで結果を出せるかどうかで人生が変わる。
少なくともここイカルス国では。
成果を上げなければ、上位の迷宮に挑むことも許されない。
それどころか、命を落とすことになる。
それは迷宮での実習でもそうだ。
学校全体で毎年十数人が重傷、死傷、行方不明となって脱落する。
女史はそのことを生徒たちに再び警告し、授業に集中するように命じた。
素直なリチェルは言葉を真摯に受け止めて、その後も真剣に学んでいった。
俺か?
俺も俺なりにがんばったが、どんなに念じても手から屁も出ない。
これはダメだ。
全く才能がない。
だが皆勤賞は必ず取る。
全く芽が出なかろうと、せっかくなんで努力した。
せっかく異世界に来たのに、魔法の才能が全くないだなんて同級生に言われても、そうそう諦めが付かなかった。
「グレイボーン、そろそろ行きなさい。遠距離戦闘技術の実技が始まりますよ」
「いや、それは妹を次の授業に送り届けてから――アダッッ?!」
「リチェルさんがかわいいなら、恥をかかせるものではありません」
「いや、だが……」
俺にはリチェルを守るという、訓練よりも遙かに大切な義務がある。
「貴方は私が、私の弟子の面倒を見ないと、そう思っているのですか? 若い頃のロウドックの方が、まだマシなオツムだったようですね」
「お兄ちゃん、いって! リチェル、お兄ちゃんが居なくてもへーき!」
な……っ?!
お、俺が居なくても、平気、だと……!?
「お兄ちゃんいなくてもぜーん然っ、へーきだからっ、自分の勉強もしてっ!」
「あ、う……あ……。わ……わか、った……」
ショックだ……。
リチェルの成長がこんなにも早いなんて……。
ああ、どこで俺は間違えてしまったんだ……。
このままではリチェルは俺の管理下から離れ、次々と悪い友達を作って、かわいげのないすれた不良になっていってしまう!!!
かもしれない……。
「まったくうっとうしい兄ですね……。リチェルさん、貴女には心の底から同情します」
「へ……? うーうん、リチェル、お兄ちゃんのこと、大好きだよ」
リチェル? リチェルッ!
やっぱりお兄ちゃんのことが大好きだったか!
俺は信じていた!
「リチェルゥゥーーッッ!! お兄ちゃんもリチェ――ヘゴハァッッ?!!」
「今夜の夕飯にされたくなかったら、さっさと行きなさい、バカ兄グレイボーン!」
リチェルに愛されている兄は、リチェルを守る力をさらに高めるため、弓術と弾道学を専門とする教官のところに学びに向かった。
背中越しに遠く、同級生たちの私語が聞こえる。
「目つきは恐いけど、別に悪い人じゃないんだよね……」
「ああ。なんか俺、姉貴に会いたくなってきた……」
「だってリチェルちゃんかわいいもん。こんなにかわいかったら、ああなってもおかしくない、かなぁ……?」
「ちゃんと妹を守る正しい兄ではあるな。はた迷惑な人ではあるが……」
リチェルの評判は上々だ。
よし、俺もがんばろう!
俺は拳を握り締めて、己の右手を見た。
「ブ、ブヒィィッッ?!! ちょっ、ちょっ、ちょ女史ぃぃーっっ?!! なんか手だけっ、豚になってるんですけどぉぉーっっ?!!」
「わぁぁぁーーっっ、お兄ちゃんの手がぁぁーーっっ?!!」
セラ女史、恐るべし……。
約30分で元に戻るそうなので、俺は右手に豚足にしたまま、遠距離戦闘技術の授業を受けることになった。




